アルマの里へ
※
「ふっ、ふっ」
黙々と険しい山道を登っていく。
すでに一日半、獣道のような細い道を延々と歩いていた。
「大丈夫か?」
先を行くクラムが振り返りクウガに訊いた。
「大丈夫だ」
そう答えたもののかなり足に来ていた。
体力には自信があったが歩きなれない山道を進むのは想像以上にきついものだった。
だがクラムはまったく足取りが衰えることもなく今も軽い足取りで倒木を越えていく。そこそこ大きな荷物を背負ったままひょいっと飛び越える姿にクウガはため息を漏らした。
クラムはパッと見小太りに見えたが、実は程ほどについた脂肪の下には分厚い筋肉があることに最近気付いた。材料だという鉱石を一袋試しに持ってみたがかなりの重さがあった。それを二袋、こんな山奥から10里近く離れた街まで徒歩で持ち帰るというのだから相当な筋力の持ち主だということになる。クウガはほとんど脂肪がつかないが、程ほどに脂肪がついたクラムは腕力だけでなく持久力もかなりあるのだろう。
「なあ、他の道はないのか?」
「ない。ここ以外の道もないわけじゃ無いが、無事にたどり着ける可能性はきわめて低いぞ?」
クラムの話ではムウシという巨大な猿がこの山地には生息しているのだという。10頭程度の群れで行動し、それぞれの群れがぶつからないように移動を繰り返しているらしいが、それゆえに縄張り内に侵入してきた異物に対する攻撃性は強く、一度襲い掛かられると逃げるのは容易ではないらしい。
「なんでこのルートは大丈夫なんだ?」
「この道筋にはムウシが嫌いな針葉樹が植えてある。元々途中までは自生してたらしいが、鉱山までの道筋に植えてルートを確保したんだそうだ」
「へえ」
「この道筋以外にもちらほら生えているそうだから、もしムウシに襲われたらその木までたどり着ければ生還の可能性はある」
「その木が見付からなかったら?」
「食われて終わりだな。人の足で逃げ切れる相手じゃない」
「あんたなら魔術でどうにでもできるんじゃないか?」
「威嚇は出来るがな。殺すわけにはいかん」
「なぜ?」
「連中は地の精霊の加護を受けた精霊獣だ。精霊の加護を受けている者が他の精霊の加護を受けているものを殺すのはタブーだからな」
「そうなのか?」
「あくまで基本的に、であって必ず守らねばならんというものではない。ムウシも何もしない限り俺に襲い掛かってくることは無いが、俺が明確な害意を持てば自分を護るために襲い掛かってくるだろう。ま、加護を受けてるって事はそれなりの力を持ってるからやめといたほうが良いぞ、ってだけのもんだ」
火の精霊の加護を受けているクラムにとってはムウシという獣も脅威にはなりえないのだろう。だがそれでも無用な諍いは避けたいのだ。
それからしばらく黙々と急峻な岩場を進んだ。岩場の周りには背の低い針葉樹が植えてある。これが例の木なのだろう。標高もかなり高いようで息が苦しい。
「大丈夫か?」
クラムの言葉に返答するだけの気力もなく、荒い息のままなんとか足を進めていた。そして―――
そのまま尾根まで出ると、眼下に広がる窪地に街があった。里だと聞いていたが、もはやこの規模は街といって差し支えない。急峻な峰に囲まれた窪地の底にある青い湖を取り囲むように多くの家が建ち並んでいた。
「あれがアルマの里だ」
家そのものは決して大きくは無いが、黒い屋根に白い壁の家々が整然と並ぶその光景は実に美しくまるで絵画のようだ。
「街の南側に坑道がある。そこから運び出された鉱石はあの大きな建物の中で合成されるんだ」
クラムが指差す方向には円形の大きな建物が一棟建っている。
「合成ってどうやるんだ?」
「地の精霊を使うんだ。この一帯は地の精霊の力が強い。だから掘り出した鉱石をここで合成して俺達に譲り渡す。ここじゃ空気が薄すぎて火の精霊の力を十分に使えないからな」
「なるほど。そういうことか」
ここで精錬してしまったほうがかさも減るので楽だろうになぜわざわざ鉱石を持ち帰るのかという疑問が解消された。
「よし、じゃあ降りるが、俺から離れんなよ?結界に引っかかっちまう」
クラムに手を引かれて降り始めるとすぐに身体をふわっと妙な感覚が通り過ぎた。
「今のは・・・」
「今のが結界だ。もう大丈夫だ」
と手を離され、また険しい岩場を降って行く。
1刻程かけて岩場を抜けると、綺麗に整えられた道に出た。
すでに足はガタガタで震えてしまっていたが、情けないところを見せるわけには行かないのでなんとか平然を装っていたが
「かなり足にキテるようだな。もう少しだ、頑張れ」
とクラムは言いながら歩調を落とした。
先を行くその背中を見ながらクウガは面映いような感覚に囚われていた。
当初、拾われた頃は柄の悪い男だという印象しかなかったが、実際には実に細やかな気遣いや配慮をする男だった。表立って見せる挙動は粗暴さを存分に孕んでいるのに、垣間見えるその細やかさはクラムという人物の印象をあやふやにし、時に見せる率直な優しさが心に染みる。
まるで父親のような―――あまりはっきりと記憶に残っていないが父はこんな人だったのだろうか。
「ようこそおいでくださいました、クラム様」
街の入口で出迎えたのは初老の男。
「出迎えなど不要といつも言っているだろう」
「そういうわけにはいきませぬ。これが我らの流儀ですゆえ」
服装は簡素なものだが素材はかなり上質に見える。品のある流れるような身のこなしからしてそれなりの地位にいるもののようだ。
「お連れの方がいらっしゃるようでしたし―――」
含みのある言葉―――クウガを警戒してのことだろう。
「こいつは公領ジグから逃げ出してきた逃亡奴隷だ。今うちで匿っている。元剣闘士で腕は立つし訳ありなんで逃げるわけにもいかん。そこで俺の代わりに発注なんかを任せたい。構わんか?」
「あなた様のご要望であれば。すぐに許可証を作らせましょう」
「クウガ、こちらの方はこの里の里宰を務められているスニル様だ。長の副官、といったところだな。スニル殿、こいつはクウガという」
「は、初めまして」
「お初にお目にかかります。スニルと申します」
軽く一礼したスニルの目にどこか懐かしいような色が浮かんでいた。
「準備は出来てるのか?」
「はい。ご要望通り4袋、包んでございます」
「わかった。まあ、こいつがだいぶ足にきているようだからしばらく逗留させてもらおう」
歩き出したスニルとクラムについていくと、周囲の家に比べてやや大きな家へと入っていった。
中は食堂といった感じで、その奥へとクラムたちは入っていく。
短い廊下を進むといくつかの部屋が並んでいた。ここが宿なのだろう。
「クウガ、お前はしばらく休んでおけ。俺は用事を済ませてくる」
とクラムは荷物の中から箱を引き出すとスニルと出て行った。
「はあ」
靴を脱いでベッドに腰掛けると一気に疲労感が湧き上がってきた。足の至るところにまめが出来、かなり痛む。太もももふくらはぎもパンパンで当分動けそうにない。
「なさけねぇ・・・・」
クウガにとって唯一誇れるのが鍛え上げてきた肉体だ。なのにたかが山登りで動けなくなっている。主であるクラムは微塵も疲労した様子を見せていないというのに。
ため息をついて横になるといつの間にやら眠っていたようで部屋の中は暗く、小さな灯りでクラムが本を読んでいた。
「お、起きたか」
ガバッと起き上がったクウガにクラムは微笑んでみせると
「余程疲れたんだな。まあ、いくら平地で鍛えていてもこれだけの高地になると同じようには動けんからな」
「俺・・・」
「とりあえず飯にしよう」
と立ち上がったクラムについて入ってきた食堂のような部屋に向かうと、大勢の男達が酒盛りに興じていた。皆がっしりと鍛え上げられた肉体をしている。
「おお!クラム様!!一緒に飲みましょうや!!」
とクラムの周囲に男達が集まる。
「お!兄ちゃん。新顔だな。クラム様の従者か?」
「男前だねぇ~兄ちゃん。おめぇもこっち来い!」
と男達に引き摺られて席につくと目の前に置かれた杯になみなみと酒が注がれる。
「ほれ!一気にいけや!!」
「男を見せろ!!」
正直困ってクラムを見るとクイッと煽る仕草をする。つまり飲めということだ。
仕方がないので一気に煽ったが強烈な刺激が喉を抜けるとすぐに意識が途切れた。
気がつくとベッドに寝かされていた。窓の外はすでに明るく昼前の日射しだ。
動かすとまだガンガンする頭を押さえながら起き上がろうとしたが、身体が言うことを聞かず起き上がることすら出来ない。
しばらくするとクラムが戻ってきてクウガを見るなり「ぶふっ」と噴出した。
「なんだよ」
「いや、お前があまりにも思ったようにぶっ倒れてくれたからさ」
「分かってて飲ませたのか」
「そりゃ、あの酒はかなりきつい酒だからな。鉱夫の連中ですら一気に飲んだりはせんぞ」
「つまり何も知らないと分かってて薦めたわけだ」
「まあ、お前が一気にいったんで、連中もお前のことを気に入ったみたいだし、良かったじゃないか。通過儀礼って奴さ」
「昨日の連中は?」
「鉱山で働く鉱夫だよ。この街じゃ一番重要な存在だからな。この街に顔を出すなら連中に気に入られる必要があるんだよ」
それは分かるが一服盛られたようで非常に気分は悪い。
「そんな顔すんな。ほれ、これ飲め」
とクラムは小さな瓶を取り出し、クウガの頭を軽く支えて口に含ませた。
ほんのり甘いそれは舌に染み渡り、なんとも良い香りが鼻腔を抜けていく。
「悪酔いを覚ます薬だ。すぐに頭痛も治まる。動けるようになったら飯にしよう。丸一日何も食ってないだろ」
そっとクウガの頭を下ろしたクラムはクウガの胸板を軽く叩くと部屋を出て行った。
※
「全部で4百枚。これだけあればそれなりになるだろ」
「いつも申し訳ございません。クラム様」
里府で持参した箱を開くクラム。箱の中には紅玉の瑠璃で出来た切片がぎっしりと詰まっている。
スニルが一つ取り出し、光に翳す。
「相変わらず美しいものですな。あの屑石がこれほどのものになるなんて誰も思いますまい」
アルマの鉱山からは、アルマ鉱石に必要な鉱石だけではなく多くの宝石の原石も産出される。質の良いものは宝石商に売られるが、質の悪い、売っても二束三文にしかならないものも多く出る。そういった屑石をクラムは買い付け、こうして紋章石として練成しなおして里に持ち込んでいた。
「クラム様の紋章石は他のものとはまったく違いますからな。最近はドラゴニアからの引き合いが多いそうですが」
紋章石は宝石に魔術の術式を紋章として刻み、魔力を送り込むだけで術を発動できるようにしたものだ。あまり複雑な術式を盛り込むことは出来ないが、術師としての才能が認められないような者でも魔術を発動できるために各国の軍での引き合いが多かった。通常はマチス鋼を使った剣や杖などに埋め込んで使うが、人造精霊などと組み合わせても使うことができるため、遠隔での魔法攻撃が可能だとして魔術師団での需要が増えているのだという。
とはいえ術式を記録できるほどの大きさの宝石となると高価な上に数も少なく希少なものだ。さらに宝石ならば何でも良いというわけではなく、術式によって使う宝石が違ってくるため量産はほぼ不可能なものとされていた。
そこでクラムが始めたのが屑石を精製して不純物の少ない宝石を人工的に作り出すという手法だ。宝石の精製には高い温度と高い圧力が必要だったが、クラムはそれを可能とした。
こうして作り出した紋章石をクラムはアルマ鉱石の対価として里に提供している。鉱石自体、希少なものではあるのだが使えるようにするには炎術師の手を経ねばならないためにそこまで高価なものには出来ない。こうしてクラムが高価に売ることが出来る紋章石として持ってきてくれることで里は莫大な利益を得ることができていた。
「こんな扱いにくいもんを喜んで買っていくなんぞ物好きも多いものだな」
クラムが作った紋章石に刻まれている術式は炎弾を打ち出すというだけの単純なものだ。送り込んだ魔力によって威力が変わっていくが、送り込む量が多すぎると紋章が耐えられず石が壊れてしまう。アガルタに対抗できる程度の高威力を維持したまま使い続けるにはかなり繊細な魔力操作が要求されるのだ。
「ドラゴニアの『系譜』ならば容易なことでしょう。あれほど精錬された魔術師団、他にはございませぬ」
「『系譜』ね・・・」
北の大国ドラゴニアには魔術師の家系を純粋に掛け合わせ続け、高い素養を持った魔術師を産み出し続ける『系譜』と呼ばれる一派がある。精霊術を得意とする『青』、広域破壊魔法を得意とする『赤』、封印術を得意とする『白』、結界術を得意とする『黒』の四派からなり、それぞれがルーニエにおける特級魔導師に匹敵する魔術師を多く抱えていた。
クラムもアガルタ戦において何度か『系譜』の魔術師と共闘したことがあるが、選ばれた家柄の出身というだけあって非常に高慢で鼻持ちならない連中ばかり。確かに実力はルーニエの魔術師が到底及ぶものではないが、ルーニエ西方の小部族の出身といっただけで人として扱うことすら知らぬような者どもに敬意を払う気は起こらない。
「まあいい。他に量の多い屑石はあるか?」
「紫水晶がかなり余っていると聞いております。あとは蒼玉が多いようです」
「蒼玉は使えるな。手配を頼めるか?」
「かしこまりました」
さすがに宝石の原石ともなるとクラム一人ではどうにも出来ないため、鉱夫に頼んで麓まで下ろしてもらいハンガまで馬車で運ぶことにしていた。アルマ鉱石と違い希少なものでもないので襲撃を受ける可能性が低いからだ。鉱夫たちには護衛としてついてもらい、街で酒と女をあてがうことで報酬としている。
「そういえば里宰。クウガのことだが」
「存じております。まさか再びお目にかかることが出来ようとは・・・」
「やはりあれがハルムの王子なんだな」
十数年前にルーニエによって滅ぼされた小国、ハルム。多くの宝石鉱山が存在していたハルムは掘削技術においては最先端で、多くの技術者が世界各国に招かれていた。
スニルはそのうちの一人だ。
すでにルーニエの者と婚姻していたスニルは故国の滅亡を知り、怒り、嘆き悲しんだものの、すでにこの里の有力者であった自身が全てを投げ打つわけには行かず、こみ上げてきていた気持ちを飲み下してこの里の発展だけを願ってきた。
「私が拝謁させて頂いた当時はまだ幼くございましたが、すっかりご立派になられて・・・」
ハルムの者にとって王族というのはとても大きな意味を持つものだったらしい。
地の神、バアルに地の恵みの安寧と鉱山で働く者たちの安全を祈願する役割を持つ神官の一族。王族による鎮護の神事があるからこそ民は地の恵みを得られるのだ、とそういう存在だったのだ。
「あなた様との邂逅にも縁を感じざるを得ませぬ」
縁―――ある意味ではあるのかもしれない。バアルと呼ばれていた地の精霊王。今は何処で何をしているのだろうか。
「これを担ぐのか?」
うんざりした表情のクウガに
「たかだか10貫だぞ?お前のその筋肉は飾りか?」
茶化すように煽ってみせるとクウガは袋を一気に担ぎ上げたが、足下がふらついている。ムリもない。麓で10貫担ぐのとはわけが違う。
「おいおい、兄ちゃん。んな身体してんのになさけねぇなぁ」
「ほれ、もっと腰を入れろ!」
鉱夫から野次が飛ぶ。彼らはこんな高地でも20貫を容易に担ぎ上げる強力の持ち主だ。
クラムは袋を一気に持ち上げ肩にかけると
「ほれ行くぞ」
とふらついているクウガを促す。
「なんでそんなに簡単に・・・」
実はコツがあるのだが、最初から教えてしまったのでは面白く無いので
「そりゃお前みたいなお飾りの筋肉じゃないからな」
と返すとクウガは歯を食いしばってふらつきを抑えた。だが全身に無駄な力が入っているだけなので、このままではすぐにバテるだろう。
まあそれも経験だ。狭い世界で生きてきたクウガはこれからもっと多くのことを知っていけばいい。まだ若いのだから。
「では頼む」
「かしこまりました」
と街の入口でスニルに見送られ岩場を登る。
案の定クウガはすぐに足取りが遅くなり、稜線に出る頃には汗だくで足は震えていた。
「大丈夫・・・じゃなさそうだな。少し休むか」
袋を下ろし手ごろな岩に腰掛けるとクウガも袋を落とし膝を突いて手を突くと四つんばいで激しく喘いでいた。
「なんっ・・・でっ・・・へいっ・・・きっ・・・」
切れ切れに言葉を発するクウガに
「そりゃお前さんみたいな間抜けな運び方はしてないからな。キチンと重心を取れば大して重いものでもないぞ」
とはいうものの高地慣れしていないクウガにとってはこの環境そのものが苦しいはずだ。
「少し下れば野営に丁度いい穴倉がある。そこまで頑張れ」
半日もあれば麓まで降りることが出来るが、すでにガタが来ている足ではムリだろう。
なんとか呼吸が落ち着いたクウガを立ち上がらせて重心がつりあうように袋を肩に乗せてやる。
「これで多少は楽だろ」
足がまだ震えているがクウガは頷くと岩場を降り始めた。
奇岩が複雑に折り重なったその場所は、雨風を凌げる場所としてこの道筋を行き交う者が利用しているために針葉樹の枝が敷き詰められ、中々快適な空間になっている。
「ほれ、ズボン脱いで脚見せてみろ」
クウガの筋肉質な脚は太い筋肉が浮き上がりかなり見栄えするのだが、今は細かく痙攣していた。
鎮痛作用のある薬を太ももに塗ってやり、ズボンを履かせると
「ごめん」
とつぶやくクウガ。
「どうした?」
「俺、ホント役に立たないよな」
と大粒の涙を溢し始めた。
「なんだいきなり」
「俺、体力しか取り柄がねぇのにこんなザマでさ、あんたに迷惑しかかけてねぇし」
涙を拭うクウガに
「慣れないことをした時っつーのは誰だってこんなもんだろ。それにお前を拾ったときは、ホントに何一つ出来なかったが今は違うだろ?女衆もお前のことを重宝してる。力仕事はお前に任せれば良いからな。こうやって山を登るのも同じ。いずれ慣れる」
「でも俺・・・」
クラムはクウガの頭をそっと抱き寄せると
「焦るこたあねぇ。剣闘士以外の人生を始めたばっかじゃねぇか。ゆっくり行きゃあ良いさ」
「うん・・・」
落ち着いたクウガに薬を飲ませて眠らせるとクラムは穴倉の外に出た。
まだ成熟しきっていない青い感情―――あの少年を連想してしまう。
それがどうしても苦しく、クラムを居た堪れない気持ちにさせた。
翌日、夜明けと共に出発したクラムたちは、ハンガまでの道のりの中ほどで再び野営し、翌日の昼過ぎにハンガの街が見渡せる丘に出た。
だが―――
「あれは・・・」
赤色の狼煙――――敵襲の合図だ。
「クウガ!これをどこかに隠してから追ってこい!!」
クラムは袋をその場に落とすと街へと向かって駆けはじめた。
街の気配が酷くざわついている。街の中まで侵入を許したのだ。
クラムがハンガの南門にたどり着いたとき、警衛の兵と賊が切り結んでいるのが見えた。警衛の兵は右腕を切り裂かれ、かなりの出血が見える。
「どけぇっっ!!!!」
クラムの声に警衛の兵が賊から離れると同時にクラムの跳び蹴りが賊に命中する。
吹っ飛んで倒れた賊は慌てて起き上がろうとしたが、次の瞬間全身から炎を噴いたかと思えば跡形なく消え去っていた。
「大丈夫か!?」
「クラム様!!申し訳ございません!!」
「いったいどうしたんだ!?賊に入り込まれるなんて!!」
「商隊を装って入り込んだんです!かなりの手錬で・・・」
「人数は!?」
「20名程度!」
クラムはすぐさま屋敷のほうへと向かった。賊が狙うならまずクラムの屋敷を狙うはずだ。
屋敷の前ではワッセと数名の兵が賊と戦闘中だった。
数人の賊が倒れ伏しているがどちらも手負い―――あのワッセですら数箇所切り裂かれている。
「ワッセ!!」
「クラム様!!」
その声に賊が一斉にクラムの方を見た。
「やばい!!『白炎』だ!!」
逃げようとした賊に
「動くな!!!!動けば蒸発させるぞ!!!!!」
と叫んだが構わず逃げようとする賊。
クラムが先頭を行く賊を見つめると、体から炎が噴出したかと思えば灰になって消えていった。
「ひっ!!」
後を追っていた賊が腰を抜かしてその場にへたり込む。
「動くなと言ったはずだ」
近づいてくるクラムに賊共はその場で震えながら失禁した。
「いいな。ここから動けばあれと同じようになる」
とねじ込むように訊くとコクコクと頷いた。
「ワッセ!大丈夫か!?」
「申し訳ございません!」
腕を押さえて駆け寄ってくるワッセに
「こいつらは動けないようにした。放置して構わん。状況は?」
「屋敷には入られておりません。賊はここに来た者以外には詰め所に襲撃を仕掛けてきたものが5名、おそらく街の外には見張り役が数名いるはずです」
「残りの賊は俺が片付ける。負傷している兵の手当てを」
「畏まりました」
「トウカ!!」
屋敷の外から呼びかけると門が開いてトウカが飛び出して来た。
「クラム様!ご無事で!?」
「トウカ。こいつらの手当てを。賊は放置して構わん。こいつらの手当てが終わったら街を回って負傷者の手当てをしろ。ワッセ。お前が警護につけ」
「はい」
クラムは警衛の詰め所のほうへと駆け出す。
詰め所はすでに静まり返っていて、賊の身柄を兵が拘束していた。
「大丈夫か!?」
「クラム様!お戻りになられたのですか!?」
拘束している兵もかなりの怪我を負っている。
「賊は?」
「数名逃げたものが。北門から出たのを見ています」
「兵の分散が目的だろうな。まだ近くに居るだろう。俺が片付けるからお前達は怪我の手当てを」
「はい」
クラムが北門を出ると同時に矢が飛んできた。
すぐさま燃え上がった矢に、高く笛の音が鳴ると一斉に馬が駆け出して真っ直ぐ北へと逃げていく。
クラムが手を叩くと周囲に火の玉が無数に現れ、その火の玉はすぐに鳥の形に姿を変えると一斉に飛び出した。
無数の火の鳥の群れは馬に乗った賊へと飛翔していく。そして―――
緩やかな丘陵の向こうで大爆発が起こった。
「すごい・・・」
気付くとクラムの背後に兵たちが立っていた。
「残りの賊は?」
「片付きました。生きている者は全員捕縛済みです」
「こちらの被害は」
「うちの者が一名、殺害されました。街の者には被害はありません」
「そうか・・・」
クラムは拳を握りこむと踵を返して街の中へと入っていった。