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活動報告にお礼の小話を載せてます。
ちゅ……っ
「!!!」
近づいてきたアルヴィ様の顔に思わず目をつぶると、その唇は私の額に落とされた。びっくりして思わずアルヴィ様を突き飛ばしてしまう。
しかしそんな私の反応などお見通しだったのだろう。アルヴィ様はよろけることなく、私から数歩分の距離をとったのだった。そして面白そうにくすっと笑う。
その笑みに とくんっ、と高鳴る私の心臓。
……なんで鳴ったのか、今は考えたくもない。
「な、なにをなさるんですか!!!」
「うん?フレイヤは可愛いなと思って、ついうっかりと?」
「つい、うっかりじゃありません!!!!」
アルヴィ様の返答に私がガクッと脱力すると、また数歩分の距離を一瞬で縮めてきて。思わずなにされるのかと身構えていると、すっと右の手が私のほうへと伸びてきた。
「!!」
またぎゅっと目を閉じてしまう私に、くすっと笑う声が聞こえたと思ったら額に少しの違和感。
アルヴィ様の右手の人差指は、私の眉間をぐりぐりと突いてきたのだ。その行動に恐る恐る目を開くと、そこには悪戯っぽく笑ったアルヴィ様の顔。
「フレイヤはいつも眉間に皺を寄せてるよな」
「え?」
「可愛い顔が台無しだぜ」
「!!!!!」
とくんっ
また高鳴る私の心臓。
でも今のは反則だと思う。あんな風に笑われて、どきっとしないわけがない。
アルヴィ様の笑顔はいつでも人を虜にする笑顔だ。兄が氷の微笑なら、まるで正反対の満面の笑顔。そしてこの魔界で、大人になってからそんな風に笑うものなど見たことがない。見慣れないから、どきっとするだけだ、と自分に言い聞かせてはみたけれど。
頭のどこかで、この胸の鼓動はそれだけではないとわかっている自分もいる。……どこか私、変だ。
不可解な、しかし居心地の悪くない空気が私たちを支配する。言葉を交わしていないのに不思議。こんなに静かだと私の鼓動まで、アルヴィ様には筒抜けだろうと思う。それと同時に、何故かアルヴィ様の心臓の音が聞こえるような、そんな気がする。
しかしその雰囲気も長くは続かなかった。
「そこまでにしていただきませんか?アルヴィレッド様」
沈黙を切り裂く冷たい声。振り返るとそこにはいつもより2割増しぐらい不機嫌な顔をしたシスカがいて。その顔にはありありと『こんなところで何をしている?』と書かれていた。
「魔王陛下の従者殿……たしか、シスカといったか?」
「竜人族長老の方に名前を覚えていただるとは、有難き幸せにございます」
「はっ、よく言う!口だけは上手いな」
シスカの登場に機嫌を悪くしたのだろうか。アルヴィ様の纏っている空気がすごく冷たくなったのがわかる。
今の彼はアルヴィ様ではなく、竜神族長老・アルヴィレッド・ヴァン・サール様なのだ。
私はそっと数歩分彼から距離をとる。何故だろう、一緒にいてはいけない。そう本能で感じたのだ。
「妹様にあまり軽率な行動をなされるのは困ります。この方は陛下の勅命で貴殿の世話をしているのですから」
「……なるほど。しかし滞在中、一番世話になる彼女と親しくすることに問題があるとは思えないが?」
「これは失礼しました。しかし家臣として妹様を守るのも仕事。ご友人として関係を深めていただく分には問題ないのですがね」
あまり深入りはしないでいただきたい。
シスカは言外にそう含ませると、私にひとつ視線を投げかけて去って行った。
彼は水を差したのだ。私がこれ以上、アルヴィ様に深入りすることがないように。
「牽制のつもりか、あいつ」
アルヴィ様もしばらくシスカが去っていた方向に目をやると、ふうっと大きなため息をついた。そしてまた私に視線を戻したけれど。もうそこには先ほどまでの、柔らかな雰囲気は感じられない。
シスカが入ってきたのは絶妙なタイミングだったのだ。私がアルヴィ様を特別な人と勘違いする前の、絶妙なタイミング。
「もう、戻らないと」
俯いた私はアルヴィ様に視線を戻すことなく、そのまま立ち去ろうと足を動かし横をすり抜けようとした。しかしそんな私の左腕をガシッとアルヴィ様はつかむと、そのまま私の耳元に唇を寄せ。
「あの従者……シスカに気をつけるんだ、ヒノメ」
そう警告したのだった。