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公平という名の扉

《アーク・テスト当日》


灰街の朝は早い。

というより、夜が終わらない。


空は相変わらず鈍色で、

遠くの上層都市だけが朝日を反射して輝いている。


カイ・ノルドは、簡易診断パッチを胸に貼りながら、

浅く息を吐いた。


「心拍、やっぱり高いな……」


端末に表示される数値は、基準値を少し超えている。

だが問題はない。

この程度で倒れていたら、灰街では生き残れない。


「カイ」


呼ばれて振り返ると、リサが立っていた。

今日は仕事を休んだらしい。

油の匂いのしない服は、どこか落ち着かない。


「これ」


差し出されたのは、小さな布袋だった。


「何?」

「栄養剤。上層規格のやつ。……ナグさんがくれた」

「高いだろ」

「だから、返す気で行ってきな」


リサは笑った。

いつもの強がりの笑顔だ。


カイは黙って受け取り、袋を握りしめた。


「必ず、戻る」

「……うん」


その「戻る」が、

今日なのか、数年後なのか、

それとも二度とないのか。


二人とも、その続きを言わなかった。


試験会場は、

灰街と上層をつなぐ境界エレベーターの上にあった。


貧民区からの受験者は、カイ一人。

それだけで、場違いな存在だと分かる。


白い床。

無音の壁。

空気まで管理されている感覚。


「受験者ID、提示してください」


無機質な声に従い、端末をかざす。


一瞬、間が空いた。


《遺伝子データ照合中……》


《照合不能》


係員の眉が、わずかに動いた。


「……自然出生ですか?」

「はい」

「珍しいですね。まあ、形式上は問題ありません」


形式上は。


その言葉が、胸に引っかかった。


試験室は、カプセル型だった。

受験者一人につき一基。

中に入ると、半透明の壁が閉じる。


頭部に装着される神経リンク。

脳波、反応速度、倫理判断、創造性――

すべてが同時に測定される。


《アーク・テストを開始します》

《本試験は完全公平です》


公平。


その単語を聞いた瞬間、

カイの脳裏に、また白い光が走った。


——完全?

——公平?


「……っ」


軽いめまい。

だが、すぐに思考を切り替える。


始まった問題は、予想通りだった。

いや、予想以上に単純ですらある。


論理パズル。

構造解析。

倫理的ジレンマ。


カイの思考は、静かに加速した。


(違う……この試験、

 正解を出すことが目的じゃない)


答えに辿り着く速度。

迷いのなさ。

選択の傾向。


――人間の“型”を測っている。


それでも、彼は全問を解いた。


いや、解けてしまった。


終了。


結果が表示される。


《総合評価:平均》


「……」


声が出なかった。


理論的に、ありえない。

自分の処理速度、正答率、判断精度。

どれを取っても、平均に収まるはずがない。


カイは、初めて恐怖を覚えた。


努力が足りなかったわけじゃない。

才能がなかったわけでもない。


最初から、そこに“線”が引かれている。


その裏側で、

誰にも見えないログが走っていた。


【観測対象検出】

【ID:HEΛIX-0217】

【状態:生存】

【処理:経過観察へ移行】


試験会場を出ると、

すでに合否通知が届いていた。


《合格》

《特例枠:ヘリックス・アカデミー入学資格付与》


合格。


だが、胸は少しも軽くならなかった。


「……特例、か」


公平じゃない。

だが、不合格でもない。


まるで、

“箱に入れられた”ような感覚。


帰路のエレベーターで、

カイはふと、ガラスに映る自分の顔を見た。


青白い。

弱そうで、頼りない。


それなのに。


「……俺は、何なんだ?」


答えは、まだない。


ただ一つ確かなのは、

この試験が始まりに過ぎないということだけだった。


灰街に戻ると、リサが待っていた。


「どうだった?」

「……合格した」


彼女は一瞬、目を見開き、

次の瞬間、泣きそうな笑顔になった。


「よかった……本当によかった……!」


カイは笑った。

だが、その胸の奥に残った違和感は、消えない。


上層へ行ける。

リサを救える。


それなのに、

なぜか背中に、冷たい視線を感じていた。


——見られている。

——選ばれている。


理由も分からないまま。

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