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何もとりえのない娘。そう言われることには慣れていた。
「お兄さんはもっとすごかった」
「お兄さんは優秀なのに」
「お兄さんは………」
物心ついた時から、そういわれ続けていたからいい加減その言葉には飽きていた。最初は控えめに言っていた人たちも、今ではもう隠すことさえしない。私は兄に比べて、ひどく平凡だから。
兄はそう言われる私にものすごく憤っていた。言う人にではない。言われる私にだ。なぜ言い返さない、見返そうとしない。
でも私は疲れ切っていたのだ。そう言われることに、見返そうとする努力に。どれだけ努力しても兄には敵わない。この魔界一、優秀とされる兄には。
そんな兄は数十年前にクーデターを起こし、今では魔界の王となっていた。確かに前魔王はろくでもない人だった。
民を虐げ、私腹を肥やし、自分だけが良ければいいという人。
民心はとうに離れていたのだ。そんな人々をまとめ上げ兄は立ち上がった。妹の私には何も相談せずに、家族など顧みずに。
クーデターの際に、邪魔な妹は死んだほうがいいと思ったのだろう。何度も暗殺の手が差し伸べられた。それは兄からだったのか、前魔王側からだったのかは今となってはわからない。(兄は妹である私をぞんざいに扱っていたから、魔王側からきたとは考えにくいのだけど)
しかし何故か私は生き残ってしまった。そして今では魔界で兄に次ぐ地位を手に入れるまでになってしまい。
そんな私を人はこう呼ぶ。
「(魔王様の)妹様」
もう私のことを名前で呼んでくれる人はここにはいない……。
この魔界に生まれて何年たっただろう。脆弱な人間とは違い、われら魔族はある程度の年齢まで行ったら、老けることはない。寿命はあるのだけれど、生きることに飽きたら眠るだけだ。そしてそこで死を静かに待つ。いつ訪れるかわからない、悠久の果てに訪れるという死を。
「妹様」
静かにそう呼ばれて振り返ると、そこには美しい男が立っていた。いや、美しいというのは語弊がある。この魔界において、美しくない男などいないのだから。
浅黒い肌に、漆黒の髪、頭に角なんかを生やしてはいるけれどそこがまた似合う。そんな男が静かに私を見つめていた。
「なに、シスカ?」
「陛下がお呼びです、至急宮に戻るようにと」
「……わかった」
私の返答に満足したのだろう。シスカは目礼をするとそのまま立ち去ってしまう。
シスカは兄の第一秘書兼護衛だ。私にも声をかけられる数少ない人。地位だけが上がってしまった私に、声をかけられる人は少なく。誰も彼もが私のことをまるでないものように扱った。
もうそんなことには慣れてしまったけれど。時折、私はここにいるのだと叫びたくなる。
だけど私は叫ばない。それが無駄なことだと、身にしみてわかっているから。