転校生がやってきた!
突然で悪いんだが、転校生っているだろ?
食パンを加えながら遅刻ぎりぎりで走ってたら、たまたまぶつかって、それがたまたま転校生で、それがたまたま美少女でしたー。なんて思い浮かべるやつもいるだろう。
はたまた、遠い昔に結婚の約束をして別れた、幼馴染だった。なんて思うやつもいるだろう。
でもな、現実はそう甘くないんだよ。
いや、何も転校生という言葉に、甘い響きと淡い理想を描いてる全国各地の青少年らを否定したいわけじゃないんだ。
むしろ俺だって、そんなドラマチックな出会いがあればいいな。なんて僅かながら妄想してたうちの一人だったんだ。
――昨日に帰りたい。
四月、一般的に新学期の始まる月だ。
俺、上坂透にとっても、高校二年の第一歩である今日という日は心に響くものがある。たとえクールかつ大人びた俺とはいえ、そのくらいの感傷はあるさ。
しかし、二年に進級するといっても、選択科目の都合で俺の新しいクラスには一年のクラスメイトが半分ほど在籍するようで、特に緊張も期待も抱かずにいつも通り学校へと向かっていた。
学校の近くでは、すれ違う顔見知りに挨拶くらいはしたが、パンを咥えた美少女とぶつかった覚えもなければ、見知らぬ女の子と嬉し恥かしハプニングなんて、十数年に渡る人生の中であった例がない。
それって、普通だろ?
二年用の下駄箱に靴を放り込んで、二階にある新しいクラスに入る。そして、見知った顔に挨拶しながら、黒板に書いてあった俺の新しい席に座る。
周りを見渡せば、やはり半分くらいの確率で知ってるやつがいる。これなら、新しいクラスでも特に問題ないだろう。
HRまで、どのグループに混じって話をしていようか迷っていると、友人の藤原が俺に声を掛けてきた。
「上坂。おはよ。今年も同じクラスよろしくな」
「ああ、よろしく」
しばらく、藤原の春休み中の出来事について聞かされた。適当に相槌を打ちながら藤原の話を聞いていると、他の連中がやけに盛り上がっていることに気がついた。
「……なぁ、藤原」
「ん?」
「クラスの連中、やけに騒がしくないか? 休み中になんかあったのか?」
「上坂、おまえ新しいクラス名簿見てないのか?」
馬鹿を見るような目つきだ。むかつくな。
「新しい名簿を見たからこそ、今このクラスに入ってきたんだろうが。下駄箱だって間違えてないぞ」
「そうじゃない。クラスに見たことのない名前が一つあったろ。このクラスに新しく転校生が入ってくるんだよ」
「見知らぬ名前が転校生だったら、俺にとってこのクラスに転校生なんて5、6人はいることになるぞ」
「上坂。そんなだからおまえはダメなんだよ」
二年への進級が危うかったおまえに言われたくない。
(……しかし、転校生ねぇ。そんなに騒ぐことか?)
親の転勤とかでこっちに来ることになっただけだろ?
日本だってグローバル化が進んでるんだ。そりゃ人も動くさ。転校生が帰国子女だったとしても、俺は驚かんよ。
「――それとも。もしかして、藤原。その転校生とやらは、名前がマリアとかエリザベスとかなのか?」
「んなわけねーだろ。普通に日本人だよ」
なら、どうでもいい。俺には関係ないさ。
しばらくすると、新しい担任が教室に入ってきてHRが始まった。
今年の担任は、国語を教える長谷部という若い男だ。朝っぱらから元気なもので、自己紹介に始まり、高校二年という時期がいかに大切かを延々と語っていた。
一通り喋り尽した後、いよいよ転校生の話題となった。
主に男子の連中がそわそわしていることから、転校生は女子だと推測できる。さすがは名探偵、俺。
そんなことを考えていると、ガラガラっと教室のドアが開いた。
俺は頬杖を突いたまま視線だけを教室の入り口に向けた。
すると、ちょっと小柄で、メガネで、うちの制服に身を包んだ、……ごく普通の女の子が入ってきた。
特別可愛いわけでもない。自己紹介を聞かずとも、そこらに転がってる一般人のオーラがプンプンするような子だ。
現に、周りの男どもからは、微妙なため息が聞こえてきた。
だから言ったろ? 転校生つったって、ただの人だって。
でもその転校生、なんとかミドリ(苗字は覚えてない)は、性格は明るく、人当たりも良いようで、休み時間のたびに、数人の女子と手の早い男子に囲まれては質問攻めに遭っていた。
それでも、嫌な顔一つせず、どんなやつにも笑顔で対応している辺り、なかなか良い性格の持ち主と見える。
ちなみに俺は、
(うむ。転校生ながら、良くやっている。その調子なら、男女ともにそこそこ人気のあるポジションに就くだろう)
と、上から目線の勝手な評価をつけながら、そんな光景を傍観していた。
その日の帰り際。
下駄箱で、その転校生と遭遇した。ミドリは、ちょうど上履きをしまっているところだった。
せっかくなので、俺は彼女へのファーストコンタクトを試みた。仲良くなっておいて損はないだろ?
良いお友達は第一印象から。俺は、爽やか系男子っぽく声をかけた。
「おーい、転校生」
……あれっ?
目が合ったはずなのに、シカトされた?
「えっと、――ミドリさん?」
すると突然、彼女は振り返って、ふわっとした笑みを浮かべて俺の元に駆け寄ってきた。
笑うと、思った以上に可愛い。
「上坂」
「あ、あぁ」
なんで俺の名前知ってんだ? 誰かに聞いたのか?
「うざい」
……。
…………。
………………は?
今こいつなんて言った?
なんか暴言が聞こえたんだが。
いや、まて。一日中笑顔でクラスメートと話してた彼女が、初対面の俺に暴言を吐くわけないだろ?
そうだ、俺の聞き間違いだ。きっとそうだ。そうに違いない。
あ、わかった!
"うざい"じゃなくて"くさい"じゃね?
――いや、どっちにしろダメだ。
不覚にも取り乱し、ちょっとした一人会議を行っていた俺は、改めて校舎を出ようとしていた彼女の方を向いた。
それに気づいたミドリは、横目で俺を一瞥したあと、『私は何も見なかった、初めから誰もいなかった』とでも言いたげな感じで去っていった。
呆然系男子がここに生まれた。
だが!
そんな理不尽な出来事にも俺は冷静でいたと言わせてもらおう。
まぁ、何が起きているのかさっぱり理解できなかっただけだけどな。
道を歩いてたら、横道から地球外生命体が出てきて、突然ぶん殴られたって気分だぜ。
だってそうだろ?
なんで初対面の女からこんなに嫌われなきゃならないんだ?
そりゃ、たまにナルシストと呼ばれることもないわけじゃないが、基本的に俺のルックスはB+で、調子がいいときはA-だ。あそこまで嫌われる要素は無い。
だいたい、挨拶しようとしただけだ。さっきのやり取りに不備があるのなら、誰か正解を教えてくれ。
こんな最悪な初対面、生まれて初めてだ。
いったい何なんだよ、こいつは。




