離縁まであと14日 カテリナ訪問
「カテリナが来たの??」
「はい、お1人のようです。どうされますか?」
サーシャが不安そうに聞いてきた。
ホーン様に何か言われてきたのだろう。でも、妊婦になってからは、基本1人で出歩く事を禁止されていた。何かあったらどうするのだと、過保護な程にホーン様に心配され、必ず一緒に出かけていた。そして口癖のように、跡継ぎになるかもしれないのだ、と言う言葉を初めて聞いた時は背筋が凍った。
長子が跡継ぎになるのは必然だが、カテリナは愛人なのだ。余程男子に恵まれない限り、有り得ない。
この方は、もしかしたら私に男子を産ませないつもりなのかもしれない、と恐ろしくもなり、同時に本当に私はお飾りでしかないと寂しくもなった。
だが今思えば、そのおかげで白い結婚のままで居られたから良かったのかもしれない。
「本当に1人なの?」
「はい。門番が馬車の中も確認したとの事です」
それなら本当に1人で来ている。
「では、会うわ。サーシャも立ち会いなさい」
「分かりました」
先に応接間に行き、カテリナを待った。少しすると、お腹を擦りながら、2度と会いたくないと思っていたのに、そんな私の気持ちなど全く知らないように、にこやかに微笑み、私の前に座った。
「お久しぶりね、カテリナ。よくひとりで出歩くる事をホーン様を許したわね」
「久しぶり。ホーンは今日、ウォン様の夜会があるから出掛けたわ。1人だとつまんないから会いに来ちゃった」
その程度で来たの?
「それより離縁するなんて驚いたわ。冗談でしょ?」
屈託なく笑うカテリナに苛立ちが募ってくる。
誰のせいでこうなっているのかわかっているのだろうか。
ぎゅっと膝の上で握りしめる手に指が食い込む。
ざわめく自分の気持ちを抑えるのに必死に堪える。
「冗談ではないわ。書類が来たでしょ」
「うん来たよ。でもまだホーンは開けてないの。だってすごーく忙しかったんだもの」
「礼状で?」
「ううん。私が体調崩してね、ホーンがずっとつきっきりで看病してくれたの。あの人心配性でしょ?もう、困っちゃうよ。すごーく大袈裟でね、何回もお医者さん呼ぶの。ただの風邪だったんだけど、やっぱりね、お腹の子供が跡取りかも、とか考えちゃうと不安になっちゃうんだねぇ」
無邪気に笑う。
嫌な人。
あなたのその無神経な所が、どれだけ私を傷けたか、知らない?
「そう、ね。大事にされてるものね」
「だって愛されてるもの。それにお腹に子供もいるから余計に心配みたい。いいじゃない、あなたは全部持ってんだもん」
「どういう意味?」
「家柄もお金も、私から見るととてもあなたは綺麗よ。ホーンから見たらつまらない興味のない女みたいだけど。ね、何でも持っているわ。だから、私が愛されるのぐらい当然でしょ?私、あなたに比べたら愛ぐらいしかないもん」
笑い、ながら言わないで。
愛されるのは大事なことよ。たとえ、政略結婚でも、ほんの少しの愛さえあれば生きていける。
あなたにとってなんでも無い言葉がどれだけ私をズタボロにしたのか分かってる?
「あ。私から、言ってあげるよ。もっと相手してあげて、と。そりゃあ先に子供が出来てしまったのは、すこーしだけど、申し訳ないとは思ってるわ。あなた一応正妻だもんね」
酷い言葉。
「そう、ね。私の立場は、一応だものね。あなたが愛されているのだから」
「うん。そうだよ。でも大丈夫だよ。私は愛人で2番でしょ。あなた一応正妻だから、1番。ほら、私よりも上でしょ?」
1番?
2番?
私が上?
一応、とは何!?
その得意顔はなに!?
「女として、愛されてなくても、相手はしてもらいたいでしょ?これまで1回?2回くらい?それくらいじゃあ子供は出来ないよね」
いっ・・・かい?
に、かい?
「ホーンにはちゃんと言ってあげるから。さっきも言ったけど相手してあげてね、とね。ほら、私妊婦でしょ。今丁度相手できないから、丁度いいよね」
息がとまりそうだった。
呆気に取られる?
馬鹿馬鹿しさ?
怒り?
もう何でいい。
カテリナは、無邪気で嘘は言わない。嘘をつけない。
素直すぎて、私の方が愚かな気分になる。
分かってないの!?
どれだけホーン様があなたの側にいるか!私の相手など、どこにそんな暇があったの!?
「どうしたの?何か気分悪いの?」
気分?
始めからいいわけない。
「帰って。私は離縁したいの」
「なんで!?そうなったら私が困るじゃない。この子は?罪なきこの子はどうなるの!?ねえ、どう責任取ってくれるの?」
罪なき?
罪ある2人から産まれる子供は、本当に罪なき子供?
だったら、あなた達が罪あることを認めなさいよ。
責任を取るべきは、私ではないわ。
「知らないわ。ホーン様とカテリナの子供よ。私の子供ではないわ。2人で認め合えばいいでしょ」
2人で話し合えばいいのよ。未来の事も未来の子の事も。
「だから、あなたが必要なのよ。だってあなたがいなかったら、私、追い出されちゃうよ。まあ、ホーンのことだからそれは無いけど、子供が産まれたら家族3人で幸せに暮らしたいのよ。ホーンからはあと2人くらい欲しいと言われているの。家族が増えていくのは嬉しいことよ。ね、分かるでしょう?私達の為に、もちろんあなたも皆が幸せになる為に、あなたは帰ってこないといけないのよ。あっ、そうだ。子供が産まれたら一緒に育てたらいいんだよ。そうしたら、あなたに子供がいつか出来た時役に立つよね。皆で仲良く育てようよ」
何て身勝手な考え!
「大丈夫だよ」
何が?
どこまで考え無しなの?
「あなたは地位とお金。そしてその美貌。ほら3つもある。私は愛だけ。1つしかないわ。あなたが勝ってるでしょ?」
腹が煮えくり返るとはこの事だ、頬が震える中初めてこんな怒りを覚えた。
その時、私ではない、驚く呼吸が聞こえ、見るとサーシャがわなわなと震え、見たことも無い般若の形相でカテリナを睨んでいた。
「サーシャ。お茶のおかわりを入れてくれる?」
私の声に我に戻ったのか、ハッとしたが、それでも納得いかな顔をしていた。
「お願いね」
「・・・はい、お嬢様」
「ありがとう」
顔を真っ赤にしながら、でも震えながらも、お茶を入れてくれた。
よく我慢したわね。
「そう、ね、カテリナ、もしかしたら本当の幸せが手に入るかもしれないわよ」
ふっと知らない自分が舞い降りた気分になった。
幸せは人それぞれ違う。あなた達と私の幸せは、絶対に重ならない。
「本当の幸せ?今でも幸せよ」
「それは、私という正妻がいるから成り立っているのでしょう?ねえカテリナ知っている?ザカリ家は今、事業がとても上手くいっているの」
「え?ホーンはずっと赤字だと文句言っていたわ」
「じゃあカテリナを、驚かそうとしてるんじゃない?私のお父様に事業が上手くいっている書類を見せたそうよ。お父様がとても褒めておられたわ。若いのに良い手腕を持っている、と。つまり、私の家に頼らなくてもいいと言うことになるのよ」
「それはいい事ね。だから?」
首傾げ、何を言いたいの?と不思議な顔をした。
「だから、私と離縁してもホーン様は何も困らない。あなたを正妻に迎えても困らないということよ」
「本当?」
驚きに目が大きくなった。自分が正妻だなんで、初めて聞く言葉だろう。
やっと理解してくれた?良かったわ。
「そうなるわね。資金に困窮しなければ、あなたを正妻に迎え、あなたの実家を助けることが出来るわ。世の中も、愛人から正妻に迎えるなんて、純愛だと讃えるわ」
「私、正妻になれるの?」
「だって、私が離縁したら誰が正妻になるの?カテリナしかいないわ。あなたは誰よりもホーン様に愛されている。その証拠がお腹にいるんでしょ?」
「うん。うん、そうだよ」
とても嬉しそうに何度もうなずく。
「でもね、これはきっと秘密にしてあるのよ。だからカテリナもその時まで黙ってあげないとホーン様が可哀想よ。せっかく驚かそうとしているのでしょうから」
「分かったわ。私、黙ってる」
「ありがとう。だから、離縁の封筒の開封をしないのよ」
「なるほど、そういう事ね。そうだよね、離縁したくないなら、封筒開けるもんね」
「そうよ。開封しないということは私と離縁する気なのよ。さあ、もう帰ったら?屋敷の皆が心配してたら大変よ」
「分かったわ。ありがとう」
嬉々とした顔で、お腹をさすりながら帰って行った。
「なんですか!!いつもあんな事を言われていたのですか!?」
ボロボロ泣きながらサーシャが言うから、私の怒りが落ち着いてしまった。
「そうよ。カテリナは本当に素直な人よ。思った事をすぐに口に出す。それが無神経だとも知らずにね。もう慣れたと思っていたけど・・・」
持っていたカップの紅茶が揺らめく。まるでカタリナの形を持たない自由な心の様にゆらゆらと動き、私を蝕んでいく。
「お嬢様!離縁を決意して本当に良かったです!!」
えぐえぐと泣くサーシャに、
「そうね。サジタリーのおかげだわ。あなたもね。ありがとう、私のために泣いてくれて」
「だってえええ・・・」
大泣きするサーシャを見て、とても冷静になる自分がいた。
私なのに私ではない自分が、カテリナに喋っていた。
あんな事を言う自分なんて知らない。でも、後悔はしていない。
もしかしたら、と言う言葉は、いい意味でも、悪い意味でも、どちらでもとれる。
どちらに傾けるかは、話し手次第。
だが、いい意味のもしかしては、カテリナには有り得ない。
悲しい程に確信した。
彼女は侯爵夫人の資質が可哀想な程に、ない。勿論、必死に努力すれば、最低限迄は出来るだろが、ホーン様は望まない。
それなら始めからそうしている筈だ。
ホーン様にとってカテリナは正妻あってこその、存在。
それは愛なの?それともただの自分の玩具?
ゾッとした。
なんだが酷くカテリナが可哀想に見えた。




