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ソトガワのハナシ 1

<スキャン開始>

 その合図音はいつもと何も変わらない。勝手に人様の身体をいじっておいて、スキャンも何も……。

 と思った横で、同じくスキャンしたアゲハの周辺から<エラー。拘束します>と無機質な音声が響いて、アゲハは叫び声をあげて抵抗したが連れていかれてしまった。

 やれやれと嘆息してスキャン室を通過する。

 呼び出されたのは自分だけではない。先に控えめに俯いているトンボの姿があった。

 インセクトとして改造を受けてどれくらいだろう? というか、自分の正確な年齢すらわからない。

<ダイブ開始>

 ワンツースリー。

 三つ数えたらほらそこは。

 懐かしい、と誰もが言うであろう昔の世界。

 タイムスリップなどは理論的に無理がある。過去にも未来にも干渉などできないことは、ミヅキの時代で完全に証明されていた。

 流れ落ちる砂時計の砂を止めるすべはない、ということだ。

 だから現代に、今に、干渉をする。

 だいたい擬似空間に用意される肉体は一つだ。多ければ統率がとれず、また、擬似空間の負担になるからだ。

 では、たった一人の人間の中で三つの人格を同時に宿すにはどうしているのか。

 基本的に戦うのは『トンボ』の役目だ。性格は少々根暗だが、おとなしいし、周囲に溶け込む……というか、多少浮いていても騒動を起こさないからだ。

 トンボの見たもの、聞いたことはアゲハとテントウにも共有される。

 体を動かしたいアゲハは、トンボの人格を押しのけて行動することがあるが、それはトンボの手に負えない敵と判断した時だけだ。

 なぜならば。

 我々はこの擬似空間で語られる『バグ』の物語よりももっとひどい誕生をしているのだ。


 最初に『バグ』を生み出した物語を作ったのは……ある意味間違っていない。

 現代にも妖怪なるものはあり、長い年月を伴った『物』はそこに意識を持つ。そして、己を守ろうとする。

 インセクトの仕事はその建物のつくも神をとり祓うのが仕事だ。拝み屋ではない。

 霊能力などそこにはなく、科学的なもので処理をおこなう。そう、『世界』は科学的に進化を遂げた。だが、科学が進化するからといってそこからオカルトなものは消えはしなかったのだ。

<帰還完了>

 アナウンスに瞼を開け、身体的チェックを受けてから与えられた部屋に戻ろうと廊下を歩いていたら、嫌なヤツに会った。

「あ、みっちゃん!」

「……だれがみっちゃんだ」

 あれだけ注意をしてもひょろ長い狐のような細目の男はうふふと体をくねらせて笑って近づいてくる。避けて歩こうにも、この廊下は狭い。

「おかえり~。出番なかったんだって?」

「……そのほうがいいだろ」

 『テントウ』の能力は、擬似空間に干渉を起こして消滅させるものだ。手加減しても、まったく意味のない……ただの力だ。

「トンボくんの人格押しのけてアゲハくん大暴れしちゃったんだってぇ?」

 楽しそうに言うツクモの足元には影がない。それは、この男がオカルト的存在であることの証明だった。

 いわゆる『妖怪』。しかも、現在こちらに協力してくれる比較的いい妖怪だ。

 妖怪という分野に関しての知識はミヅキにはあまりない。長い時間を経るとそこに人間のような意志が宿るというのが、ミヅキの知っている妖怪の話だ。

 ヒトではない存在。ソレを妖怪だと思っているのはアゲハだ。

 面倒くさいので向きを変えて横の道に入る。すると、ツクモもついて来た。……なぜついてくる?

 眉根を寄せながらテーブルにつき、テーブルに向けてコンコンと指先で机を叩いた。すると穴があいて飲み物が競りあがってくる。

「うわぁ、ほんと人間ていうのは進化が素晴らしいね」

「……向かい側に座るな」

 睨むが、ツクモは気にした様子もない。

「今回の物語、『ラプンツェル』だったんだってね」

「ああ、髪が自在に伸びて攻撃してくる敵だったが、トンボが全部『喰った』」

「トンボくんはああ見えて大喰らいだからねぇ」

 トレーニング室で向き合った時、トンボはアゲハほどではないが素早く対応する。

 動きも早いし、賢いから相手の動きをよく見ている。慎重すぎるのが短所だが、それを補うだけの冷酷さを持っている。

 現れた透明のコップに入っているのは栄養をうまく配合された少しだけ甘みのある飲料水だ。口をつけると、ツクモは顔をしかめた。

「なんで『ここ』の人間って、そういうの飲むかなぁ。おいしくないじゃない」

「美味いとか不味いとか、関係ない」

「は~……改造されたヒトって、味覚もおかしいの?」

 真面目な顔で言われたので、なんだかムカついて軽く殴ってやった。

 座りなおしたツクモに、ミヅキは尋ねる。

「それよりも、おまえみたいなツクモ神は一体だけじゃないんだろ? 妖怪ども」

「そりゃそうですけどねぇ」

「そういう怪奇現象を祓う職業ってのが昔はあったって聞いたけど……」

 ミヅキがちろりとツクモを見る。ツクモは平然として笑みを浮かべたままだ。この笑みが本当にくせものだ。妖怪だと……昔ならば非科学的だと頭から否定していたものだが。

 彼らが姿を人間の前に披露し、共存を掲げたのはいるからだっただろう。まあ、ミヅキが生まれる前のことなのでどうでもいい。

 実際、ツクモに何ができるのかといわれると、同じようなつくも神化した者と話せること……ここでは擬似空間を「繋ぐ」役目を担っている。

「拝み屋さん、霊媒師さん、ま色々いたけど、今は全員……」

「? 全員?」

「いえいえこっちの話」

 笑って誤魔化すのがかなり怪しかったが、ミヅキはあまり気にしないようにした。

「みっちゃんて、本当に関心ないよね~」

「関心? 何に対してだ。オレたちはインセクトとして調整された人間で、やることは決まってるだろ」

「……トンボくんを見習って恋でもしてみたまえよ」

「トンボ? ああ、サポーターの鈴音に明らかに酔ってるあれか」

「酔ってるって……なんかトンボくんたちがかわいそうになってくるなぁ、みっちゃんと話してると」

「……オレが不思議なのはおまえだ、ツクモ」

 飲み物を飲み干して、コップを置くと、机に穴が開いて吸い込まれていった。

 ツクモは「なあに?」と笑顔だ。

「おまえはなぜオレに構う? それに、妖怪どもは確かに日本では存在が確認されて、『ゆるされた』存在だ。だれそれは、年々激化していく『つくも神化』を防ぐための手段のためにおまえらは利用されているだろう?」

「こっちこそ不思議だよ。みっちゃんは憶えてないかもしれないけど、一応これでも約束守ってるんだからさ」

「やくそく? そんなもの、した覚えがない」

 きっぱりと言い切って、ミヅキは立ち上がった。



 オペレーションルームへ行くと、エンジニアたちが忙しく悪き回っている。相変わらず落ち着きのないことだ。

「フタバ」

 呼ばれたのに気づいた、二つのおさげ髪をした眼鏡の娘が使っているパソコンから顔をあげた。

「何か用なの、テントウ」

「ツクモがオレにつきまとうから、鬱陶しい」

 事情を察したのか、フタバは嘆息した。

「少しくらいは目を瞑りなさい。彼らの協力なくして、今のこの機関はうまくいかないわ」

 少し幼さを残すその顔立ちに、ミヅキは嘆息してしまう。

 トンボ、アゲハ、テントウのほかにも調整をしているインセクトは多数いる。

 波長があう者を組ませているだけに過ぎないのだが、フタバはここでもかなりの地位を持っている。じっと見ていると、不審そうな顔をされた。

「オレはずっと思っていたんだが」

「?」

「回りくどいことをしているという自覚は、フタバにはあるのか」

「つくも神化した老朽化した建物を浄化することに関して?」

 建築物の担当はおもにテントウたちだが、ほかのインセクトに遭遇する機会は滅多にない。

「テントウにはわかりにくいでしょうけど、『世界』全体に『ゆらぎ』が起こったことによって、この世界の方向性は大きく変わったのよ」

 そのゆらぎとか、意味がわからないのだがフタバは一度も説明してくれたことがない。

「浄化などせず、とっとと破壊してしまえばいいではないか。呪いだが怨念だが知らないが、そんなことに構ってこんな手間隙をかける意味があるのか?」

「……テントウの言っていることは理解できる。昔は私もそう思っていた時期があったから」

 冷たい瞳で言うフタバに、テントウはたじろがない。室内には彼らしかいないので、注目を集めることもなかった。

「昔、私の知り合いがそれで死んだの」

 ぽつりとフタバは呟く。

「その人はいわゆる自身が呪われてる状態で、常にその呪いと戦っていたんだけど……苦しかったでしょうに、そのことを仲間の前では一切出さなかった。

 ゆらぎが起こる前、私は小さな会社を経営していたの。その人はそこの社員だった。依頼を受けたのは、同じように怨念まみれの一軒家だった」

「……破壊できたんだろうな」

「したわよ。できたわ。破壊はね。でもね、念とか、思いっていうのは建物に固執するものじゃないの。土地そのもの、その空間にも干渉するのよ」

「……死因は」

「…………」

 フタバはじっとテントウを見上げてから、「忘れちゃったわ」と洩らす。わかりやすい嘘だ。



 調整室に入ると、そこに見覚えのない人物がいることに驚いた。

 二人組みだ。背がそこそこある、ポニーテールの女と、ちびっこい少年だった。

 それはどうやら実体ではなく、ただのビジョンだったようで、すぐに消えてしまう。テントウが入ってきたのに気づいたからだろう。

「あ、おはようテントウ」

「おはよう、ね。時間感覚のないこの施設では、現時刻は朝、というわけか?」

 嫌味ったらしく言うと、イスをくるりと動かして彼はこちらを見てきた。

 まったく特徴らしきものもない、平凡すぎる顔立ちと雰囲気。だがインセクトのテントウとしては油断ならない相手だと認識していた。

 インセクトを考案したのはこの男なのだ。聞いた話によると、フタバの古い知り合いらしい。

「さっきのビジョンは?」

「え?」

「誤魔化すと余計にあやしい」

 言われて、彼は……曖昧に笑ってみせる。

「誰にも言わないでよ? フタバちゃんの部下だった、仲間だった人たちだよ」

「? 死んだという?」

「そうだね」

 柔らかく微笑するミキヤに、テントウは不思議そうにする。フタバが今のビジョンを懐かしげに見ているのならわかるが、こいつは関係ないだろうに。

「テントウはいつも揺らがないね」

「揺らぐ意味がわからない。やるべきことをするだけだろうが」

「トンボくんはあんなにかわいいのに」

 苦笑され、トンボの感情移入のことを示しているのだと気づいてテントウはそれでも無表情だった。

「やつは擬似空間内の偽の時代に生きてるやつらに感情移入したことなど、一度もないだろう」

「そこじゃなくて、スズネちゃんに対する態度がね」

「ああ、恋愛感情というやつか」

 そこはまったく理解できない。

 腕組みして、彼はどこか愉快そうにテントウを見つめている。

「君は、実はすごく賢いけど、見ないふりをするのが上手だよね」

「ツクモみたいなことを言うのだな、ミキヤ」

「擬似空間での浄化のことも、インセクトはそうインプットされてるから仕方ないけど……疑問にすら思わないからね」

「インセクトはそれしかないからだ」

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