介入
呼び出しは、静かだった。
警告音もなく、
威圧的な文言もない。
ただ、端末に一行だけ表示される。
《個別最適化面談のご案内》
それが、
拒否できない類のものだと、
カイ・ノルドは直感で理解した。
面談室は、思っていたよりも小さい。
白い壁。
柔らかな照明。
心拍を落ち着かせるための低周波音。
「緊張しなくていい」
ヴァルス博士は、
穏やかな声で言った。
「これは処罰ではない。
調整だ」
カイは、黙って椅子に座った。
「最近、適応度が上下している」
博士は、ホログラムを表示する。
カイの評価曲線。
どれも、平均付近で揺れている。
「君は、理解が早い。
思考も深い。
だが——」
指が止まる。
「深すぎる」
その言葉に、
胸の奥がひりついた。
「先を見すぎる人間は、
社会に負荷をかける」
「……それは、欠点ですか?」
カイが聞く。
博士は、少しだけ考えた。
「社会設計上は、そうなる」
別室。
セリア・レインも、
同じような椅子に座っていた。
向かいにいるのは、
学園カウンセラー。
「判断遅延は、ストレス反応です」
優しい声。
安心させるための語調。
「調整プログラムを実行すれば、
すぐに元に戻れます」
「……戻る、というのは?」
「迷わない状態」
セリアは、
一瞬、視線を落とした。
「それは……
昨日までの私ですか?」
「ええ。
それが、あなたの“最適状態”」
カイの面談は、続いていた。
「君の親世代について、
記録を少し確認した」
ヴァルス博士が、
唐突に切り出す。
「彼らは、優秀だった。
だが——」
「社会に適応できなかった」
カイが、先に言った。
博士は、否定しない。
「結果としては、そうだ」
「排除された?」
「……移行した、と言ってほしい」
言葉を選ぶ様子が、
かえって生々しい。
「彼らの思考は、
今の社会には早すぎた」
カイは、
静かに笑った。
「それって、
間違いだったんですか?」
博士は、答えなかった。
セリアの部屋では、
調整プログラムの説明が続く。
「不安や迷いは、
幸福度を下げます」
「選択肢が多いほど、
人は後悔する」
「私たちは、
あなたを守りたい」
守る。
その言葉が、
なぜか重く感じられた。
「……守られている間、
私は何を失いますか?」
カウンセラーは、
一瞬だけ沈黙した。
「失う、という表現は——」
「答えてください」
セリアの声は、
静かだったが、強かった。
「……個性、でしょうか」
カイの面談も、終盤に差しかかる。
「君には、二つの選択肢がある」
ヴァルス博士は、
淡々と告げた。
「一つは、
刺激要因から距離を置き、
平均的な学生として進むこと」
「もう一つは?」
「——介入強度を上げる」
それは、
選択肢というより、
段階だった。
「セリアとは、
これ以上接触しないほうがいい」
「……彼女のため、ですか?」
「社会のためだ」
即答だった。
夕方。
二人は、
それぞれの部屋に戻された。
直接会うことは、許されていない。
だが、
メッセージは届いた。
セリアから。
「“元に戻る”って言われた」
少し間を置いて、
カイは返す。
「どうする?」
返事は、すぐには来なかった。
夜。
学園の管理AIは、
二人のデータを並べて解析している。
【状況】
・介入開始
・矯正可能性:中
【推奨】
・接触遮断
・認知再調整
【備考】
「親世代と同様の分岐を確認」
セリアは、
自室で、
調整プログラムの起動画面を見つめていた。
指を伸ばせば、
すべては元に戻る。
迷いも、不安も、
考える時間も。
だが、
その“元”に、
もう戻れない気がしていた。
カイは、
ベッドに横になり、
天井を見つめていた。
母の声が、
静かに蘇る。
「選ばなかった理由を、
消してしまう社会は、
いつか、
自分で考える力を失う」
「……ああ」
彼は、
初めてはっきりと理解した。
この学園は、
正しい。
優しい。
そして——
間違っている。
次回予告




