ポルターガイスト
それからだ。俺の周辺で奇妙なことが起こり始めた。
最初の事件は、次の英語の授業中に起きた。
「それじゃ、ここの英文を……上坂、読んで訳してみろ」
「はい。Prime minister of ……」
「よし。じゃあ次を――」
予習のヤマが当たった。この教師は、全員にまんべんなく当てるタイプなので、今日はもう当てられることはないだろう。
残りの時間は明日の範囲でも予習してるか。
と、そんなことを考えながら着席しようとした瞬間だ。本来あるべき所に、俺の椅子が無かった。
ケツが特大の警報を脳に向けてかき鳴らし、すぐさま俺の体中に非常事態宣言が行き渡る。やばい、踏み止まれ!
足を瞬時に引いて、体の落下を食い止める。咄嗟の判断にも、俺の体は機敏な反応を見せ、間一髪で尻餅を回避した。幼稚園に入る前から、親父に空手を習っていてマジでよかった。
「なにやってんだ? 上坂」
教師が不思議そうな顔でこっちを見る。
「あ、なんでもありません」
危なかった。こんなことで恥をかくのは御免だ。右に座っている女子が笑いを堪えてるあたり、手遅れな気がしないでもないが。
……でも、なんで椅子下がってたんだ?
授業が終わるや否や「何一人ではしゃいでんの?」と、さっきのことを藤原のやつに突っ込まれた。居心地の悪かった俺は、「なんでもねーよ」と言い残して教室を後にした。
特に用事があったわけでもないので、自販機で適当に選んだコーヒーを飲みながら、ほとぼりが冷めるまで時間をつぶし、ギリギリで教室へと戻った。
後ろのドアから教室に入って、席へ向かう。――そして、自分の椅子の前で立ち止まった。
目を疑ったね。
ぽつん、と。それは、まるで迷子の小人のように。
金色の画びょうが落ちていた。
新品で、キラキラと輝くその画びょうは、針を上にして、ただそこにあった。
主人の帰りを待つ、子犬のように。
そんな光景に、俺の涙腺が少しだけゆるんだ。
ふと左を見ると、壁の張り紙の一つが不自然に風でなびいている。
そりゃ、片方の画びょうがなければ、そうなるわ。
俺は、今にも剥がれそうなその張り紙を見ながら思った。
いじめ、絶対ダメ。