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(魔王様の)妹様  作者: 雅樹
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 マールに促されるまま部屋を出ると、そこには正装をしたアルヴィレッド様の姿があった。

 真紅の髪が映える白い軍服、その胸元には真っ赤な薔薇を象った美しいエンブレムが飾ってあって。その立ち姿はやはり代表という自覚があるからだろう。初めて訪れるであろうこの水晶宮の中にいるのに、まるで支配者のそれである。マールもその威圧感に圧倒されて、普段よりも固くなっているのがわかる。


 そんなマールの様子など意にも介さず、アルヴィレッド様は私の右手を恭しく取ると、そっと口づけた。その行動に今度は私が固まってしまう。すると誰もがほれぼれするような笑みを浮かべて口を開いた。



「本日は私に、貴女をエスコートする権利を頂けませんか?」

「え?」


 あの砕けた口調を知っているからだろう。かしこまった言い方をしているアルヴィレッド様に違和感を覚えてしまう。そんなに深く付き合ったわけでもないのに。



「え、ええ。是非、お願いいたしますわ」

「よかった。ではお近づきのしるしにこれを」



 アルヴィレッド様は私の返答ににこやかに微笑むと、そっと私の髪に一輪の薔薇を刺した。それはアルヴィレッド様の髪を思わせる、真紅の薔薇。たしか真紅の薔薇はサール一族の徽章にも使われているはず。



「うん、貴女には赤い薔薇がとてもよく似合う」

「あ、ありがとうございます」



 刺し終わったアルヴィレッド様はまたにっこりとほほ笑むと、私の手をそっと取りそのまま歩き出した。まるで道を知っているかのように。



「場所はお分かりになるんですか?」

「ああ、平気だ。……匂いでわかる」

「匂い?」

「俺たち龍の一族は鼻がよくきいてね。人の集まっている方向に、しかも香水をたくさんつけている人が集まっている場所のにいけばそこが会場だろう」

「だから私の部屋がわかったんですか?」

「ああ、ヒノメの匂いが強い場所に行ったら、そこが部屋だったんだ」



 しばらく歩いてから質問すると、アルヴィレッド様の口調は先ほどまでとは違い、砕けた口調に戻っていて。その口調に何故だか安心してしまったのは、内緒にしておこう。


 ……今なら質問に答えてくださるかもしれない。というか、今しか聞くチャンスはないだろう。この先、彼と二人きりになれるチャンスがそうあるとは限らないから。



「アルヴィレッド様」

「……」

「アルヴィレッド様?」

「アルヴィだ。それ以外で呼んでも返事はしない」



 意を決して名前を呼ぶと、あからさまな不快感を示されて。しかも理由は名前の呼び方が気に食わないという、なんとも言えない理由。


 私は気づかれないように小さくため息をついた。しかしやはり気づいたのだろう。私の溜息にびくっと肩を震わせるアルヴィレッド様。

 ……なんだか可愛い。



「アルヴィ様」

「様はいらない」

「せめてそこは譲ってくださいませ。お客様を呼び捨てにすることなんてできません」

「……わかった」

「ありがとうございます。で、アルヴィ様は何故、私の名前を知ってるんですか?」



 その質問を投げかけた瞬間、彼の肩が大きく震えたのがわかった。そして少しの間を置いた後「調べた」と小さく呟く。しかしその顔は明らかに動揺していて、嘘だというのがまるわかりだ。


 第一、「ヒノメ」という私の名前を調べるなんてありえないし、できるわけがない・・・・・・・・のだ。




「私の名前はフレイヤ。ヒノメという名前ではありません」

「!?なにを!!!」

「どこの文献を戸籍を調べても、ヒノメという名前は存在しません」

「……お前はヒノメだ」

「ええ、ヒノメという名を否定はしません。……それは母が名付けてくださった名前」

「……!」

「でも魔王陛下の妹になるときに、その名前は捨て『フレイヤ』が私の名前になったのです」




 そう、私の名前はフレイヤ。フレイヤ・ウィル・シグムーン、という。


 ヒノメと呼ばれていた時代も確かにあった。まだ幼いころ、私が母に庇護され普通の少女だった頃。皆からヒノメと呼ばれていた。


 でも、私はヒノメという名前を捨てた。……捨てさせられたのだ。他でもない、兄の手によって。




「だから、泣いたのか。もう呼ばれるはずがない名前だから」

「懐かしさのあまり、失態をお見せしたことは謝ります。ですが、ヒノメはもうどこにもおりません」



 そう無垢だった、ヒノメという少女はもうどこにもいない。いるのは魔王の妹、フレイヤだけ。そんな私をヒノメと呼ぶ、この人は一体?



「……とある人から、ヒノメのことを聞いた。その話を聞いて、俺は会いたいと、お前に会いたいと思ってここに来たんだ」

「とある人?」

「今は言えない。でも、ヒノメ……フレイヤにとっても敵じゃない」

「そう、ですか」



 そう言って私を見つめるアルヴィ様の瞳は、切なげに揺れていた。まるで何かを懺悔するかのように。

 私が彼の思いを知るのは、もう少し先の話。

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