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カテリナ目線 あの時その手を取っていたら【完】

エレの言う通り、木のそばで馬車が止まった。

古ぼけた馬車だった。私が知っている家紋もなく、普通に庶民が乗っている馬車だ。

本当に乗っているの?と不安に思ったが、手網を引いている顔に、ほっとした。

「エレ」

小声で呼びながら近寄った。

私を見ると、真顔で頷き馬車から降りた。

「カテリナ嬢様。さ、時間がありません」

「うん、分かっている」

胸が緊張で高鳴り痛いくらいだった。

何度も深呼吸と、唾を飲み込んだ。

エレはホーンの家で馬車を引く従者で、小さい頃から知っている、もうおじいちゃんだ。

同じ歳の娘がいるという事もあって、私のことをいつも心配してくれた。ずっと私とホーンの事を見ていて、何かある度にいつも馬車を引いてくれるのはエレだった。

レンの屋敷に行く時も、

ホーンと一緒にレンを屋敷に行った時も、

私が不義をした、と表に話が出る前に、逃がしてくれたのも、エレだった。

このままだと、腹の子供が殺される、と悲壮な顔で私を連れ出してくれた。

まるで悪夢を見ている気分だった。

でも、ザカリ家から、遠く、遠く、ずっと遠くにと、エレが馬車を走らす中、これは現実だと、泣いた。

レンに手紙を届けてくれたのもエレだった。

そのエレに、どうしても最後にホーンと話をしたいと言ったら、この日を教えてくれた。

ぎゅっと、深深と被ったフードをまた、深く被り、扉を開け、閉めた。

「誰だ!?」

懐かしい声が耳に届いた。ずっと側で聞けると思っていたのに、裏切った幼なじみの声。

ゆっくりと、フードを取る。

「カテリナ!?」

一瞬驚いたが、すぐに柔らかに微笑んだ。

なに?

なんでいつものように微笑むの?

私を捨てんでしょ?

「会いたかったよ」

「ホーン?」

何を言っているの?

言っている意味が分からなくて、首を傾げた。

「・・・すまなかった。もう一度やり直さないか?」

縋るような目でホーンは、呟いた。

「やり、直す?」

誰と誰が?

「ああ。もう私は・・・爵位を返上し庶民となった。もうしがらみも何もかもない。本当にすっきりしたよ・・・。あの時カテリナを裏切った事をとても後悔している。あの時は、貴族としての立場ばかり考え、カテリナの事を考えていなかった。だが全てを無くした今考えるのはカテリナのことばかりだ。側にいたいんだ。子供も生まれたのだろう?」

「・・・ええ・・・男の子よ・・・」

答えると更に嬉しそうに微笑んだ。

「カテリナ、3人で暮らそう。もう昔ほど裕福な生活は出来ないが、カテリナと子供がいれば、私はそれでいい。私も一生懸命働くよ」

夢見るようにホーンは言いながら私に近づいてきた。

暮らす?

ホーンとあの子と、3人で?

愛人、と呼ばれる事無く、3人だけで?

幼い頃からずっと側にいて、いつの間にか好きになっていた。私とホーンとは、同じ貴族でも絶対に結ばれる事がない立場だと、幼い頃からよく聞かされていた。

それは、私がホーンを好きだ、と周りが知り釘を刺していた。

それは、ホーンも分かっていた。

でも、私達は愛し合ってしまった。

いけないことだと分かっていても、気持ちは、何処までもホーンを求めていた。

だから、レンを妻にとり、愛人になるんだ、と提案された時素直に嬉しかった。

私はそこまでも愛されているんだ、と嬉しかった。

そうして子供が出来た時、ホーンはとても喜んでくれた。

名前を考えたり、育て方を考えたり、他愛のない話に楽しかった。

そうして2人目が出来て、3人目が出来て、そんな未来の事を色々話をした。

でも・・・全部ホーンが捨てたんだ。

でも・・・愛しているのは変わらない。

「カテリナ。どこか遠いところで暮らそう」

私の前に立つと、微笑んだ。その微笑みに、ああ、と笑いが出た。

「カテリナ、分かってくれるんだね!」

「そう、だね。私達愛し合ってるもの。ずっと一緒にいたいものね」

腕を広げるホーンに私を腕を上げた。

ずっと、愛してるよ、ホーン。

「カテリナ。愛して・・・る・・・?」

 何が起こっているのか分からないが、顔が歪み、目線が下に落ちた。

グッともっと押し、引き抜き、今度は足を刺した。

「ぐあ!!!カテリナ!!!」

ぼたぼたと私とホーンの永遠を意味する赤いものが落ちていく。

隠していて短剣で刺しただけだ。

だって、こうしないとホーンは私のものにならないもん。

愛してる。

私はホーンしかいらない。

「うん、ホーン。これで、ずっと私達は、一緒だよ。もう、他の女を相手する事も、妻にする事もないよ。ずっと私とあの子だけを想ってくれたらいいよ。だってね、足を刺さないと、歩けないようにしないといけないよね。噂で聞いたよ。ウォン様の所で悪いことしたんでしょ?この足があるからダメなんだよね。歩けなくなったらどこにも行かない。どこにも出れない」

もっともっと!

「・・・!!・・・やめ・・・てくれ・・・!!」

どさりとホーンは倒れた。

このままだと、死んじゃうの?

そうしたら、本当に私だけのものになる?

ホーンがいなくなる。

でも、私が殺したら、永遠に私だけのものよ。

私だけ。

そう。

最後の女性が私だけになるんだ。

無意識に腕が上がった。

一気に振り下ろすつもりが、動かなかった。

「・・・カテリナ嬢様。話は終わったでしょう?帰りなさい。もういいでしょう」

私の腕を強く掴み、エレが諭すように言った。

首を振る自分が、泣いているとやっと気づいた。

「なんで!?なんでとめるの!?ホーンは私を愛していなかった!!都合のいい時の慰めと、ただ、自分を優位に見せる女が欲しかっただけよ!!あの顔は私じゃなくて、私の子供が欲しいだけなんだよ!!」

やっと気づいた。

だって、本当に私を愛していたら、不義なんて言わなかった。

だって、本当に私を愛していたら、レンを妻にとらなかった。

だって、本当に私を愛していたら、他の女なんて相手をしなかった。

だって・・・だって・・・本当に私を愛していたら・・・やり直そうなんて・・・言わない・・・。

あんな酷い事をして私を追い出したのに、平気で言えるわけが無い。

「カテリナ嬢様。ホーン様を殺したら、きっと後悔します。産まれた子供に顔向けが出来なくなりますよ。充分です・・・。さあ、その上着を脱いでひっくり返してここから離れるのです。後は私がどうにかします」

涙でぐちゃぐちゃで、エレの顔がちゃんと見えなかったが、エレが私上着をぬがし裏返しにし、渡してくれた。

無言で馬車から私を出し、静かに言った。

「今度こそ、お幸せに」

言葉なんか出なかった。ただ、何度も泣きながら頷き、その場を去った。

私は、ホーンを愛している。

たとえホーンが私を、

そう、

都合のいい女としか思っていなかったとしても。

私は、後悔していない。

ホーンを殺そうとした事を。

でも、一つだけ後悔しているとしたら、

レン、

あなたの手を取らなかった、

という事。

あの時のレンの涙に濡れた顔が忘れられない。

私を本当に心配してくれている、お父さんと同じ顔をしていた。

もし、

もし、

あの時その手を取っていたら、

どうなっていたんだろう。

ねえ、

レン。

私達は、

幸せになっていたのかな。


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