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春の虫

アザミちゃんは砂糖たっぷりのキャラメルラテと、複雑な演算から出来ている。

大きな瞳に、幕のようなまつ毛、小ぶりだけどよく回る口と艶やかな唇、可愛らしい小さな鼻、その全てが均整の取れた輪郭内に収まっている。

手入れを欠かさない綺麗な黒髪のボブヘアー、華奢な体に少し大きめなパーカーにフレアパンツ。

キメすぎず、抜き過ぎずの最先端ファッションと共に颯爽と東京の街を掻い潜っているんだ。


季節は4月の終わり、サークルの新歓を荒らしに荒らし終えた彼女は嫌でも大学中の視線を集めていた。

女達は既に彼女のあざとい本性に気づいていたが、男達はすっかり魔法にかけられていた。


彼女は曲がり角で何かにぶつかったようだ、勿論コケる時まで計算済み。

可愛らしく「いったぁ」と声を上げ、大袈裟に座り込んだ。

「あっ、ごめんね。大丈夫?」

素朴そうな男は心底心配そうにアザミちゃんの手を取り、立ち上がらせた。

「私も前見てなかったんで…ごめんなさい」

文字に起こせば全て平仮名になりそうな程甘いその声は、男にはあまり響かなかったようだ。

「いえいえ。…新入生かな?これ、良かったらどうぞ」

「オカルト、サークルですか?」

「うん、まーこれといった活動は対してしてないんだけどさ。気になるなら新歓来てよ」

じゃあね、と言って去っていった男をアザミちゃんはじっと見つめていた。

これがアザミちゃんとオカルトサークルとの出会いだった、全てはここから始まっていた。


 

「へぇ〜、そうなんですねぇ」

僕達はオカルトサークルの新歓に参加した。

アザミちゃんはと言うと、懇親のあざとテクニックを駆使してなんとか頑張っていたが、力及ばずだった。

無知なフリも、さ行から始まる煽ても、濃いめのチークも、テーブルの下で足を触れ合わせても、効果は一向に見られない。

ハンサムだけどアホ面の3年生・アキヒロさんはアザミちゃんのあざとテクニックをガン無視して、自身が持ちうるオカルト知識をマシンガンのように彼女にぶつけていた。

「おい、アキヒロ、落ち着けよ、バイト明けからオカルトの話聞くのキチィよ」

この前アザミちゃんにチラシを渡した3年生・ハラヨシさんは耳を塞いで目を強く閉じていた。

「じゃあなんでオカルトサークル入ったんだよ」

「お前がいるから」

「おめーにはオカルトへの愛がねぇのか!」

「お前への愛はあるよ」

冗談めいた2人のやり取りを、僕達と同じく1年生であるナカノさんが笑って見ていた。

「アタシもオカルトへの愛はないわ」

紅一点の3年生・カワタさんがそう言って笑った。

「カワタまで。おめーらなにしにオカルトサークルに入ったんだよ」

アキヒロさんは大きくため息をついたかと思えば、隣にいた僕の肩をグッと掴んできた。

「タガノ君はオカルトを愛しているから、このサークルに入ってくれたんだよね?」

「はい。僕はオカルトの申し子です」

「あぁ良かった…じゃあ俺とエリサ・ラム事件について語り合おうや!」

「エリサ・ラム?お酒の名前ですか?」

大嘘こいた、僕もオカルトにこれっぽっちも興味無い。

「このッにわかめ!」

アキヒロさんはセンター分けをぐちゃぐちゃにしてぶすくれた、アザミちゃんはそれを見て静かに鼻で笑ってた。

ゴールデン街の隅っこで繰り広げられるカオスは、やがて東京の夜に静かに吸い込まれていった。


新歓に参加した1年生は、全員オカルトサークルへ加入した。皆居心地が良かったんだと思う。会費も特別高くないし、なにより先輩3人のやり取りが面白かった。

春にアザミちゃんを囲んでいた男達は、彼女がオカルトサークルに入ると知ったら、分かりやすく三者三様に落ち込んでた。

兼部もできるよと声をかけた往生際の悪い奴もいたけど、アザミちゃんは私の体は1つしかないの、と断っていた。

 

オカルトサークルの活動は週に一回集まって、怪談話をしたり、心霊スポットに出向いてみたり、アキヒロさんの小さなスマホで恐怖映像を見てみたり。

でも、怪談話はアキヒロさんの記憶力が無いせいであやふやで、何一つ怖く無かった。心霊スポットに行っても心霊写真のひとつも取れやしないし、何も起きない、恐怖映像だって8割が作り物だった。

でもそんな日々を過ごしていく中でアザミちゃんはいつしかあざとテクニックを手離して、柔らかく笑うようになっていた。

どんな心境の変化があったんだろうか、僕には分からない。

 

9月の中頃、部室を持たないオカルトサークルは、いつものように大きな木の陰にあるベンチに集まっていた。

暦の上ではすっかり秋だと言うのに、まだ蒸し暑くてうんざりしていたのをよく覚えている。

「あー皆今週末空けといてな」

サークルのリーダーであるアキヒロさんがかの有名なオカルト雑誌を読みながら言った。

「なんかすんの?俺金曜夜勤だわ」

ハラヨシさんはいわゆるバ畜で、平日も休日も関係なく働いてるらしい。

「またバイトかよ、働きすぎなんだよお前、そんなに金がいるのか?」

「時間があったら金に変えてなんぼなんだよ。んで?」

「カワタから面白い祭りの話聞いてさ。カガリ祭りって言うんだけどー」

アキヒロさんの最新のスマホに皆でかじりついて見ると、そこには祠の画像があった。「洞窟の中でなんか燃やしててー、その間は外に出ちゃダメ!っていう変な祭り。」

「祭りの間は放送から太鼓の音がずっと流れてるらしいよ」

「雰囲気あって怖いな…つかこんなんどこ見つけてきたんだよ」

ハラヨシさんがぶるりと身を震わせたのと同時にアザミちゃんも連動するように震えていた、僕はそういうのを見逃さない。

「インスタのオススメで出てきたの。夏あんま活動出来てないし、丁度いいかなって」

「村の保養所にはカワタがもう連絡してるから、1泊2日な。パンツ持ってこいよ。…これが俺達皆で行く最後の合宿になるかもな、皆忙しくなるし」

アキヒロさんが切なそうにボヤいた。

そうは言っても、僕達1回も合宿なんてしたこと無かったな。

ほいじゃ、解散というリーダーの一言でオカルトサークルの今週の活動が終わった。

アザミちゃんはベンチには座らず、下にレジャーシートを敷いて、日傘を持って座るからいつも最後に去る事になってた。

しれっと隣に座って影を共有していたカワタさんは早々に姿を消し、ベンチに座っていたナカノさんとハラヨシさんの背中も小さくなって、地べたに寝転んでいたアキヒロさんの姿はもうなかった。

僕はふとアザミちゃんを見ると、彼女の綺麗な髪の毛に虫がついてることに気がついた。

間違い探しのようにそれを見つけたので、無性に腹が立ってしまった。

日傘を指していたのに、いつの間に虫がついたのだろう。

「アザミちゃん」

「ん?」

忠誠を誓う騎士のようなポーズを取ってから、僕は彼女の前髪に手を伸ばした。

日にあたると、茶色くなる細い髪、シースルーな前髪の向こうに見える勝ち気そうな眉毛。僕は夢中になってしまった。

「…どうしたの?」

「ついてる。カメムシ」

「…アァアアア!!」

「叫びすぎだって」

笑いが止まらなかった、アァアアア!だって。

「なんか、臭い!」

「そりゃ、潰したからね、カメムシ」

「えっ、潰したの?」

「うん!」

僕はぺしゃんこになったカメムシを指さした。

「虫って、死んだら小さくなるから面白いよね」

「タガノ君って…」

「うん?」

「変わってるって言われない?」

「時、たまに」

アザミちゃんはそれじゃあね、と言って足速に去って行った。




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