評価される世界
ヘリックス・アカデミーの朝は、整いすぎていた。
照明は目覚めに最適な色温度で切り替わり、
室温は個人の代謝に合わせて微調整される。
《起床推奨》
《本日の適応度:良好》
カイ・ノルドは、その表示を眺めながら、
ゆっくりと体を起こした。
「……良好、か」
灰街で育った身には、
“良好”という言葉がどこか信用ならない。
最初の授業は、集団認知演習だった。
教室に入ると、
壁一面に数値が浮かび上がる。
集中度。
反応速度。
判断の揺らぎ。
学生たちは慣れた様子で、
自分の数字を一瞥し、席につく。
「本日の課題は《集団安定性》」
ヴァルス博士が告げる。
「五人一組で問題を解き、
最も“逸脱の少ない解”を出した班を高く評価する」
ざわり、と空気が動いた。
逸脱。
それは、この学園で最も嫌われる言葉だ。
カイは、四人の班に振り分けられた。
「……下層出身か」
「まあ、平均に合わせてくれればいい」
悪意はない。
ただ、前提が違う。
課題が始まる。
資源配分と人口推移の予測。
複雑だが、論理は明快だ。
(……崩れる)
カイはすぐに分かった。
このままでは、
数日後に破綻する。
「ここ、需要の伸びを見落としてる」
「だから?」
「修正しないと——」
「やめろ」
遮る声。
「安定が最優先だ。
先の不確定要素を考えすぎると、評価が下がる」
評価。
その言葉に、
カイの胸が、わずかに軋んだ。
結果は「良」。
班としては問題ない。
だが、個人評価が表示された瞬間、
小さな笑いが起きた。
【個人評価】
カイ・ノルド:平均
「やっぱりな」
「突出しようとするからだ」
突出。
まるで、
してはいけない行為のように。
昼休み。
人工庭園のベンチで、
カイは一人、空を見ていた。
そこへ、静かな声がかかる。
「あなた、さっきの課題」
振り返ると、セリア・レインが立っていた。
「本当は、正しかった」
「……それでも評価されない」
「ええ。ここでは“正しい”より“想定内”が重視される」
彼女は淡々と言う。
「想定外は、社会に負荷をかけるから」
その言葉に、
ふと、父の声が重なった。
「この街にいる人間は、
失敗作じゃない。
——怖がられただけだ」
カイは、思わず口を開いた。
「君は……それでいいのか?」
「いいも悪いもないわ。
私は、そういう環境で育った」
「疑問に思ったことは?」
「……ない」
即答だった。
それが、
彼女の“完成度”だった。
午後の生体スキャン。
学生たちは次々と測定を終え、
正常値が並んでいく。
カイの番になったとき、
装置が一瞬、沈黙した。
《再測定》
係員が首を傾げる。
「……少し反応が揺れてますが、問題はありません」
問題はない。
そう言い切る声が、
なぜか冷たく聞こえた。
背後で、
ヴァルス博士が黙って画面を見ている。
(……知っている)
理由は分からない。
だが、確信だけがあった。
夜。
寮の部屋で、
カイは端末を閉じた。
今日の総合評価。
《適応度:安定》
安定。
それは、
“波風を立てていない”という証明だ。
ベッドに横になり、
天井を見つめる。
父は、ここにいたら
きっと評価されなかっただろう。
考えすぎる。
先を見すぎる。
疑問を口にする。
——排除される側だ。
「……俺は」
言葉にしかけて、やめた。
答えは、まだ要らない。
ただ一つだけ、
はっきりしたことがある。
この学園は、
親の世代を“必要としなかった世界”だ。
同時刻。
学園の管理ログが、静かに更新される。
【対象:自然出生二世】
【傾向】
・将来予測への過剰反応
・安定化指示への抵抗
【評価】
「親世代と同一傾向あり」
カイ・ノルドは、
まだ反逆者ではない。
だが、
この世界に“居心地の悪さ”を感じるには、十分だった。




