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『白炎』


「中央の部隊が?」

「ああ。こっちに向かっているそうだ」

駆け込んできたワッセによると県城に中央の部隊が来ているのだという。

「クラム様は今ファルニエね。なるほど・・・」

不敵な笑みを浮かべるリムルは

「すぐに城門を閉じなさい。街の者は家から出ないように伝えて」

「はいっ!」

すぐに駆け出したワッセを見送り、リムルは庭へと出た。

「リムル様?」

「あなたは大人しくしてなさい。その体じゃ何も出来ないでしょ?」

拳闘大会から1週間―――クウガの顔は腫れこそ引いたが青黒い痣で覆われていた。

上半身のあちこちも同じ状態で寝ている状態から体を起こすのも一苦労だ。

「いったい何が・・・」

「ファルニエにはね、クラム様のことをよく思ってない連中が多いのよ。現国王のシンラ様と元老院議員のオリバ様の寵を受けておいでだから。わずかでも隙があれば追い落とそうと躍起になってるわ。ファルニエの軍が直接出向くとなるとおそらくクラム様には謀反の嫌疑が掛けられてる。クラム様がファルニエにいるのは分かってるはずだから、出向いた理由はクラム様の行動を抑えるための人質を確保するためよ」

「そんな・・・じゃあクラムは・・・」

「クラム様が大人しく捕まるわけないでしょ。大人しくさせるためにここに向かってるのよ」

リムルは懐から札を取り出すと天に向かって放り上げた。

「術式解放!!」

札が弾けると同時に白い体に長く赤い尾を持つ優美な姿の鳥が現れた。

その鳥は八方へと真っ直ぐに飛んでいく。

「今のは?」

「ドラゴニアの人造精霊よ。結界の礎石に使う地属性の精霊。ファルニエの部隊が1里四方に侵入したら結界を張るわ」

「中央の軍と敵対するのか?」

「言ったでしょう?ルーニエとクラム様とどちらかを選べといわれたらクラム様を選ぶって。それに」

リムルはクウガの顎に手を沿えると

「ファルニエには気概のある良い男って本当に少ないのよね。どう?あなたさえ良ければ私のものにならない?」

「・・・ワッセのほうがお好みでしょうに」

「彼は彼で良い男だけど、私はクウガのほうが好みよ?」

「俺は・・・」

俯いたクウガに

「分かってる。あなたもクラム様が大好きだものね」

リムルの言葉がストンっと腑に落ちた。

ただ傍に居たい―――その背中を追いかけていたい。

憧憬のさらにその先にクラムは居た。

「とりあえずあなたのことを任されてるんだから、仕事はきっちりやらないとね」

リムルが目を閉じてしばし―――

突然天を複雑な幾何学模様の光が覆う。

「さて、これで連中は入れないわ。ちょっと警告してこようかしらね」

「俺も行きます」

リムルは少し困ったような表情を浮かべたが頷いた。

詰め所に立ち寄りワッセたちを連れて街の北の街道に向かう。

1里ほど先、ハンガから緩やかな丘陵を二つ越えた先に光の壁が立ちはだかっている。

その向こうでは30名ほどの騎馬隊が戸惑っていた。

「あなたたちがファルニエの部隊ね」

「り、リムル様!!!?」

部隊長であろう男が目を丸くする。

「なにをしにきたのかは予想がついてるけど、改めて訊きましょうか?」

「な・・・なぜここに・・・」

「クラム様から留守を頼まれてるから。で?あなたたちはなにをしにここへ?」

「リムル様にはお話できません。当事者ではないので」

「あら?そうなの?なら私は私で自分に課せられている使命を果たすのみね。ハンガの街の者を護る。それが今の私に課せられている使命。街の者に害意を持つ者を実力で排除する、それが何者であっても」

「そ・・・そんな!!ジラン様からの命令なのですよ!?」

「ジラン?」

聞いた事のない名前に首を捻ると

「シンラ様の叔父にあたる人物よ。先王の弟」

リムルはそっけない言いようで吐き捨てる。

「なるほど、継承権のいざこざでクラム様がシンラ様についたのを恨んでいるわけね。あの男らしいわ」

「いざこざ?」

「先王の時代、現国王シンラ様は継承順位8位であの男は3位だったのよ。それなのにシンラ様が策謀を以って王位に就いた―――その時後ろ盾になったのがオリバ様とクラム様だったの。オリバ様は軍に対して絶対的な権力をお持ちだったし、クラム様も一騎当万のお力をお持ちだということで有名だったしね。私も継承順位1位のリカエル王子に後ろ盾につくよう頼まれたけど断ったわ。興味なかったし。」

リムルは部隊長に相対すると

「私は下らない策謀には乗らないわ。練るならシンラ様並みに美しい計画を立てるように伝えなさい。ついでに善意で忠告してあげるわ。クラム様を敵に回すような真似はやめなさい。命は無いわよ」

「我々は軍人として任務を全うする義務があります。退くわけにはいきません」

「なら勝手になさい。私は結界を解く気は無いわ。クラム様に手を出した連中は始末されるでしょうし、すぐに命令は撤回されるわよ?」

「あなたは特級魔導師でしょう!?」

「悪いけど、クラム様に敵対するなんて愚かな真似は私には出来ないわ。今の地位を投げ捨てても私はクラム様に従う。それだけよ」

「リムル様・・・」

「あなたたちもあんな小物に従ってても未来は無いわよ?シンラ様はクラム様を切り捨てるなんて出来はしないし」

部隊長はしばらく黙っていたが

「私は命令に従うだけです」

とつぶやいた。

「そう、お好きになさいな」

リムルはそれだけ言い残すと踵を返した。


「よろしいのですか?」

ハンガへと戻る道すがらワッセがリムルに訊いた。

「クラム様から依頼されてる内容はハンガの住人を護ること、だもの。それにジランごときの命令に私が従う理由はないし」

「ごときって・・・王族なのでしょう?」

クウガの問いに

「昔散々迫られたからね。王族ってだけで見た目も凡庸、秀でた才覚もないボンクラよ。そんなのに命令されるなんて私の矜持が許さないわ。それに特級魔導師は軍の要請に応じる義務はあるけれど、その命令書には御璽が必要なの。シンラ様がそんな命令書に押印するはず無いから私が応じる理由は無いわけ」

「なるほど・・・」

「後はクラム様次第ね。もう実際に動いてるってことは解決はそう遠くないわ」

淡々と冷静に状況を分析するリムルは普段の貴婦人然とした雰囲気など皆無でまるで軍人のようだ。

リムルのクラムに対する畏怖にも近い敬意―――それが何に由来するものなのかは分からないが、確かな信頼に繋がっている。

不意にクウガの中に湧き上がってきた感情―――それは嫉妬だ。

クウガがクラムに拾われて4月。リムルとクラムの付き合いは特級魔導師になってからだと言っていたのでもう10年近くになるのだろう。

それだけの差があるのだから理解に差があって当然なのだが、妬ましくて仕方がなかった。


結界を展開して三日経った。

クウガが裏庭で腕立て伏せをしているとラグナが顔を出した。

「もう動いて平気なのか?」

ラグナもまだまだ顔の痣が目立つ。

「ワッセにまったく歯が立たなかったからな。まだまだ鍛錬が必要だろ」

「それを言うなら俺もだな。正直、自信はあったんだがなぁ・・・」

クウガがワッセに完全に伸された後、本当にワッセとラグナは闘ったそうで結果はワッセの圧勝だったそうだ。ラグナもかなり耐えたそうだが、腕の長さが違いすぎて一方的な試合にしかならなかったらしい。

「ま、さすがは精鋭揃いの部隊長ってとこか。そういえば外の部隊はどうなってるんだ?」

「一度引き上げたらしい。『蒼穹』の結界は破れないからってことらしいな」

「しかし特級魔導師って本当に桁違いなんだな。こんなデカイ結界を張り続けて平気だとか」

「クラムだってそうじゃないか」

「クラム様が術を使ったところを見たことが無いから実感が無いな。噂で聞いた話だと凄まじいらしいが」

「噂?」

「アガルタの群れを一瞬で消し去ったとか。アガルタは魔術耐性が人とは比べ物にならんほどに高いそうだが、まさに一瞬だったそうだぞ」

全てを灰燼に帰す白き炎の使い手―――『白炎』の二つ名は伊達ではないのだろう。

「リムル様はクラムに謀反の嫌疑が掛けられてると言っていたが、特級魔導師二人を相手にしてどうやって押さえ込むつもりだったんだろうな?」

「だから人質を確保しようとしてたんだろ?クラム様相手じゃまさに火に油を注ぐだけだろうが」

静かに怒りを発するクラムの姿が容易に想像できる。

「なんにせよバカな連中だよ。クラム様を陥れようなんて自殺行為だ」

クウガは空を見上げる。今頃クラムはどうしているのだろうか。



「ご同行願います」

宿に踏み込んできた兵が無表情に告げる。

「断ったら?」

クラムは椅子に深くもたれかかったまま足を組んでいる。

「それは・・・」

想定外の答えだったのか言葉に詰まった兵に

「冗談だ。どんな難癖をつけてくるのか楽しませてもらおうじゃないか」

立ち上がったクラムに兵が拘束錠を掛けようとしたが

「逃げはせんさ。それにそんなもの私には無意味だというのは分かっているだろう?」

という言葉に手を伸ばしていた兵はビクっとして手を引っ込めた。

「さて、何処に行けば楽しませてくれるんだ?」

闘技場の一件から4日―――そろそろ仕掛けてくるだろうことは予測していた。宿に出入りする顔なじみの商人から中央の部隊がハンガに向かったこと、そのハンガは結界が張られて出入りが出来なくなっていることを聞いて黒幕がクラムに対する人質の確保を狙っていたことを知ったからだ。

連中の狙いがなんなのか―――クラム自身か、それともクラムを特級魔導師に推挙したオリバか。

「こちらへ」

兵に先導され着いたのは王宮の前庭。様々な式典祭典を行う場所だ。

白い大理石が敷き詰められた広大な広場。その周囲は高い塀で囲まれ、正面には王やその側近が控える観覧席がある。

観覧席のすぐ下には壇がありそこには数人の見知った顔が並んでいた。王族や元老院の議員たちだ。その中にオリバはいない。

その周囲には屈強な兵が護衛に並び、更にそれを取り囲むように法術兵が構えていた。

「これはこれは、皆様お揃いで。お暇なのですか?」

「特級魔導師、クラム=エル=マーセル。貴殿には大逆を企てた疑いがある」

そう声を挙げたのは元老院議員のコッサルだ。

「大逆?それはつまり国王陛下に対する叛意を持っているということですかな?」

「言い逃れは出来んぞ。あれをつれて来い」

その言葉に兵が連れ出してきたのは半裸の血塗れの男―――全身が痣や火傷、切り傷で覆われ、顔も腫れあがって原形を留めていない。

クラムの前に放り出された男はピクリとも動かない。

「貴殿はこの奴隷商、ユマ=オ=イルと共謀し陛下の暗殺を企てたことが明らかになっている。ユマ=オ=イルの所有する奴隷のクウガを利用し接触を図り、ユマの手駒を用いた周到な計画を立てていたことは証言により明らかだ」

ユマ?これがあの奴隷商だというのか。

「この男とは確かに面識はありますが、会ったのは一度だけ。しかもクウガを拾ってからだ。それでどうやってそんな計画を練るのですか?そもそも接触するのにクウガを使う意味が無い」

「黙れ!ユマ=オ=イルはアガペの構成員としての実績を持つ元暗殺者だ。陛下の貴様への信用を盾に誤魔化そうとしたのだろうがそうはいかんぞ!!」

アガペというとルーニエの諜報機関だ。奴隷商にしては普通じゃないと思っていたが、まさかそんな経歴の持ち主だとは。

それはさておき随分粗末な話にクラムはため息をついた。

最初から狙いはクラムだったのだ。クラムが偶然に剣奴を拾った―――その状況を利用してクラムを追い落とそうとしたのだろうが謀略とも呼べないような出来の話でカリムが死んだのかと思うとやるせなさだけが広がっていく。

「クラム=エル=マーセル。貴様の特級魔導師としての位を剥奪し拘束する」

「下らん」

片手を挙げたクラムに法術兵が一斉に結界を展開する。

クラムの傍らにいた兵が拘束しようと手を伸ばしたが

「熱ちぃっ!!!」

と手を引っ込めた。

別の兵が抜刀し切りかかってきたが、その剣も真っ赤になって溶け落ちた。

「どうした?私はここから一歩も動いてないぞ?」

クラムから距離をとり剣を構え取り囲む兵を挑発して見せるが明らかに怯えている。

「一応王城だ。殺生は勘弁してやる。五体満足とはいかんがな」

次の瞬間、クラムの周囲に無数の火の玉が現れた。

「ひいっっ!!!」

火の玉は一斉に飛び出すと逃げ惑う兵を追尾し腕や脚で小さな爆発を引き起こしていく。

「うぎゃああっっっ!!!」

「ぎゃあああああっっ!!!」

広場に響き渡る悲鳴―――

兵たちが腕や足を押さえ蹲る中、吹き渡る風には濃い血の臭いが漂っている。

「さて、次は貴様らだな」

結界の向こうで震えているコッサルは

「き・・貴様に何が出来る!!」

と叫んだがすぐにその場に居た全員が膝を突き、ガタガタと震え始めた。

法術兵も全員が蹲り、結界もすぐに消えた。

その場に漂う冷気に

「氷結術だと・・・」

とつぶやいたコッサルに

「揃いも揃ってバカばかりだな。力を権威で抑えることが出来るとでも思っていたのか?はっきり言っておこう。俺はこの国がどうなろうと知ったこっちゃ無い。お前らの下らない権力争いにも興味はない。俺は俺の生き方をするだけでその邪魔立てさえしなければ何もかもがどうでも良いんだ」

「きさま・・・こんなことをしてただで済むと思うな・・・」

そう悪態をついたのはジラン、国王シンラの叔父だ。

「この状況でそんな口を叩けるとは大したもんだ。まずお前から消し去ってやろうか?」

と髪を掴んで引き起こすと

「ひっ!」

と小さく悲鳴を挙げて盛大に失禁した。

「漏らすくらいなら最初から虚勢なんぞ張ってんじゃねぇよ」

クラムはジランを投げ捨てると

「この場にいる全員に命乞いの機会をやろう。選べ、恭順か死か」

言い終えると同時にシュッと飛んできた何かがクラムの傍で蒸発した。

「ん?」

観覧席の柱の影に誰かがいる。

それも一人二人ではない。

端の柱に隠れている男をクラムがじっと見つめた瞬間

「ぎゃあああああっっっ!!!」

と柱の影に居た男が火に包まれ飛び出して来た。

観覧席の端から転落した男は煙を出しながら炭化していく。

「なるほど、あれがアガペか。ここまで入り込んでいるということはお前らの子飼いなわけだな」

クラムが腕を一振りすると

「うがあああっっっ!!!」

「ぎゃあああっっっ!!!」

と隠れていた男達が火達磨になって飛び出して来た。

クラムはコッサルの胸倉を掴んで引き起こすと

「誰が首謀者だ?貴様らではあるまい。正直に話せば命までは奪わないかもしれないぞ?」

「ど・・・ドルスだ!!ドルス=ファム=レトナ!!アガペの首領だ!!!」

「アガペの首領?」

クラムは首を捻る。アガペという機関が存在するらしいことまでは知っていたが、それについて詳しいことは何も知らない。その首領に目を付けられる理由など無いはずだ。

「大逆―――そういうことか」

連中の本当の狙いはシンラの首だ。

シンラを暗殺しその罪をクラムに被せるつもりだったのだ。

クラムは手を叩くと炎縛陣を展開する。

「貴様ら、そこから一歩も動くなよ。動けば瞬く間に燃え尽きることになる」

目を閉じたクラムは集中する。

神としての己の姿を想起し飛び立つためだ。

この肉体に宿って以来やったことはなかったが王宮の最深部まで向かうにはこれしかない。

肉体の内側から赤き翼が天へと広がる。

視覚が、聴覚が肉体から切り離され己の全てを風が包み込んだ。

そのまま羽ばたくと空へと飛翔していく。

そこには赤い炎に包まれた一羽の鳥がいた。

シンラの元へ―――本能が向くままに羽ばたくと後宮にたどり着いた。

ギィンッと金属がぶつかり合う音が響いている。

そこではシンラを背に庇ったオリバが数人の男と戦っていた。アガペの連中だろう。

オリバは肩口を裂かれかなりの出血が見える。

更に顔色が酷く悪い。おそらく連中の剣には毒が仕込まれているのだ。

それでも猛将と名を馳せただけあって切りかかってくる男共を次々と切り捨てていく。

「陛下!!早く白虎門へ!!私の部下が待機しております!!!」

「しかし!!!!」

シンラも剣を構えているが暗殺者集団を相手できるだけの力量は無い。

男の一人が吹き矢を放つ。

「ぐうっっ!!!」

右のこめかみを掠めた矢にオリバが姿勢を崩した。

そこに降りかかる白刃―――

だが剣が真っ赤になると同時に男の身体から火が噴出す。

「なっ!?」

すぐに塵芥へとなり消え去ったことに他の連中は狼狽していた。

クラムは部屋の中に舞い込むと他の連中も一瞬で消し去る。

そのまま後宮を抜け白虎門へと出ると、オリバの部下が待機していた。

他に伏兵はいないのを確認すると前庭へと舞い戻る。


数人の燃えカスが残っていたが、大多数はその場で腰を抜かしていた。

「ふうっ、人の言うことを聞かない馬鹿がいるもんだな」

クラムの目の前、コッサルが居た場所には灰が残っているだけだ。

「貴様らはこのままここで待ってろ。こんな風になりたくなかったらな」

「そんな!?」

「人に大逆の疑いをかけといて本当はテメエらで大逆を企ててたとはな。どのみち斬首だろ。どっちが楽に死ねるだろうな」

「な・・・・」

兵たちの顔が青ざめる。

「ドルスの居場所は何処だ?」

「し・・・知らん!!頼む!!我々は何も知らなかったんだ!!」

「んなこと俺は知らん。陛下はオリバ様が保護したがまだ安心できないんでな」

クラムはユマをそっと抱え上げると王宮内の瘍医のところへと急いだ。


「すまんがこいつを見てくれ」

瘍医の部屋に駆け込んだクラムは寝台にユマをそっと下ろす。

「な!?なんのつもりだ!!」

「急患だ。医者だろうが、本分を果たせ」

「私は王医だ!民草の診療などできん!!」

クラムは瘍医の胸倉を掴むと

「いいか?死にたくなければおとなしく言うことを聞け。今の俺は気が立ってるんだ」

怯えきった瘍医の胸倉を離すと

「『神水』くらいあるだろう。よこせ」

「そ、そんな!」

「また採って来てやる。いいから出せ」

渋々という感じで瘍医が取り出してきた瓶を奪うと布に染み込ませてユマの傷にそっと当てる。

「トコショの秘薬も持ってるだろう」

もう諦めたのか大人しく差し出してきた薬を口に含むと口移しでユマに飲ませる。

「そいつが死んだらお前を殺す。いいな」

とだけ言い残すとクラムは白虎門へと急いだ。


「オリバ様!!」

白虎門ではオリバの部下が陣を張り周囲の警戒にあたっていた。

「クラム。お前のほうは無事か」

上半身裸で怪我の手当てを受けていたオリバはホッと息を吐いた。

「あの火の鳥、お前の術か?」

「まあ一応。シンラ様は?」

「最強の護衛をつけてあるから大丈夫だ。それより状況は?」

「明らかな大逆ですね。それを俺のせいにするつもりだったようです。アガペの首領、ドルスが首謀者だと言っていましたが結局全員の総意でしょう。炎縛陣で動きは封じてあります」

「やはりアガペか。ドルス=ファム=レトナの居場所となると容易には掴めんな」

「ドルスの居場所なら俺が知っている」

背後から聴こえた声に振り向くと、そこにはアシュレイが立っていた。

「アシュレイ?」

「お前か。ドルスの居場所を知っているのか?」

「オリバ様、お知り合いですか?」

「元々俺の部下だ。諜報任務に就いて貰っている」

「そうなのか?」

頷いたアシュレイの瞳の奥には怯えが残っていた。

「それならそうと言ってくださいよ。危うく殺すところだった」

「そういう話だったらしいな。まあ、その時にはその時だ。アシュレイもそれは覚悟してる。それよりドルスの居場所を知ってるんだな」

「商工区の奴隷商、ラジムの屋敷に居ます」

「ラジムというと・・・」

ユマが接触していた相手だ。

「ついでに始末するか。商工区の何処だ?」

「東商工区の1番通りだ。立派な屋敷を構えているからすぐに分かる。俺も行こう」

「お前も?」

「あんたの力、見せてもらおう」

「クラム、奴隷商の方は構わんがドルスは殺すな。正式に裁きを受けてもらわねばならん」

「努力はしますよ」

駆け出したクラムに並んでアシュレイも駆け出す。

「まさか間諜だったとはな」

「ついでだよ。あんたに話したことは嘘じゃない。少なくとも俺はそう信じていた。いつ裏切りがばれるか分からない環境は最高だったよ―――だがあんたの言葉が今も耳について離れない」

アシュレイはクラムを追い越すと

「俺はもう壊れているんだろう。俺が生きている限りそこには殺戮がついて離れないということになる。ならばもういっそのこと全てを終わらせるべきだろう?」

「俺はお前がどんな生き方をしようと知ったこっちゃ無い、そう言ったはずだ」

「最期の相手はあんたが良い。俺の全力を尽くして、あんたに殺される―――ダメか?」

「断る。俺は自殺の手伝いなんぞする気は無い」

クラムはアシュレイの先に回ると胸倉を掴んだ。

「全力を尽くすのなら誰かを護るために全力を尽くせ。その命の火は、身体の持つ熱は、願いを受け継ぐためにあるんだ」

クラムは胸倉を離すと

「捨てたいのなら好きにしろ。それもお前の信念だ。だが俺は命を賭して皆を守り抜いた少年に顔向けできないような真似をする気はない」

ぎゅっと握りこんだ拳を胸に当てる。

「ルーニエは俺の大切な物を奪った国だ。だがそれはもうどうでもいい。弱肉強食、それが世界の理だからな。俺はあの日彼が貫いた想いを受け継ぐためにここにいる。大切な想いを、人を、護るためだけに。護るものの無い殺生をする気はないんだ」

護るためになら命を奪う―――それが結局エゴでしかないことは良く分かっている。だが理不尽に齎される暴力から護るにはそれしか方法は無い。

俯いたままのアシュレイをその場に残し、クラムはラジムの屋敷へと向かった。


「ここか・・・」

周囲から浮いている一際立派な屋敷。吊り下がっている看板は奴隷商の組合の紋章だ。

窓という窓を鉄格子で塞ぎ、戸口も分厚い頑丈そうな木で作られている。

「主人のラジムはいるか?」

屋敷の前で掃除していた下男に訊くと

「あんたは?」

「『白炎』が来たと伝えろ。それですべて分かる」

下男は胡散臭そうな目でクラムを見ながらも頷くと中に入っていった。

すぐに体格のいい男が顔を出すと

「こちらへ」

とクラムを招き入れた。

通されたのは応接室。

「こちらでお待ちを」

男の足音を全く立てない歩き方―――アガペの構成員か。

男が出て行った後、周囲の気配を確めると10人ほどがこちらの様子を窺っているのが分かる。

仕掛けてくるのか、それともドルスが逃げる時間稼ぎか。

上質な椅子に深々と腰掛けて仕掛けてくるのを待っていると

「ぎゃあああああっっっ!!!」

という悲鳴が響いてきた。

慌てて部屋を出て声の聴こえて来た方に向かうと、裏口でアシュレイが血塗れた剣を持って立っていた。

その足下では小柄な男が手首を押さえて転げまわり、向こう側には男が三人切り捨てられている。

「アシュレイ!?」

「こいつがドルスだ」

「これが?」

アガペの首領というともっと威厳のある偉丈夫的な物を想像していたのだが、目の前で転がっているのは小男、としか評しようのない男だ。

「ラジムは?」

「こいつが逃げようとしてるってことは始末されたな。あんな肥満体では足手まといだ。屋敷のどこかでくたばっているんだろ」

「そうか・・・」


すぐに駆けつけた近衛隊の手によってドルスは連行され、アガペの構成員も捕縛された。ラジムの遺体は自室で見付かり、机の引き出しから今回の大逆に関与した者の名簿が見付かった。

失敗したときに切り捨てられる可能性を予期していたのだろう。

大逆に加担した者は全員極刑が告げられ、資産の接収などが進められている。


「俺が分かるか?」

うっすらと目を開いたソウガに尋ねると小さく頷く。

「腕は動くか?」

と訊くと腕を小さく持ち上げ手を握る。動きは円滑で問題はなさそうだった。

「ここ・・・は・・・?」

かすれた声で訊ねるソウガに

「ここは元老院議員のオリバ様の邸宅だ。俺は特級魔導師のクラムという」

「と・・・きゅう?」

「特級魔導師。『白炎』というのが俺の二つ名だ」

ソウガは腕を上げ目を隠すと

「おれは・・・生きてるのか?」

「ああ。生きてる」

と告げるとソウガの目尻を涙が伝う。

「な・・・んで・・・・」

歯を食いしばりしゃくりあげるソウガは

「これで・・・終わったと・・・思ったのに・・・」

ソウガが漏らした言葉の意味は良く分かった。

解放されたかったのだ。先の見えない苦しみから。

全身に刻まれた無数の傷跡―――鍛え抜かれた身体にはまともな箇所を探すほうが難しい。

クラムはソウガの額に手を置くと

「奴隷としての人生はもう終わったよ。お前はもう自由だ」

「え・・・?」

涙にぬれた瞳がクラムのほうを向く。

「所有権は俺に委譲された。俺は奴隷商ではないからお前はもう奴隷じゃない」

呆然としているソウガ。

「しばらくは俺の元に居ろ。そこでどんな生き方をしたいか考えればいい」

「ほん・・・とうに?」

クラムは頷いてみせると

「今はゆっくり休め。身体が治ったら俺の街に行くぞ」

ゆっくり目を閉じ寝息を立て始めたソウガに

「お前を待ってる奴が居るからな」

と告げ、クラムは屋敷を出た。

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