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「さて、アイザック」

 身に纏った長衣の胸元に導師の記章をつけた壮年の男が言い、

「はい」

 アイザックと呼ばれた黒髪の少年が頷いた。

 雑然とした部屋だった。

 いくつも並んだ書棚と、そこに入りきらず床にも積まれた書物。

 様々な実験器具。何かの生き物の骨格標本。

 壁に貼られた地図。裸婦像。鎖でぐるぐる巻きにされた板金鎧。

 硝子張りの窓から差し込む午後の柔らかな光がその風景をどこか神秘的なものに見せていたが、それが無ければただ不気味なだけだったかも知れない。

 中央に大きな机があり、椅子に腰掛けた導師と向かい合うように、机を挟んでアイザックが立っていた。

「先日の試験の結果が出た。――合格だ。ケンドール魔術学院の名に於いて、アイザック、君に準魔術師の身分を与える」

「ありがとうございます」

「知っているだろうが準魔術師とは即ちいずれかの魔術系統に関して総合的な知識と技術を有し、最終訓練に至る準備が整った者、ということだ。最終訓練はだいたい一年か二年。それを終えれば、晴れて一人前の魔術師の資格が得られる」

「はい」

 そこまで伝えてから、導師はふと表情を緩め、

「――君がここに来てからどれぐらいになるかな」

 問うた。

「ちょうど三年です」

「年齢は?」

「先月、十四歳になりました」

「そうか」一つ頷き、それから、「その若さで大したものだ。いや、若いからこそだろうか?」

 その言葉に、アイザックは曖昧な笑みを浮かべ、肩をすくめた。

「ここに来る前にも魔術の手ほどきは受けていたのだったかな?」

「はい。師匠に――町の魔術師に、助手のようなことをしながら、基礎的なことを広く浅くですが。あと寺院育ちだったので書物にも親しみがありましたし……」

「町……ラルトンの町だったか。君の故郷は」

「はい」

「遠いな。里帰りはしているのかね?」

「いいえ、一度も」

 アイザックがそう答えると導師は深く頷き、

「ならば一度してみてはどうかね」

「――は?」

「里帰りだよ。最終訓練前の最後の骨休めというやつさ。遠くから来ている者はだいたいこの機会にそうしている」

「そうですか……」

 言われ、考える。

 町の人々。育ての親。師匠。

 それに――

「なら……そうします」

「うむ」導師は頷き、「では準魔術師位認定と、それから外出許可の書類は近日中に揃えておこう」

「はい、お願いします」

 アイザックは一礼し、それから部屋を出て行った。


「――ふうむ」

 扉が閉じられると、導師は小さく嘆息を漏らした。

「優秀ではあるんだがなあ……」

 魔術そのものの才にも、それを伸ばすために努力することの出来る才にも恵まれている。真面目で、向上心もあると言えば言える。

 だがやや周囲に流され気味なところが気になる。今のところ当人にその自覚は無いようだが。

「この旅で何かしら見つけてくれると良いのだが……」

 ともあれ、こうして見習い魔術師アイザックは三年ぶりに故郷へ里帰りをすることになったのだった。

Mon, 8th Sep, 2014:追加しました。

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