離れれば近づいて……
最悪な転校生との出会いの翌日。
どんなに気分が悪かろうと、学校にいかなきゃならんのが高校生のツラいところだ。
でも、どんな厄災に見舞われようと、頭を使って解決できるのが人間の美点だと思うね。
昨晩色々と悩んだ末、俺は一つの答えにたどり着いた。
『君子危うきに近寄らず』
……今の俺に、なんとふさわしい言葉だろう。
あのミドリって女がどんな危険な本性を持っていようと、接触を避け、シカトし続けていればいいだけの事。
あいつの席は教室の右ななめ後ろ。俺のいる窓側の席とは大きな物理的距離があるんだ。
お前はそっちのシマで仲良くやってりゃいいさ。
朝の教室。
ドアを開けて教室に入る。案の定、ミドリは後ろのドア付近で数人の女子と輪を作っていた。
俺は、奴と視線が合わないよう体と視線の向きに注意しながら、教壇の前を通って自分の席へと向かう。途中、視界の端に映ったミドリがこっちを向いたような気がしたが、そこは気づかないふりをするのがベター。
やがてたどり着いた窓際の席。半開きの窓から差し込む太陽と、春風が心地よく感じられた。実に清々しい気分だ。窓際最高!
「まだ二日目だし、今日は授業じゃなく席替えでもするか」
一限の国語の授業での、長谷部の一言目。
俺の長谷部への好感度が下がった。それはもう致命的なほどに下がった。
これがゲームやドラマだったら、もう長谷部と結ばれるエンディングはないだろう。
……一応、今のは比喩だからな?
廊下側の席に座っている連中から、教卓に置かれたくじを次々引いていく。
しかし、そんな光景を見ながら、一時は担任への怒りに染まった心もだいぶ平静を取り戻した。
よくよく考えてみりゃ、特定の一人と隣同士になる確率なんてそう高くないか。
40分の2、前後左右で見積もったって40分の4だ。
あとは、神にでも祈ってればいい。
神サマ。どうか転校生の傍になりませんように。
――今の俺は、まるで好きな女の子の隣を願う男の子だな。
神は、俺の味方だ。
うちのクラスでは、一列ずつ男女が混じるような席順なのだが、憎きミドリの席は、一番窓側の最前席。対する俺はその右隣の男子列、しかし席は一番後ろ。
これなら、問題ない。
ふははははっ! 俺の勝利!
「あの、私目が悪いんですけど……」
これは俺の左に座っていた女子のセリフである。
クラス全員がこっちに注目する。もちろんミドリも。
「あ、私目良いんで代わりますよ?」
これはミドリのセリフである。
神は俺を裏切った。
「お、ミドリちゃんこっちに来るんだ」
前の席から陽気な声が聞こえた。
「藤原、お前はなんでそんなに嬉しそうなんだ?」
そう背中に向かって喋りかけると、藤原は振り返って、満面の笑みを向けてきた。
「だってよ。あの子、メガネ外したら結構可愛いと思うぜ。それに性格明るくて、背が小柄だろ? なんか守ってやりたい! って気持ちになるじゃん」
「そういう女に限って、根は腹黒いんだよ」
少なくとも初対面の相手に「うざい」と言ってのける程度には、な。
「上坂。おまえは何もわかってない。女に騙されるのが男の器量なんだよ」
「おまえはル○ンか」
そうこうしてる内に、隣の女子は荷物をまとめて移動し、入れ替わりにミドリがやってきた。
「ミ~ドリちゃ~ん♪」
だからおまえはル○ン三世か。
「よ、よろしくね」
さすがのミドリもちょっと引いていた。
ミドリは周辺のみんなに軽い挨拶をしたあと(もちろん俺を除く)席に座った。座る瞬間、俺のことを盗み見た気もするが、俺は俺で前を向いて考え事をしていた。
(こいつ、なんでわざわざ俺の傍に来たんだ? 初対面で「うざい」と言った相手のところに近寄ってきてどうするよ。 ……それとも、単に目の悪いクラスメイトを想っての行動だったのか)
何度考えても、結局、よくわからなかった。