3
「はぁ、疲れた」
「もう、お行儀が悪いですよ」
自室に戻った私は、堅苦しいドレスを脱ぎ捨て下着姿のままベッドに横たわる。そんな私の脱ぎ捨てたドレスを拾い丁寧に畳むのはマールの仕事。
彼女は私付の侍女である。兄が即位し嫌々入城した私に付けられた、ただ一人の侍女。黄金を思わせる金の髪に、エメラルドを思わせる緑色の瞳。美しい人しかいない魔族の中でも、特に目を引く美しい人。
誰にでも望まれる彼女は、それをすべて辞して私のそばに居続けてくれる。稀有な存在なのだ。
「陛下にあってきた」
「まあ……1年ぶりですね」
「陛下には3か月ぶりと言われたけどね」
「それは何というか…陛下は気が長いお方ですから」
昔は気なんか長くなかったんだけどね。
私が努力を怠ればすぐに怒り、言い返さなかったらすぐに怒る。感情豊かで、魔族にしては気が短い人だった。
しかしいつの間にか、兄は気が長くなってしまった。そしてマールは気が長い兄しか知らない。兄が即位してからしか、マールは見たことがないのだから。
「ご用件はなんだったのですか?」
「竜人族の長老を持て成せだって」
「竜人族ですか?」
「マールは知らない?」
「はい。わたくしは魔族以外のことを、あまり知ることはありませんので」
マールは私の侍女に就くだけあって、貴族の娘である。
そして魔族というのは総じて気位が高い。すべての人種の頂点に立つと信じて疑わないのだ。そんな教育を受けているマールもまた、ほかの種族のことを知らない。私から言わせれば、ほかの種族のことすら知らず、なにがすべての種族の頂点だ、と言いたいのだけれど。
「知りたい?」
「意地悪ですね、わたくしはもう昔のわたくしではございません」
「ふふ、なら教えてあげる」
昔のマールは気位だけが高く、そのへんにいる魔族と同じように魔族が一番だと信じて疑っていなかった。
……色々あって、マールはほかの種族のことに興味を持つようになって。今では気位の高かった、高飛車なマールの影はどこにもない。
「竜人族はね、文字通り龍が人になった一族なの」
「龍が人に?」
「そう、高位の龍だけが人の形を取れることに着目した昔の龍が、高位の龍だけで作り上げた種族」
「高位の龍」
「といっても、よりよい子孫を残そうとしただけで、下位の龍とも普通に暮らしてるんだけどね。龍の中の皇族と思えば正解かな」
「では、ものすごく気難しいのでは?」
「うん、シスカにも言われた。気難しい方だって。機嫌を損ねたら……きっと死しかないんじゃないかな」
その言葉にマールは大きく目を見開くと、持っていたドレスをバサリと落とした。そんなに驚くことかな?
「か、簡単に死ぬとか仰らないでくださいませ!!」
「ま、マール?」
「妹様はご自身のことを簡単に扱いすぎです!!」
「……私は簡単な存在だよ、マール……ぶっ!?」
その私の言葉に、肩をわなわなと震わせたマールはドレスを拾い上げると、私の顔面をめがけて投げつけてきた。そして怒りに肩を震わせながら部屋を出て行ってしまう。
ねえ、マール。
貴女は私のことをすごく評価してくれているけれど、私は自分のことをよくわかってるんだ。
兄には敵わない、ただの平凡な娘。何を間違ったのか、高位な地位だけを与えられたただの娘。
その証拠に私のことを評価してくれているマールだって、決して私のことを名前では呼ばない。それはどこかで私のことを、簡単にみている証なんだよ?気づいていないだけで、私もまた指摘しないけれど。指摘したら、昔の貴女ならともかく、いまの貴女はきっと悩んでしまうから。
今の貴女は好ましいから、変なことで悩ませたくないんだ。
ごめんね、マール。
それから、幾ばくかの日がたち。穏やかに何事もなく、日々は過ぎて。
気が付けば2の月。竜人族の長老がやってくる日が、来てしまったのだった。