接触制限
通達は、朝の評価ログと一緒に届いた。
《行動指針更新》
・不要な相互刺激を回避してください
・指定対象との接触を最小化してください
文面は柔らかい。
命令ではなく、配慮として書かれている。
だが、誰もが分かっていた。
これは――切り離しだ。
カイ・ノルドは、端末を閉じて席を立った。
教室の空気が、昨日と違う。
視線が、意図的に避けられている。
「……露骨だな」
誰も彼の隣に座らない。
班分けも、いつの間にか調整されていた。
カイの班は、
“安定度が高い学生”だけで固められている。
つまり、
彼一人が異物だ。
午前の講義。
課題は、昨日と同じ形式だった。
だが、違いがある。
「……あれ?」
隣の学生が、小さく呟く。
「お前、意見出さないの?」
カイは、首を横に振った。
「今日は、平均でいい」
それは、
彼自身が選んだ“後退”だった。
結果。
班の評価は「優」。
個人評価も、
いつもより高い。
《適応度:良好》
カイは、
胸の奥に、冷たいものが落ちるのを感じた。
(……正解か)
考えない。
言わない。
目立たない。
それで、評価は上がる。
昼休み。
人工庭園のベンチに、
セリアの姿はなかった。
代わりに、
彼女の席には、別の学生が座っている。
「レインさん?
今日から別グループだよ」
「理由は?」
「……接触制限」
言いづらそうに、
しかし当然のように。
カイは、
学園内の行動ログを確認した。
移動ルート。
座席配置。
会話頻度。
すべてが、
微妙にズレている。
偶然ではない。
最適化だ。
(親の世代も、
こうやって――)
言葉にならない想像が、
胸を締めつける。
一方、
セリア・レインは、
別棟の閲覧室にいた。
指定された“静養環境”。
外界刺激を減らし、
判断遅延を抑えるための場所。
「……静かすぎる」
端末には、
例の《調整プログラム》が再表示されている。
《実行推奨》
実行すれば、
迷いは消える。
接触制限も解除されるだろう。
「……でも」
セリアは、
昨日の言葉を思い出していた。
――変わることだ
画面を閉じる。
それ自体が、
もう“非最適”だった。
放課後。
カイは、
禁止されているはずの区域――
旧研究棟の裏手にいた。
灰街を思わせる、
少しだけ管理の緩い場所。
「……来ると思った」
振り返ると、
セリアが立っていた。
「接触制限、知ってる?」
「ええ。
だから来た」
理屈ではない。
選択だった。
「君、評価落ちるぞ」
「もう、落ちてる」
彼女は、
自嘲気味に笑った。
「……怖い?」
カイが聞く。
セリアは、少し考えてから答えた。
「怖い。
でも——」
言葉を切り、
彼を見る。
「何も感じない自分に戻るほうが、
もっと怖い」
その瞬間、
二人の端末が、同時に振動した。
【警告】
・未承認エリア滞在
・接触制限違反
【対応】
・監督官派遣中
遠くで、
足音が近づいてくる。
規則正しく、
迷いのない足音。
セリアが、
一歩前に出た。
「私が選んだ」
それは、
初めて“主体語”を使った瞬間だった。
カイは、
その背中を見て、確信した。
(……始まったな)
これは、
小さな違反だ。
だが、
完璧な社会にとっては、
許されない“兆候”。
同時刻。
学園AIの判断ログ。
【事象】
・接触制限違反
・非最適選択、継続
【評価】
「偶発ではない」
【次段階】
・介入強度、引き上げ
二人は、
まだ何も壊していない。
ただ、
“切り離される側”になることを、
自覚しただけだ。




