離縁当日1
今日が期限最終日となった。無事過ごせば離縁は成立する。
本来ならその書類を昼頃関係者が屋敷に持ってくるのが慣例となっているが、そこはサジタリーの権力だ。
朝早くに書類を準備させている、との事だ。
その為私達はサジタリーが書類を持ってくるのを今か今かと待っていた。
昨日からお父様もお兄様も屋敷に滞在し、仕事も休み、あらゆる事に万全を期し対応するつもりだ。
それなのに最後の最後に、はかられたのだ。
恐らく昨夜の夕食から今朝の朝食に使用された食材に何かしこまれたのだと、お父様と料理長が言っていてた。
朝から微熱があり、体がだるい。料理は違うが同じ食材を使用しているので、屋敷の召使い達も体調を悪く寝込んでいる者もいる。
今確認中だが、屋敷に食材を配達している業者にホーン様が関わっているのだろう、と考えている。
とりあえず、すぐにサジタリーに連絡と、非番の召使いを呼び寄せているが、正直、この状況下は最悪だ。
警備の兵も門番も体調を崩しているので、強行突破されたら何処まで阻止できるか戦々恐々だ。
「・・・お嬢様・・・」
さすがに今日はサーシャを私の前に座らせた。顔色も悪く、私よりも熱がありいつ倒れるか分からないのに、私の事が心配だからと、側にいてくれた。
まだ、私の方が症状が軽い。少し前から、明日が気になり食事が喉を通らなかったおかげで、風邪の引き始めのような位で済んでいるが、サーシャはどうもよく食していたようで、酷いようだ。
「サーシャ、少し横になったら?側にいるだけで、私も安心だから気にしなくてもいいわよ」
「・・・でも・・・」
青い顔で、断ろうとしたが、
「・・・すみません、少しだけ・・・」
我慢出来なかったようで横になった。それを見て安心した。
「体調が悪い時は仕方ないわよ。それよりも」
怒りが込み上げてくる。全身がだるく、ソファに沈んでいく体の感覚が、より奥底の感情を押し上げてくるような気持ちに陥る。
あの方は、何処までも、私を妻に戻そうとしている。
由緒正しきザカリ家当主、と言う、気高さは、何処に行ったのだろうか?
それとも、道を外したことさえ既に気付かず、己の傲慢な感情が常軌だと思っているのだろうか?
ザカリ家で過ごした1年。
ホーン様の側で過ごした1年。
カテリナの側で過ごした1年。
残念だが、何一つ対してホーン様の本質を知る出来事は、記憶に残っていない。
初夜も無く、初めから別々の部屋を使い、翌日にはカテリナがやって来た。
今思えば、私と顔を合わせる時は、作り笑いしか無かったような気がする。だが、カテリナには愛おしい顔で微笑み、いつも側にいた。2人の間に流れた時間は、絆という名にかわり、それは、お互いに安らぎと慰めを与えてくれる。
羨ましかった。
正妻、ではなく、妻、として扱われたかった。
愛はなくても、妻、として支えたかった。
「入るぞ、レン」
なんの断りもなく、いつの間にか過去の思い出となった、私の夫が、扉を開け、入ってきた。
悠然と勝ち誇ったその顔に、不思議なくらいに穏やかな微笑みを返す事が出来た。
「やはり、来られましたね。ホーン様。そして、カテリナ」
不思議だ。
ソファに先程の気だるさを全て落としたように、体が軽くなり、すっと立ち上がる事ができた。
「サーシャ、部屋の外で待ちなさい」
「お、お嬢様!?」
愕然と声を震わせ、納得いきません、と弱々しく身体を起こしながら首を振った。
「待っていなさい」
サジタリーが来るのを。
サーシャと目と目が合い、私の心を気づいたようで、得心した顔になると頷いた。
「分かりました。お嬢様がそう仰るなら待ちます」
「ええ。静かにね」
サジタリーが来来るその時まで、静かに控えていなさい。
「はい、お嬢様」
サーシャはあえて項垂れるように、でも、ホーン様を睨むのは忘れること無く部屋を出た。
直後、カテリナが鍵を閉めたが、背を向けまま、まるで凍るようにドアノブを握りしめ動かなくなった。
「カテリナ?」
立ち上がり、側に寄ろうとすると、ホーン様が私の前に立ちふさがるようにくると、腕を掴んだ。
よく見えなかったが、今まで見た事もない顔色の悪さで、震えているようだった。
「私と積もる話があるのではないか?」
「そうですね、ホーン様。何を混入させたのですか?お陰で私は体調が優れません」
「それは、すまないな。お前の体に合わなかったようだな。珍しい野菜をシュルク家宛にわざわざ届けさせてやったのに」
ホーン様は傲慢な微笑みを浮かべ、掴んだ腕を引きソファに座らせ、自分も横に座った。
掴まれた腕が腐っていくような嫌悪感に駆られる。
苛立ちを感じて、とても気持ち悪い。
「よく言いますね。毒素を持った野菜、と言う代物でしょ?御自分の口にされないものを、よくお渡しになりましたね」
掴む腕が震え、より強くなった。
「カテリナ、奥の部屋に行っていなさい」
有無を言わさない鋭い言葉に、カテリナは怯えるように下を向き、奥へと行った。
絶対におかしい。
カテリナがあんな辛そうな素振りなど見せたこと無かった。
いつも元気に前を向き、いつも笑っていたのに、背中がまるで泣いているようだ。
「カテリナは居ないものだと扱えばいい」
驚きの内容に質問したかったが、飲み込んだ。
「どのように屋敷にはいられたのですか?」
「簡単だったよ」
くっくくと笑いながらポケットから何かを出しテーブルに置いた。それは、シュルク家の家紋が押された手紙と、ウェイン男爵家の家紋が押された二通の手紙だった。
「ウェイン男爵様から、シュルク伯爵様に直接のお手紙をお預かりしております。お約束がないのは重々承知と理解しておりますがどうしてもと言われ参りました、とな。すぐ通してくれた」
あまりの卑怯な手に息が止まりそうだった。
「ウェイン男爵、カテリナのお父様ですね。それも、その召されている服にもウェイン男爵家の家紋が入っていますね。つまり、カテリナを正妻に迎えるお気持ちになりましたか?」
「バカバカしい!そんな事あるわけが無いだろう!!」
吐き捨て、私を睨む顔に、不思議な高揚感を感じた。
そうでしょうね。それならば、わざわざ食材に毒を紛れさす事をせず申請書にサインしているはず。
その家紋が入った服に袖を通すのも、ホーン様にとっては屈辱的だろう。正直上質でない仕立てと、生地。
ホーン様にとっては質素としてしか見えない粗末な服を召し、粗末な馬車に乗り、それを全て、粗末だと卑下しているウェイン男爵様に頭を下げ借りに行ったのだろう。
その上、ウェイン男爵様の召使いになりすます。
思考が鈍っている門番に、何だかんだとまくし立て、無理やり入って来たのだろう。
全てに置いて矜恃を居られる行動だ。
あまりにその姿が滑稽で笑いが出る。
「でも、とてもお似合いですわ。特にカテリナが側にいたおふたりは本物の夫婦ようでしたわ。ああ、そうですわ、馬車もウェイン男爵様からお借りして乗ってこられましたよね。とてもお似合いでしたよ」
「あんな朽ちた馬車など、仕方なく乗っただけだ!!」
この部屋から確認する事も出来ない馬車を、あたかも馬車に乗っている姿を当然のように言われ、腹が立ったのだろう。
自分の声が自分でないような気がする。この威圧的な声も言葉も、微笑みも、己の奥底の、本心という名のレンが、まるで乗り移ったような気分だ。
ただ素直に、思う気持ちが1つだけはっきりしている。
大嫌いだわ、この人!!




