静かな隔離
隔離は、
壁を作らない。
鍵も、
警備も、
必要としない。
ただ、
未来への道を、少しずつ消す。
朝。
カイ・ノルドの端末に、
新しい通知が表示されていた。
《学習環境 最適化のお知らせ》
・次週より、
・指定プログラムへ移行してください
指定プログラム。
それは、
「成績不振者」でも
「問題行動者」でもない。
観測対象専用の
教育ルートだった。
「……隔離、か」
言葉にしても、
実感は湧かない。
今日も、
食事は同じ。
部屋も同じ。
空も、同じ色だ。
教室。
席が、変わっていた。
後方ではない。
端だ。
視界に入る学生の数が、
明らかに減っている。
「……配置、変えたんだ」
隣に座るのは、
同じ“最適化ルート”に入った学生。
名前も、
背景も、
知らない。
互いに、
話しかけない。
話しかけても、
意味がないからだ。
講義内容も、変わった。
以前は、
複数の仮説を検討させていた。
今は、
一つのモデルだけをなぞる。
「これは、
社会で既に実証された最適解です」
「他の可能性は、
考慮する必要がありません」
カイは、
その“省略”に気づく。
(……教えていないんじゃない)
教えないことを、選んでいる。
昼。
セリア・レインの姿が、
見当たらなかった。
端末を確認する。
《行動エリア:変更》
・レイン・セリア
・別棟へ移動
別棟。
それは、
学園の中で
最も静かな区画だ。
セリアは、
白い廊下を歩いていた。
窓は小さく、
外が見えない。
「……音がない」
足音だけが、
やけに響く。
案内表示には、
こう書かれていた。
《高度集中支援エリア》
支援。
いつも通り、
優しい言葉だ。
新しい教室。
人数は、五人。
全員、
発言しない。
求められていないから。
「ここでは、
判断の訓練は行いません」
教官が言う。
「受容の訓練を行います」
セリアの胸が、
ひくりと動いた。
夕方。
カイは、
指定ルートを歩いていた。
自然と、
遠回りになる。
「……灰街みたいだな」
道はある。
だが、
最短ではない。
そして、
誰も気づかない。
その夜。
二人は、
制限付き回線で
短い通信を繋いだ。
「……別棟に移された」
セリアの声は、
静かだった。
「そっちは?」
「こっちも。
同じようなもんだ」
沈黙。
隔てられているのは、
距離ではない。
共有できる未来だ。
「……不思議ね」
セリアが、
ぽつりと言う。
「誰も、
悪いことしてないのに」
カイは、
小さく笑った。
「だからだよ」
「え?」
「悪くないから、
強く正される」
通信が切れる。
端末に、
新しい注意表示。
《不要な情動共有は、
・適応を妨げます》
「……そうか」
カイは、
端末を伏せた。
同時刻。
学園AIの最深ログ。
【状態】
・環境変更、完了
【効果】
・相互影響、減衰中
【評価】
「自発的適応を
促進可能」
【備考】
「第三世代と同様の
進行を確認」
夜。
カイは、
ベッドに横になり、
天井を見つめた。
父の背中。
母の声。
彼らも、
こうして——
静かに、
世界の端へ
追いやられたのだろう。
セリアは、
別棟の部屋で、
窓のない壁を見つめていた。
ここは、
安全だ。
刺激も、
迷いも、
ない。
それでも、
胸の奥で、
何かが叫んでいる。
ここは、
終点じゃない。
二人は、
まだ自由だ。
だが、
自由が届く距離に、
未来はもう置かれていない。




