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アゲハ 5



 事態はまずい方向に動いている。

 アゲハは姿を消した江口に電話をかけた。もちろん、電話には『出た』。

 だが彼は木村佐和によってかなりの重症を負わされて、戻れないということだった。つまりは、『接続』部分をかなり強力に破壊されたのだろう。

 携帯電話を片手に、仮の宿としている空いているアパートの一室でアゲハはさらに連絡をとる。これはまずい。

「木村佐和はデータ上でどうなってんだよ!」

 乱暴に尋ねると、相手は応じる。そしてアゲハは真っ青になった。

「なんだと……?」

 頬を汗が伝った。

「まずいことになった。木村佐和が完全に『バグ』化したとみたほうがいい! 能力は」

 アゲハはその時気づいた。掌がおかしな色をしている。おかしな色の、紫色の斑点ができている。

「っ、攻撃されてただと!」

 慌てて携帯電話を離す。衣服を脱いで確かめる。体の半分以上に紫色の斑点が出ているではないか。

「『電気系統』の能力かよ! クソッ!」

 これではどうにもならない。

 急いで衣服を着る。闇の夜道に飛び出して、目指したのは三田村鈴音の家だ。

 なんてことはない。

 『距離』など。

 関係ない。

 本当は。

「……くそ、あの女、いい加減思い出せってんだよ!」


 ドアを強く叩く音がして、鈴音は出た。父と母は今日は留守なのだ。

「あ、れ? 向井くん?」

「おまえ、首の傷見せろ」

 包帯を無理にはがされて、鈴音は驚きつつ唯月を見た。唯月は絶望的に顔を歪める。

「やられた! くそ、おまえいい加減にしろよ!」

 なぜ怒りをぶつけられているのかわからない。

「これじゃ、『戻れない』だろうが!」

「もどれない?」

「思い出さないポンコツめ!」

 悪態をつく唯月を、鈴音は見た。この時間帯にバスはない。車もないのに、唯月はどうやってここに来たのだ。

 仕方なさそうに唯月はぼやく。

「やるしかない……オレとおまえだけで」

「やるってなにを?」

「木村佐和を再起不能にするんだ!」

「え、そ、そんなの無理……」

「バカか! もうそんなこと言ってられる状況じゃねえんだよ! 鏡でおまえの首を見てみな」

 鏡?

 鈴音はばたばたと家の奥へと駆け上がり、洗面所の電気をつけた。カッターで傷つけられた傷はなくなっていた。だがそこに、紫色の巨大なあざができていたのだ。

「う、わ」

 気持ち悪い。

 思わず一歩後退する鈴音に、勝手にあがりこんだらしい唯月が言う。

「ヤツはどうやらウィルス系の能力者みたいだな。オレもおまえもやられた……」

「ウィルス? 死ぬってことですかっ?」

「オレとおまえには致命的だ。普通の人間には意味ねぇだろうけどな」

「オレとは相性が悪い。だが……ミヅキが出てくると全部吹っ飛んじまう……」

「?」

「『歴史』を変えるわけにはいかねぇ……。オレとおまえで木村佐和を『バグ』から救うんだ」

 そんなことが可能なのだろうか。

 目を見開く鈴音の手を唯月は掴んだ。顔が近い。

「トンボはいねぇ。『テントウ』が出てくれば、木村佐和は『死ぬ』しかないんだ!」

 世界が白く染まる。

「これ、は」

「木村佐和!」

 アゲハが叫んだ。

 家の外に出ると、赤い靴を履いた喪服のような姿の佐和が立っていた。白い世界だからこそ余計に際立つ異質さだ。

「明日からやることに、あんたたち邪魔だし……悪いけど戦いに来たわ。でも、変なのよ」

 佐和は不思議そうにした。

「三田村の家って、なんでこんなに『近い』の?」

 え、と鈴音は思った。

 国道をゆっくりと二十分は走るバスに乗ってからも、さらにゆるい上り坂をあがった先に鈴音の職場はある。今日だって、同じようにして帰ってきた。

 アゲハが鈴音を守るように前に出た。

「おかしい……わたしの能力は電気によって広がっていくウィルスに近いものなの。人間だって多少は体内に電気が通ってるからあんたたちに仕込んだけど」

 佐和は眉根を寄せる。

「向井……あんたなんでそんなに『侵されて』るの?」

「…………」

「三田村もよ。やっぱりインセクトは人間じゃないの?」

 なら『何』でできている?

 佐和は二人をじっと眺めていたけれどふいに小さく笑って背中を向けた。

「その状態じゃ、まともにわたしと戦えないでしょ。ラッキー。

 明日から楽しみにしてて。わたしの『願い』を叶えるんだから」

 佐和はそこから消えた。そして世界が元の色彩を取り戻す。

 アゲハは崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。

「くそ……力が……」

「向井くん!」

「おまえもヤバいんだぞ!」

「え、で、でもおかしいなって、思わないけど……」

 ただあざがあるだけで何も変化したとは思えない。

 唯月は悔しそうに顔を歪めた。

「せめて……こんな、能力、が」

 言葉が途切れ、その場に彼は倒れた。驚いて鈴音は慌てて揺する。

「向井くん! どうしたの、ねえ! ねえ……『トンボ』!」

 バチッ、と激しい火花が散って、唯月が瞼を開ける。あの昆虫の瞳を鈴音に向けた。

「呼んだ……?」

「トンボ……くん」

「うん。でも、そんなに長くもたないからよく聞いて。オレはもうこの世界に半分以上『接続』が切られていて、『うまく』繋がれないから、三田村さんが頼れるのはもう、アゲハ……と、」

 声が雑音に邪魔されているようにうまく聞き取れない。

「木村佐和は、明日図書館に現れる……から、そこで、倒す……しか、ない。もうこれ……話して……」

「待って! どうやって図書館に行けばいいの? アゲハくんは、動けないみたい」

 唯月は立ち上がる。

「しばらく……は、オレでうご……三田村さんも、来る……んだ」

 このあざのせいだろうか。鈴音はわけがわからないが頷いた。

 世界が白く染まる。

 そして。

 恐ろしいことに目の前に図書館が在った。

 鈴音の家はない。

 なぜか、目の前に。

「どういう……」

「このまま、中で待つ」

 手を引かれて闇に沈む図書館の中に入り込んだ。ゆりに導かれた時ととても似ている。

「朝まで、待つ」

 ラウンジのイスに座り込んだ唯月に倣い、鈴音も腰掛ける。

 今はまだ深夜だ。朝まで九時間以上ある。

 しかしそうだ。

 ああ、この世界は。

(時間は、関係なかった)

 ラウンジにつけられた壁時計の針が急激に動き、朝の八時半を示す。そろそろ職員用の出入り口を開けるために職員たちが出勤してくる頃だろう。

 白い世界の中で、まったく動かなかった唯月がやっと動いた。

「く、そ……これ、じゃ……力が、で……」

 トンボではない。アゲハだ。口調ですぐにわかる。トンボはどこにいったのだろうかと戸惑う鈴音を見て、アゲハは立ち上がった。

「木村佐和が来た。行くぞ」

「え?」

 こんな朝早くに?

 驚きながらラウンジのドアを開けて事務室へ行くと、そこにはパソコンに掌をつけている木村佐和の姿が在った。

 唯月は一直線に、『跳んだ』。文字通り天井近くまで跳躍して、佐和目掛けて拳を振り下ろす。

 佐和は気づいてその拳を避けた。当たった拳によってパソコンも机もイスも、周辺が一瞬でぺしゃんこに潰れてしまう。

 避けられたとぎりりと歯軋りするアゲハの攻撃に、佐和はさらに距離をとる。

「冗談じゃない。こんな攻撃受けてたらペットボトルみたいになってぺしゃんこじゃない」

「当たんねぇと、意味ねえんだよっ!」

 アゲハはそのまま大きく体を捻って次の攻撃を、拳を佐和目掛けて振るう。

 佐和は一歩だけ前に足を出した。そして、床にのびている電源コードを踏む。それだけでアゲハが悲鳴のような唸り声をあげた。

「……インセクトの体は人間じゃない……。でも人間にしか見えない。わかんないけど、わたしの攻撃は大きなダメージになるんだね」

 なるほどと佐和が頷いてる。

 身を縮めるようにするアゲハは相当辛いらしい。

 そういえばあの紫のあざが全身に広がっている。

「三田村も一緒とはね。あんたも何者? バグ? それともインセクト?」

「そんなの、わかり……ません」

「……どっちでもいっか。わたしは『願い』を決めたから」

 ねがい。

 不吉な響きに鈴音は萎縮してしまう。

 つまり『願い』を叶えるために今から彼女は何かをしようとしているのだ。それをアゲハは阻止しようとしたというのに。

 佐和は座り込むアゲハに軽く蹴った。そう見えただけで、アゲハの体は3メートルは吹き飛び、壁にぶつかる。

「そんなたいしたことしないって。やるのは『毒』」

「どく?」

「電気から『毒』を流し込むの。べつに死ぬような大層なものじゃないからインセクトに邪魔されるとムカつくんだけど」

 けれどなんだろう。鈴音は佐和が平然としているのがさらに不気味なのだ。

 なぜ『毒』という単語を選んだのか。

「ねえ三田村、わたしがカーレーンを選んだのはね、彼女には罰があり、その報いを受け、そして赦されるという過程があったからなんだよ」

「木村さ……」

「罰があるなら、報いを受け、そして最後は赦される。うん、とてもとても……共感できるじゃない?」

 まさかと鈴音は佐和を見つめた。

「木村さんは……世界の、この繋がりを使って……『そういう呪い』をかけるんですか?」

「あたり」

 佐和は爽やかに笑う。

「正しいやつには無関係でしょ? ほら? べつにどうってことないじゃない」

 だが佐和は『毒』という単語を使った。それは良い意味ではないはずだ。

 なぜ図書館でしているのかも気になる。やるなら自宅ですればいいのに。なぜ。

「べつに図書館だけじゃない。一応これは最初の段階だから」

「最初……?」

「まずはここで実験する。ほんとに成功するかどうかをね」

 白い世界が消えうせた。

 壊れた箇所もない。倒れているアゲハと、鈴音は運よく作業中の正職員たちに「突然現れた」ようには見えなかったらしい。

 佐和は笑う。

 鈴音は唇をぎゅ、と噛み締めて倒れているアゲハに近づいた。全身が紫色に近い。

 彼をなんとか起こして、肩を貸して事務室を去った。よくないことが起こる。それは…………きっと『今日』だ。


 ラウンジにアゲハを寝かせるが、処置の方法がわからない。

 俯きながらも、左腕にしている腕時計に目を遣る。臨時職員の出勤時間までまだ時間はあった。

 かちこちと秒針の音だけが響く。

 インセクトとは何者なのか。そして。

 そっと首に手を当てて、鈴音は呟く。

「私は……なんなの?」

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