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(魔王様の)妹様  作者: 雅樹
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 ヒノメ。

 それはとうの昔に失われた、私の名前。その名で呼ばれるのは何十年ぶりだろう。



「おい、ヒノメ?なに泣いてるんだ?」

「え…?」

「ったく、ほら泣くなって」



 いつの間にか溢れ出た涙を、アルヴィレッド様は少し乱暴に持っていたハンカチで擦る。ちょっと痛いけれど、それは優しさに溢れていて。なんだか照れくさくなって、私は思わず顔をそむけてしまった。



「あ、ありがとうございます」

「いいって、たまには持ってみるもんだなハンカチ。ヒノメのそんな顔が見られた」

「そんな顔って……!」

「あんがい可愛いんだな、ヒノメ」



 呼ばれなれていない名前を連呼されて、私の戸惑いを敏感に感じ取ったのだろう。アルヴィレッド様は、そっと私を囲っていた腕を離した。その隙に、私は部屋へと逃げ込む。もてなすはずのアルヴィレッド様を置いて。



「ヒノメ!また後でな!」



 そんな声が扉の向こうから聞こえたけれど、私は何も聞かないふりをして寝室のベッドへ走った。そしてそのまま柔らかな羽毛布団の中へ潜り込む。


「い、妹様!?」


 マールの慌てた声も聞こえたけれど。私は何も答えることなく……ただただ火照った頬を見られたくないために顔を隠すのだった。

















「妹様、妹様」

「う……っ、まぁる?」

「ようやくお目覚めですね」

「!!!」


 いつの間にか眠っていたらしい。目覚めるとそこには心配そうなマールの顔と差し込む夕日。


 って、私は何時間眠っていたのだろう?アルヴィレッド様をもてなさなければいけないのに!!


 ……そこまで考えて、私は先程の出来事を思い出す。名前を呼ばれたことと、髪への口づけですっかり混乱していたけれど、先ほどまでの振る舞いは迎賓に対してあまりにも失礼な態度だった。兄からの勅命で、アルヴィレッド様をもてなさなければいけない立場なのに、あろうことか部屋にも案内せずに置いておいてしまった。



「あ、アルヴィレッド様は?私、あの方を部屋の前に置き去りにしてしまったの!」

「部屋の前ですか?妹様がお眠りになられてすぐ部屋のから出ましたけれど、誰もいませんでしたわ」

「そう…」



 マールが言うのなら確かだろう。そういえば案内をしていないのに、アルヴィレッド様は私の部屋を知っていた。もしかしてこの水晶宮の造りを知っている?でもそんなことはありえないのに…。



「妹様、もうすぐ歓迎の晩餐会のお時間です。ご支度をしたいので、ベッドからお出になっていただけますか?」

「え、もうそんな時間?」

「はい、あと2時間ほどで始まってしまいます。それと…」



 マールは少し言いにくそうにうつむいた後、そっと隠していたものを私に差し出してきた

 それは1枚の濃紺のドレス。所々に散りばめられているのは宝石なのだろう。まるで星が瞬く夜空を思い出させる、そんなドレスだった。



「こちらは先程、アルヴィレッド様から届けられた一着です」

「え…?」

「妹様のその美しい漆黒の髪と黄金の瞳・・・・がよく映えるだろうから、ぜひ着て欲しいとの伝言もお預かりしております」

「着ない……という、選択肢はないわね」

「ですね。ゲストの方が望まれていることをしないわけにはまいりませんから」



 私はその言葉に小さくため息をつくと、そのままベッドから起き上がりマールと共に寝室を後にする。そして鏡台の前に立つと、届けられたドレスをマールの手を借りて着てみた。

 そのドレスはまるで私のためにあつらえられたかのように、サイズがぴったりだった。正直、市販のドレスではこうはいかないだろう。魔王の妹という立場になってから知ったが、市販のドレスではこううまくはいかない。どこかぶかぶかだったりきつかったりするものだけど、このドレスはそんなことはなかった。



「まあ、よくお似合いですわ」

「……マール、髪は結い上げて頂戴」

「え、そのドレスにはおろしていたほうがお似合いかと…」

「なんか、あの長老様の言いなりになってるのが癪にさわるというか…」

「はあ、妹様がお望みならわたくしはそれに従うまでですが」



 マールは仕方なしにといった感じで、鏡台に座った私の髪を結い上げていく。確かに降ろしていたほうが似合うとは思うけど。何もかもが思惑通りにいくなんてなんか癪に障るし。




 このときの私は気づいていなかった。こういうふうに、私の中でフランクに彼のことを考えさせることこそが、彼の作戦だということに。

 事実私の中で、アルヴィレッド様は少しだけ印象を変えていて。……まあ、いい印象ではないことは確かなのだけれど。それでも、普段の私ならお客様のことをこんな風に考えることはなかった。

 


 良くも悪くも無関心。それがいままでの私なのだから。




 支度を整え終わるとまるでタイミングを見計らったかのように「コンコン」と控えめにドアがノックされた。その音に気付いたマールが扉まで確認しに行くと、すぐにこちらに戻ってくる。

 その姿はちょっと慌てているようにも見えて。普段は冷静沈着なマールが慌てているなんて何事だろう?




「あ、あの妹様」

「なに?」

「……アルヴィレッド様が、妹様のエスコートしたいとお見えになられておられます」



 私が驚愕したのは言うまでもない。

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