二人の糸を、もう一度
「あのときの変な女、お前だったんだな」
河川敷へ続く芝生の斜面。俺は立ち上がったミドリにそう問いかけた。
「変な女って……。相変わらず酷いなぁ」
膨れっ面になるミドリ。フグっぽい。
「だいたい、泣いてる女の子ほっといて帰るなんて最低じゃない? あの後とっても大変だったんだよ。体中砂だらけで、額から血は出てるし、背中は痛かったし……。お母さんにもすごく心配かけたんだから」
当時のことを思い出したのか、ミドリの顔が少し曇った。俺はあわてて言い訳を探す。
「いや、あれだ。『おい、お前!』なんて言われたら、そりゃ警戒するだろ?」
「その言葉遣い、上坂が私に教えたんだよ」
そうでした。
「えーと、俺は小一のときに遊んだ芳賀沼が女の子だったなんて知らなかったんだ。知ってたら、あんなことにはならなかったはずだ。そうだよ。だいたいなんで女の子が坊主頭だったんだ?」
そう言うと、ミドリは左耳の上辺りの髪を持ち上げて、俺の方に見せてきた。
「ここに傷跡があるのわかる? 小学校入ってすぐの頃、頭ぶつけちゃって手術したんだ。そのときに、髪の毛全部剃ったの」
「そりゃ……大変だった、な」
言い訳のネタが切れた。
「そのことで、暫くの間クラスの男の子にからかわれた。……でも、そんな時ね」
俺と出会ったのか。
「すごく嬉しかった。突然現れて、助けてくれて。それに、ずっと頭帽子で隠してたんだけど、上坂とは何も気にせず遊べて楽しかった」
「そうだったのか」
「なのに、突然実家に帰るって言い出すんだもん。来年会おうって約束は破るし」
「あれは仕方なかったんだ。次の年は色々忙しくて。だからこそ、その次の年に公園まで会いに行ったろ? ちょっと遅刻しただけだ」
「ふーん。それで、遅れたくせして出てきた言葉が私に対する暴言だったわけ?」
「いや、だから――」
「本当に会いたかったんだから」
えっ?
「最初に別れてからずっと次の夏休みを楽しみにしてて、二年生の夏には何度も公園に行って、だって絶対来るって言ったから。でも結局上坂は来なくて」
「…………」
「それでももう一度だけって、三年生のときに公園に行ったら上坂を見つけて。とても嬉しくて、でも気づいてくれるかとても不安になっちゃって」
ミドリの声が沈んでいく。
「何度も名前を呼ぼうとしたのに、声がでなくて。そしたら上坂、急に立ち上がって帰ろうとしたから、思わずあんな風に声かけちゃって」
うつむきながら話ミドリの姿が、出会ったときの姿に重なって見えた。
「それなのに、上坂は私だって気づいてくれなくて。帰っちゃおうとするから、どうにかして止めなきゃって思って。そしたら……」
俺の返り討ちにあったのか。
「可哀相に」
「――誰のせいよ」
睨まれた。
そして、お互い口をつぐんだままどちらも動かなくなった。
強い既視感を感じた。こんなとき、話を切り出すのはいつだって俺の役目だったっけ。
(しょうがねーな)
俺は心の中でそう呟くと、ミドリにもう一歩近づいた。
「ミドリ」
「……なに」
「ごめん」
心から謝った。
ミドリはすっかり俯いてしまい、その表情は見えなかったが俺は構わず言葉を続けた。
「俺だって、お前と遊ぶのは楽しかった。お前と過ごした日々はとても輝いていたさ。最初に別れた後も、何度もお前のことを思い出したよ。お前は、俺にとってかけがえのない友達だったんだ」
俺は、手元に目を落として、
「だから……もう一度、これを受け取ってくれないか? また、お前と一緒に遊びたい」
壊れ物を扱うように、そっと蜘蛛のオモチャを差し出した。
いつも大変な仕事ばかり押し付けて悪いんだが、また二人の糸を繋げてくれないか。
そんな想いをオモチャに託した。