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「竜人族の長老様が参られました」
一年で最も寒さが厳しい2の月の終わり。魔界に一人の男が訪れた。私は王の勅命により、王と数人の臣下と共に王座のある謁見の間で彼を待つ。
そして数分の後、謁見の間に現れたその人を見た瞬間、私は思わず息をのんだ。いや、私だけではない。同じように謁見の間にいた全員……王を除いた全員が息をのんだ。
なぜなら。
渡されていた写真とは似ても似つかぬ、男が現れたのだから
男の容姿はまさに極上。炎を思わせる真紅の腰まである長い髪、黄金を思わせる美しい瞳、190はあるであろう長身。人間の年齢でいうと、20代後半だろう。もっとも、龍もまた魔族と同じく悠久の時を生きる種族。彼の年齢はいくつなのか、見た目では判断することは難しい。
男は右手の拳を胸に当て、それを左手で包み、ゆっくりとした動作で兄に向かってお辞儀をした。胸に当てた右手を左手で覆うことは、敵対の意思がないという竜人族独特の意思表示だと、むかし本で読んだことがある。
「お初にお目にかかる。我は竜人族が長老の一人、アルヴィレッド・ヴァン・サールと申す」
「遠方よりよくぞ参られた。我ら魔族はそなたを心より歓迎する」
美しい所作で話をする男に、満足そうに兄は頷いた。しかし二人とも目には探るような光がともっていて。どちらもお互いの出方を伺っているみたいだ。私はというと、頭の中を必死で回転させ先日兄に渡された資料と自分で調べたことを思い出す。
サール一族。
それは竜人族の中でも最も位の高い、まさに王の一族。その中で今回訪問すると聞いていたのは、エンウッド・ヴァン・サール様と聞いていた。サール一族代表の三男。しかし、アルヴィレッド様といえば確か……。
「此度は三男エンウッドが不慮の事故にあい、こちらを訪問することが叶わなくなった。弟の責任は長男である私の責任。よって今回は無理を言い、こちらに参らせていただいた。魔王陛下の格別の心遣い、深く感謝を申し上げる」
「エンウッド殿のご容態は?」
「安静こそ要するが、幸い大事には至らず。ご心配をおかけし、申し訳ない」
「いや、エンウッド殿に大事がなく、竜人族の方々も安心されたであろう。こちらこそ態々、次期サール代表にお越しいただき、深く感謝をする。これを機に魔族と竜人族の仲が深まることを期待している」
なるほど、そういうことだったのか。
しかし兄の眼がまだ探るような光を残していることから、あの説明は建前でしかないのかもしれない。本当は別の、何か深い目的があるのかも。そんなことを考えていると、兄の視線がこちらに向いた。それを合図に私は一歩前に出る。
「これは我が妹。アルヴィレッド殿の滞在中のもてなしを任せておる。小さなことでも構わないので、何なりと申し付けてくれて構わない」
「なるほど、有難い。どうぞ、よろしく頼む」
兄の言葉に私が深く頭を下げると、アルヴィレッド様はこちらを向き、先ほどと同じく竜人族の挨拶をしてくれる。
そんな私たちのやり取りを見て、兄は小さく頷くとこれで終いとばかりに席を立った。そして私たちには目もくれず、そのまま謁見の間から出て行ってしまう。
臣下もまた、兄が出ていくのと同時に謁見の間から立ち去り。この広い間の中に、私とアルヴィレッド様、二人だけが残されることになった。
次の瞬間、アルヴィレッド様は纏っていた雰囲気を一変させ、大きく息をついた。そして先ほどとは打って変わって、人懐っこい笑みを私に向ける。その笑みはまるでいたずらっ子のような少年の笑みで。私は、その変化に耐えられず思わず固まってしまった。
「ふぅ、緊張したぜ。お嬢ちゃんも楽にしてくれないか?って、お嬢ちゃんじゃ悪いか。お姫様だもんな。えっと……なんて呼べばいい?」
「皆は私のことを、『妹様』と呼びますわ」
「ふーん、妹様、ね。俺にもそう呼べって?」
「……好きに呼んでくださって結構です、アルヴィレッド様」
「気に食わねえな」
アルヴィレッド様はなにやらそう呟くと、徐に私の髪を一房手に取り、自分の口元に近づけ。そして音を立てて髪に口づけをする。
ちゅ……っ
「!!!」
思わずのけぞった私の髪をあっさりと手放すと、先ほどとは違い人の悪そうな笑みを浮かべる。そして。
「きゃぁ!!!!」
私との距離を一気に近づけると、そのまま左手は膝の下に、右手は肩の下にやられて。いわゆる、お姫様抱っこ、をされた私はそのまま謁見の間から連れ出されてしまった。
「な、なにを!!」
「一つ言っておく。俺のことはアルヴィと呼べ」
「え……!?」
何が何だかわからず、混乱する私に飛び切りの笑顔を向けると、アルヴィレッド様はそのまま、まるで自分の家のようにずんずんと宮の中を進み。いつの間にか、私は自室の扉の前で降ろされた。
そしてアルヴィレッド様は、私を扉の前に押し付けると、また私の髪を一房手に取り口づける。アルヴィレッド様に囲われた私に逃げ場はなく。ただただアルヴィレッド様を見上げることしかできなかった。
そんな私の様子に何やら満足そうな笑みを浮かべて、アルヴィレッド様は高らかに言い放ったのだった。
「この髪の色、その瞳、あんたに間違いない。俺はあんたに会うためにここに来たんだぜ、ヒノメ!」
もう、呼ばれることはない。私の名前を。