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ユメのオワリ



「帰還完了」

 放送のように響く声に、瞼を押し上げる。

 カプセルのような寝台に寝ていたミヅキは起き上がった。同じように、隣のカプセルにいたカヅキも、イヅキも起き上がっている。

 インセクトの三名が帰還だ。三名もいなければならないほど、今回の歪みはひどかったのだ。

「おかえりなさいませ」

 スーツ姿で出迎えたスズネそっくりの娘に、イヅキが顔を赤らめている。

「……毎回ナビゲーションのスズネをおまえのデータで作らせると大変なんだ。なんとか上に言って、改良してくれ」

 ミヅキの申し出に娘はきょとんとし、「そうなんですか」と不服そうだった。

 つけられているイヤホンからスズネの声が聞こえる。

<ご帰還のところ、ご報告があります>

「なんだ」

<柚木図書館跡地に侵入者ありとの報告が>

 とうの昔に潰れた図書館だ。おかしなこともあると、ミヅキは寝台から降りて、いつものスーツ姿を纏う。十代後半の姿なので、かなり違和感はあったが制服なので仕方ない。


 眼鏡をしなければインセクトとして改良された自分は人間にかなりの害を及ぼすので、しっかりとサングラスはしていた。『トンボ』のイヅキや、ただの肉体バカの『アゲハ』とは違うのだ。

 今回の依頼は、閉鎖されて何十年も経った柚木市立中央図書館に憑いた『つくも神』を祓う仕事だった。そう、こういうことは、この時代ではよくあることだ。

 何年前の図書館だろうが、突然意志を持ち、過去を再現していく。もっとも幸福だった時代を。

 立ち入り禁止のテープを越えて、ミヅキは今まで経験していた柚木図書館に近づいていく。駐車場は完全にアスファルトにひびが走っているし、図書館は手入れがされていないからぼろぼろだ。

 入り口のところに、一人の老女が立っている。

「危ないですよ」

 ミヅキが義務的に声をかけると、老女は諦めたように振り向いた。

「やっぱり開かないわよね。色々決意して来たんだけど」

「? 決意? ここで働いてたんですか?」

「ええ、すごく昔にね」

 いつの時代だろうかと思案するミヅキに、老女は図書館を振り仰ぎながら言った。

「やっぱり潰れてしまったのね。ここに居たときから、よくないとは思っていたから。私は途中で辞めてしまったの、あまりに働くのに悪条件でね」

「そうですか」

「今度ね、孫と暮らすから引っ越すって決まって、最後にちょっと見ておこうと思ったのよ」

 老女の言葉に、ミヅキは「そうですか」と小さく応じた。

「あの頃は大変だったのよね。自殺する子も出ちゃってね」

「っ!」

 ミヅキはハッとして老女を見た。

「……お名前を聞いてもよろしいですか?」

「ふふ、若い男の子と喋るのなんて久しぶりだわ。宇堂香奈と言います」

「……向井唯月と言います」

 宇堂香奈が去っていくのを見送り、ミヅキはサングラス越しに図書館を見上げた。

 タイムスリップしたわけではない。

 ミヅキたちインセクトは国の機関に属しており、図書館の変調を取り除くべく記録に基づいて当時を再現して、その架空世界に入り込むのが仕事なのだ。

 図書館はもちろん自分たちを守ろうとするので、本の人物や、思い入れの深い働いていた者たちの意識を操り、ミヅキたちを追い払おうとするのだ。

 だからこそ、システムはよくわからないが、発達したシステムによって図書館の意識と接触し、まるで本物のような過去を作り上げる。一番最悪だった時代にミヅキたちは送り込まれるわけだが、完全な異物なのでどうしても目立ってしまう。

 それをなんとかするのが本来ならばナビゲーションとして送り込まれる擬似的な、完全に作られた人間なわけだが……毎回スズネは相手に深入りしすぎて失敗する。挙句、毎度毎度自分の役割を忘れているというのも難点だった。

 柚木図書館は自殺者を三人も出した史上最悪な図書館として歴史に残っている。とはいえ、それは何十年も前の話だが。

「あー、ここにいた」

「ツクモ」

 立ち入り禁止のテープを乗り越えてやって来るのはあの世界で「江口」と名乗っていた男だ。この男はエンジニアで、スズネとミヅキたちをサポートするのが仕事なのだ。

 そして。

 とある図書館が人間に化けた姿でもある。

 いわゆる本物の妖怪だ。妖怪が人間に手を貸すことなどありえないと世間は思っているが、こいつがいるからこそ、柚木図書館の意識とも繋がれたのだ。

「みっちゃんひどいよ!」

「みっちゃんと呼ぶな」

「アゲハくんが暴れちゃって手がつけられないんだよ、トンボくんがなんとか応対してるけど」

「…………」

 なぜ他の二人は名前で呼ぶのに、こいつは自分のことを偽名で、しかも「みっちゃん」なのだ。納得がいかない。

「わかった。戻る」

「およよ。柚木図書館だ」

 どうやらツクモは今更どこにいるのか気づいたようだ。

「妖怪跋扈する世界だけど、なんで図書館てその一番の巣窟になるんだろうねぇ。ふっしぎ~」

「妖怪のおまえが言うな」

 冷たく言い放ったミヅキは図書館に背を向けた。

 あの時代、世界で経験したことはすべて本当で、夢だ。死んだ者は本当に死んでいる。だが。

 毎回思うのだ。

 『バグ』として立ちはだかる者は本を好きな者ばかりなのだ。そして、尚且つ本とは別のところで苦しめられている人物がよく選ばれている。

 柚木図書館の場合は様々な立場から苦しんで、さらに自殺した三人が敵として現れた。

 一人は精神疾患で入院してしまったというし……とんでもない場所だと思う。

「どの時代の図書館に行っても、なぜ物語を必要とするんだろうか」

「……それはさ」

 ツクモが得意そうに笑った。

「『夢』が必要だからさ」


***


 図書館へようこそ。

 きっとここにはあなたの求める本があるはず。

 ここになくても、ほかの図書館から取り寄せることも可能です。

 どのような本をお探しですか?

 そのジャンルの本でしたら、一番奥の壁際になります。


 アナウンスが聞こえる。瞼を閉じるといつもこうだ。

 次の『時代』の『別の図書館』へと出発するミヅキは、その架空世界で作られた人物『向井唯月』の人格のひとつとして様子をみることになる。

(夢、か)

 向井唯月として配架していたとき、修理した本を見て自分で褒めていた宇堂香奈の姿を思い出していた。

 本を愛するがゆえに、病んでしまう人々。

(ワンツースリー。三つ数えればそこはもう)


 図書館へようこそ。

 あなたの求める『物語』をお探しする手伝いをしましょう。

 ああ、こちらの本ですか?

 ただしこの『物語』は決して幸せな内容ではございませんのでお気をつけください。

 苦しむ人の出来事を垣間見ることでしょう。

 それは愛するがゆえに起こること。

 『人生』は『物語』とよく言われます。その主人公は『あなた』です。

 けれどもそこにかれらが現れたらよくよくをお気をつけください。

 彼らは本を愛する『あなた』を倒しに来る『悪者』なのです。

 そしてその『悪者』はとても強い。

 ですがご安心を。

 これは悪い夢でございます。

 ですので、次の夢はきっと良き夢になることでしょう。

 ああ、話が逸れました。

 あなたの求める『物語』は――――。


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