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第1回

真白に降り積もる小さな欠片。

それは、雪だ。

肩に落ちて、じわじわとその身を溶かしていく。

路肩には、もう雪が積もり始めていた。

それを眺めて思う。

あぁ、またこの季節がやってきたのか。



7月20日−夏。



僕は歩道の中心で暗雲になりつつある空を見上げて、小さく呟いた。

また、夏休みが始まる。

この雪は、そんな浮かれ気分の僕を戒めるかのように、深々と降り注ぐ。

止むことはないだろう。夏が終わるまで。


そこに現実なんてなかった。

そこに幻想なんてなかった。

そこに絶望なんてなかった。

ただ、そこには無限に広がる夢があった。


僕、久瀬宗一は雪の傍にしゃがみこみ、手袋もしていない手で、雪を掬い上げて丸める。

そして、きょろきょろ辺りを見回した後に投げた。


「あいたっ」


投げた先から声が聞こえた。

近づいてみると、ブレザーにプリーツスカートを着た制服の少女が地面に座り込んでいた。

顔を見た瞬間に冷や汗が流れる。

彼女もこっちを見てきた。そして、

「あ…………」

と今気づいたかのように声を上げた。

「や、やぁ」

「待てぃ」

とりあえず、手を上げて挨拶をした後に、振り向いて逃げようとする僕の頭をがっちりと掴む彼女。

「僕は無実だ。釈放するんだ。そうすれば、きっと夢は叶うよ」

「なら、聞きたいことがあるのですけれど、このワタクシに向かって石が入った雪玉を投げたのは誰かご存知かしら?いぃえ、別にあなたがそうだと言っている訳ではないんですのよぉ?」

口元が引きつった状態で、少女は僕に問いかける。

「はっはっはっ。お嬢、何を仰るかと思えば……ワタクシめがそのようなことを知っているわけがありませんでしょう」

「そうよねぇ。あなたがそんなこと知ってるわけないものね……とか言うと思ったかああああぁぁぁぁっ!!!!」

「ぎゃああああぁぁあぁぁあぁああぁぁっっ!!頭がああっ!!頭が割れるううぅぅううっぅっ!!!!」

ぎりぎりと締め付けられる頭蓋。少女の力とは思えないような握力。

そして、そのまま雪の中に投げ捨てられた。

べちゃりという音と共に、顔面が積もった雪の中にダイブする。

「誰がやったのかなぁ〜?」

「僕ですごめんなさい」

「よろしい」

そして、二人並んで帰る。

彼女とは友人で、僕の家の近所に住んでいる早見麻衣奈である。

「それにしても、石入りの雪玉を投げつけられるとは思わなかったわ」

「わざとなんです。ごめんなさい」

「そんなこと知ってるわよ。あんたね、ホントに反省してるんでしょうね?」

「ごめんなさい。今度はばれない様にやりますから」

頬に強くて鈍い衝撃が走る。

「いっぺん死ぬか?」

「ごめんなさい」

殴られた頬を擦りながら、ゆっくりと歩く。

「痛い」

「それはあんたがふざけるからでしょうが。それにしても……」

「ん?」

「いや、またやってきたんだなーと思って」

「雪のこと?」

「うん。いつ見ても不思議。初めて見たときは驚いたもん。夏に雪が降ってるー!!って大声でお母さんに言いに行ったっけ」

確かに、不思議だ。

気温が低いわけではない。まぁ、夏と言うにしてはちょっとばかり涼しいというか、どっちかというと春っぽい感じである。

だが、雪は降り続け、積もり続ける。

それは魔法のようで。

幼少の頃にこれを目の当たりにした僕は、目を見開いて驚いたものだった。

だが、それも毎年続いていては魅力激減である。

家に近づいてきた。

「んじゃ、後から行くわ」

麻衣奈がそれだけ言い残して、手を振って帰っていった。

人の言い分ぐらい聞いてからにしようね。

そう心の中で思って、僕は暖を取るために家の中に逃げ込むように入っていった。



部屋でコタツに入りながらまどろんでいると、階段を上がる音が聞こえた。

で、扉が開いて騒々しいのがやってきた。

「しゅーいちー、元気ぃー?って、何よその眼は。騒々しいのがやってきたとか思ってんでしょ」

「お前はエスパーか」

「まぁねー。宗一に対してだけだけどね」

「あぁ、そう」

もう麻衣奈は友達というか、幼馴染だな。

昔からよく遊びに来てるし。

年頃なのに、親が何も言わないのはそういう面もあるからなんだろう。

まぁ、僕には彼女作るとかそういう色恋沙汰みたいな話は似合わないし、なんかそういうのは面倒そうだから手を出したくないというのが本心だ。

それに……まぁ、この話はいいだろう。

「というか、お前は何をしに来たんだ?」

「え?私?」

コタツに無理やり入ってきながら、キョトンとした眼でこちらを見る麻衣奈。

理由を聞いただけでここまで反応が返ってくるのは、逆に面白い。

「いや、宿題やろうと思って」

「僕の部屋でする要素ないんじゃ……」

「だって、先生いるし」

「…………」

無言で僕が自分を指差すと、麻衣奈はニコニコしながら首を縦に振った。

「僕ちょっと用事があるから」

「待てぃ」

コタツの中で足が組まれる。

真逆、

「ちょっと待て!!話せばわかる!!用事なくなったから!!!!」

「黙れぃ!!!!死ねぇ!!!!」

「ぎやゃあああぁぁぁぁああぁあぁああぁぁああぁぁっっ!!!!折れる!!!!折れる!!!!」

「きゃはははは!!!!泣け泣けええぇぇぇええぇぇえぇぃぃいぃ!!!!」

四の字に組まれた足がぎりぎりと軋む。

すると扉が開いて、母が入ってくる。

「あ、おば様。お邪魔してまーす」

「あらあら。いらっしゃい、麻衣奈ちゃん。二人とも仲良しねぇ」

「母よ、これのどこにそんな要素がある」

「宗ちゃん、麻衣奈ちゃんに変なことしちゃ駄目よ?」

「しないよ。了承がない限りは」

「なっ、それって私の了承があればやるってこと!?」

「そういう問題じゃな……ぎゃああああぁぁあぁあぁぁあぁっっ!!!!」

「あらあら、仲良しねぇ。じゃあ、お茶はこっちに置いておくわね」

そう言って、お盆を机の上に載せて、母は部屋から出て行った。

真面目に痛い。本気で骨が折れるかもしれない。

泣きそうだった。

「どう?もう降参?」

僕は何も言えなかった。痛さもあったけど、何より情けなかった。

「ねぇ、宗一?」

麻衣奈が足を解いてこっちまでやってくる。

僕はこんな顔見せれなくて、うつ伏せになった。

でも、そんなのはばれている様で、麻衣奈はゆっくりと頭を撫でてくれた。

そして、

「ごめんね」

と一言だけ謝った。

「もういい」

とそれだけ返した。

麻衣奈は頭を撫で続けてくれた。そして、僕は眼を閉じて寝てしまった。

あぁ、夢が見たい。

見られるのなら、幸せいっぱいな夢が見たい。

言えない言葉を伝えたい。

僕は、こんなにも臆病で。それを何年も何年も続けている。

嫌われたくない。見捨てないで欲しい。

怖い。ただそれだけが怖い。

殴られても、蹴られても、傍にいてくれれば何をされても構わない。

僕なんかでは、彼女を捕まえておくことなんてできないから。

だから、せめて夢の中では、

その小さな幸せに溺れたい。

たとえそれが、幻想でも。問題などない。

だって、ここには無限に広がる夢しかないのだから。

溶けていく。

雪のように、まどろみの中に溶けていく。

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