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幼き日の記憶

 小学校に入って初めての夏休み。ばあちゃんの家に旅行に行ったときのことだ。家の近くに川が流れていて、俺はその川辺で遊ぶのが好きだった。

 ある日俺が川に行くと、男の子が苛められていた。


「帽子返してよー」

 坊主頭のそいつは、自分が被っていた帽子を別の男の子たちに取られて泣いていた。

「はげぬまー、はげぬまー」

「はげぬまじゃない!」

 そいつは必死で手を伸ばしたが、背が低いその坊主頭は、相手の男の子二人組みにいい様にあしらわれるだけで、どうすることもできなかった。

 そんな様子を見るに見かねた俺は、助けてやることにした。

「おい、お前! そいつのぼうし、返してやれよっ」

「ん? だれだよ」

「いいからさっさと帽子返してやれよ」

 突然の乱入者に、いじめっ子らは戸惑っていた。

 俺は迷うことなくそいつらに近づくと、二人組みの片方から帽子を奪い取った。当時、親父の教えている空手道場で低学年最強の名を手にしていた俺は恐いもの知らずだった。

 そんな俺の雰囲気に押されたのか、二人は「な、なんだコイツ」と言い残してどこかへ行ってしまった。俺の隣では、坊主頭が唖然と立ち尽くしている。

「ほら、これお前の帽子なんだろ?」

「あ、……あ、ありがとう」

 涙声で、ボソボソっとお礼を言ってきた。

 そんなうつむき加減の坊主頭に、なぜか無性に腹が立った。

「おまえなぁ、そんなだからなめられるんだぞ。男なら堂々としてろよ」

 そう言うと、その坊主頭はさらにうつむいて、

「……の子だもん」

 ブツブツ文句を言い出した。キレる俺。

「そこになおれ!」

 親父の口癖を借りて叱りつける。坊主頭はびくっと驚いた目で顔を上げる。

「俺がお前を鍛えてやる!」

「えっ、え?」

「返事はハイだ!」

「あ、ええと」

「ハイ! だ」

「……はぃ」

「声が小さい! もう一度!」

 そんなこんなで、即席の空手道場が始まった。


 基本的な型しか教えることができなかったが、坊主頭が腹から大きな掛け声を出せるようになるまで一緒に練習を続けた。

 今にして思えば、その頃川で遊ぶのにも飽き始めていて、新しい遊びを見つけたとはしゃいでいたんだと思う。いつも親父から教わる立場にいた俺が、他人に空手を教えるという行為が新鮮だった気もする。

 そんな風にして、その後も俺たちは毎日のように遊んだ。最初は、俺の特訓を嫌がっていた感じだったので、俺は坊主頭を強制的に呼び出していた。帰り際に帽子を取り上げて「帽子を返して欲しければ明日もここに来い」と、そう脅した。ミイラ取りがミイラになっていたような気もするが、一週間も経つころには俺たちは仲良くなっていたぞ?

 ただ、そのうちに教えるネタが切れてきた。所詮小学生だった俺は基本しか教えてやれなかった。

 で、俺は次にいじめに対抗する手段を教え始めた。「目には目を」をコンセプトに、より陰湿ないじめとは何かを坊主頭に仕込んだ。また、口調も直させた。相手を威嚇するときは「おい、お前!」で、腰に手をあてて仁王立ちするんだ! とか、くだらない事ばかり話した気がする。まぁその頃には、坊主頭は前より快活にものが言えるようになっていたし、もういじめられる心配はなかったんだけどな。

 単に、二人で遊ぶのが楽しかったんだよ。

 でも、二週間があっという間に過ぎて、俺は自分の家に帰ることになった。

「よし! おまえに教えることはもうない」

「……」

 公園で遊んだあと、俺が今日で帰ってしまうことを告げてから坊主頭はずっと黙り込んだままだった。出会ったときのように、うつむき加減で泣きそうな顔をしてる。

「そんな顔すんな。また遊びにくるから」

「……ほんと?」

「あぁ、ぜったいだ! ――――じゃ、俺行くわ」

 帰る時間が迫っていた俺は、そう約束して別れ、家へと歩き出した。でも、公園を出て暫くして振り返ると、公園の入り口で坊主頭がこっちを見ながらグズグズ泣いていた。

「しょうがねーな」

 俺はそう呟くと、道路の向かい側にあった古ぼけた商店に入った。そして、店先にぶら下がっていた蜘蛛の安っぽいオモチャを買って再び公園へと向かった。蜘蛛は大嫌いだったが、当時の俺の手持ちじゃそれしか買えなかったんだ。

 泣くじゃくる坊主頭の前まで来ると、その蜘蛛のオモチャを差し出した。

「お前に俺の最終奥義をやる。もし今度嫌なやつが現れたら、これをそいつのランドセルに仕込んでやれ。ぜってービビって逃げ出すから。だから、これを俺だと思ってお守りにしてろ」

「――うん。あ、ありがとう」

 やっと、坊主頭が泣き止んだ。

「来年もこの公園で遊ぼうな、はげぬま」

「は、はげぬまじゃない! 芳賀沼だ!」

「ははっ、わりぃわりぃ。じゃあな芳賀沼」

 そろそろ本当に時間がやばくなってきたので、急いで駆け出そうとしたとき、

「あ、あの。名前、知らない」

 そう聞かれた。そういや、俺のことはずっと師匠と呼ばせてたっけ。

「俺は上坂だ」

「上坂、くん」

「ああ。じゃ、マジでもう行くわ。んじゃな」

 そうして、今度こそ俺たちは別れた。


 でも、その後俺たちが再び会うことはなかった。翌年の春、俺のばあちゃんが死んでしまって、祖父が俺の家に引っ越してきたりとか色々あって、芳賀沼の住む町まで遊びに行けなかった。小学三年の夏に一度だけ、芳賀沼に会いにその公園まで電車で行ってみたことがあるが、偶然俺たちが再会するなんて奇跡は起こらなかった。そうしていつしか、俺は芳賀沼のことを忘れていった。


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