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灰街に生きる理由

灰街アッシュラインでは、子どもが空を見上げない。

理由は簡単だ。見ても、何も変わらないから。


カイ・ノルドは例外だった。


錆びた建物の隙間から見える、上層都市スカイラインの光を、

彼は毎日、必ず一度は見上げていた。


「……今日も、落ちてこないな」


独り言のようにつぶやいて、咳き込む。

肺の奥が焼けるように痛むのは、もう慣れた。


生まれつき、体が弱い。

医療記録では「長期生存は困難」と赤字で書かれている。


それでも、彼は生きていた。

理由はひとつしかない。


「カイ、無理しないでって言ったでしょ」


背後から声がして、彼は振り返った。

幼馴染のリサが、両手に工具箱を抱えて立っている。


年は同じ。

だが、彼女は“普通”だった。


特別な才能もない。

体も強くない。

それでも、灰街ではそれが致命的だ。


「今日の仕事、どうだった?」

「義肢の調整。三人分。……一人は、もうだめかも」


リサは笑おうとして、やめた。

この街では、「だめ」という言葉がそのまま死を意味する。


カイは目を伏せ、端末を握りしめた。


「もうすぐだ」

「またそれ?」

「今度こそだよ。国家選抜試験、《アーク・テスト》」


リサは一瞬だけ黙り込み、すぐに首を振った。


「無理だよ。あれは“上の人”のための試験」

「知ってる」

「だったら——」

「それでも、勝つ」


即答だった。


灰街では、即答する人間ほど長生きしない。

だが、カイは違った。


「俺が合格すれば、正式な医療区画に入れる。

 リサ、君も——」


「やめて」

リサは、少し強い声を出した。


「そうやって、自分を削るの。

 あたしは……それが怖い」


カイは、何も言えなかった。


その夜。

彼は一人、廃棄された端末を繋ぎ合わせた簡易ラボで、

試験対策プログラムを走らせていた。


問題の解析速度、記憶保持率、推論深度。

どれも、上層基準を超えている。


――なのに。


《総合評価予測:平均》


「……おかしい」


ロジックは合っている。

計算も間違っていない。


なのに、結果だけが“丸められる”。


その瞬間、

脳の奥で、何かがきしんだ。


白い光。

冷たい台。

誰かの声。


「……神経活動、想定外です」

「危険だ。制御不能になる」


カイは、息を詰まらせて目を見開いた。


「……今の、何だ?」


心拍が跳ね上がる。

記憶は霧のように溶け、何も残らない。


ただ一つだけ、胸に残った感覚があった。


――捨てられた。


理由は分からない。

意味も分からない。


だが、その感覚だけが、やけに現実だった。


カイは深呼吸をし、震える指で申請画面を開いた。


《アーク・テスト 参加登録》


参加条件:

・居住区制限なし

・遺伝子情報 提出必須


「……問題ない」


彼はそう言って、送信ボタンを押した。


その瞬間、端末の裏側で、

人知れず警告ログが生成された。


【未登録個体 接触】

【ID照合:失敗】

【処理:経過観察】


それを知る者は、まだいない。


屋外では、夜警のドローンが巡回していた。

灰街は今日も静かだ。


リサは自室で、古い医療通知を握りしめている。


「治療優先度:低」


彼女は、それを破り捨て、空を見た。


「……勝ってよ、カイ」


同じ夜。

同じ空の下で。


少年は、

自分が世界にとって“欠陥”であることを、

まだ知らなかった。

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