9
私はあまりシスカのことをよく知らない。
いつの間にか兄のそばにいて、従者となった男。
一般人だということは知っている。というよりも、貴族の中でシスカのことを知る人はいなかった。
そして。
私は覚えている。
浅黒い肌に、漆黒の髪、そして見間違えるはずもない立派な角。私を殺そうとした暗殺者の中に、シスカに似た特徴を持つ人物がいたことを。
あれはまだ、私が20代だった頃。前魔王を弑そうと兄が暗躍していた時のことだ。
私は幾度となく命を狙われていた。物心ついたころから家族と呼べる人は兄しかおらず。唯一の家族である私が弱点と思ったのだろう。そんな兄の弱点を抑えようとした前魔王側からの刺客。
当時の私はそう思っていた。
そんな気の抜けない日々に、いつの間にか友人や親族は離れていき。いつの間にか私には、本当に兄しかいなくなっていた。
当時の兄は、唯一の家族である私のことなど顧みず、自らの正義のために闘っていた。兄のもとには同志と呼べる人がたくさん集まっていたけれど。
やはり、親族や友人は離れて行っていた。
私を除いて。
それから約10年。全てを終わらせた兄が魔王に即位したとき、私は久しぶりに兄に呼ばれた。まだ水晶宮ではない、魔王城で兄と出会った時の衝撃を私は忘れない。
兄のそばには、すでにシスカがいたのだ。執拗に私を殺そうとした男に似た、シスカが。
その瞬間、刺客は兄からも送られていたと理解した。きっと、弱点になり得る私が邪魔だったんだろう。全てが収まったから私と再会したが。
きっと本心では私のことを疎ましく思っていたのか。あるいは、弱い私を足枷に思っていたのか。兄の本心は今となっては確かめるすべがないけれど。私が唯一の家族を、家族と思えなくなったことだけは事実である。
だから言われなくてもわかっている。私はシスカを信用などしていない。
いや、シスカだけではない。きっと私はだれも信用などしていないのだ。
ヒノメの名前を捨てさせられたときに、私には誰もいなくなったのだから……。
アルヴィ様と別れた後、私は一人会場を後にし、回廊を歩いていた。今は一人になりたかったのだ。
過去を思い出すと、私の心はまだ痛む。それはきっとどこかで、兄を、家族を求めているからだろう。
私には信用できる人はいない。いつも一緒にいるマールでさえ、私は信用していない。彼女の笑顔が作られたものだと知っているから。
そんな私の心の中に、ズカズカと土足でアルヴィ様は入ってくる。そして居座るのだ。
今は呼ばれることのない名前を、誰からもむけられることはない笑顔を、仕草を見せるアルヴィ様。
きっと彼は私のことを本心から心配してくれている。そこに偽りがないことぐらい、私にでもわかる。
でも。
私は信用することができないのだ。一度生まれた疑心を捨てることができないように。兄と違う人だとわかっているのに、私はどこかでアルヴィ様を疑っている。
本当は、信用したいのに。
「だからダメなのよ、ヒノメ」
そう自嘲気味につぶやいた言葉は、誰にも聞かれることなく。闇へと消えていった。