はじまりの刻(二)
四月入学生に比べ、九月入学生は秀英院は少ない。
そのため、入学式も規模は小さい。それは不幸中の幸いだったな、と小聿は思った。
――――これで四月だったら、ほんとに無理だった……
心底そう思いながら、彼は膝の上に置いた宣誓文の原稿に目を落とし、小さくため息をつく。
秀英院大学は、秀英院生であることを示す金色のフォークリングが与えられる。学生たちは、学内に入る時、学内で活動するときには必ずこのフォークリングを身に付けなければならない。卒業後も、秀英院卒業生はこのフォークリングを身に付け続けている者も多い。金のフォークリングをしている者は聖国内きっての英才であることを意味し、それを身に付けていることはある意味ステータスであった。
小聿も、例に漏れず金のフォークリングを大学より与えられた。彼はこれから成長していく。在学中にサイズ直しをせねばならないだろうねと職員が彼に渡す際、笑いながら言った。
やがて、もうこのままこなければ良いと思っていた出番が来た。
「新入生総代 源小聿くん」
「はい」
まだ声変わりもしてない、幼い愛らしい声が響く。
ざわめきが起こる中、小聿は舞台へと上がる。中央には総長が立っており、その前で宣誓をしなければならない。
絹のような黒髪を丁寧に丫角に結い上げ、秋らしい茶褐色の羽織、銀鼠の袴と上衣を身に纏ったその幼子は、歳に似合わぬ優雅な足取りで舞台中央に向かって歩く。そんな幼子を、列席者の目が追う。
中央に着いたところで、小聿は一礼をして総長の方を向く。
――――あ、私が小さすぎて総長どのの顔も見えないし、魔術拡声器の位置も高すぎて届かない……
そのことに気づいたのは、式場にいた全員で、関係者が慌てた様子で足台の用意に走る。
だが、それに気づいていない小聿は小首を傾げ、ややあってため息をつくと、左手でさらりと印を切り足元にとん、と手をついた。
「反転重力」
足元に魔法陣が浮かび上がり、ふわりと彼の小さな体が浮く。
どよめきが大きくなる。
目の前で突然浮かび上がって、自分の視線の高さまで上がってきた愛らしい幼子を秀英院の総長は目を瞬かせながら見つめる。
そんな彼に、さらりと優雅な所作で小聿は礼をすると、持っていた宣誓の原稿を手に広げ、落ち着いた様子で言葉を紡ぎ出した。
澄んだ秋空が気持ちの良き日に、わたくしたち新入生は秀英院大学の入学式を迎えることができました。
本日はわたくしたちのためにこのような式典を催していただき、誠にありがとう存じます。
晏総長をはじめ、関係者のみな皆さまに新入生を代表して、心より御礼申し上げます。
秀英院の歴史は、今から1200年以上前に創設された貴族秀英院に始まります。戦乱からこの聖国が、その傷を癒やし人々が智に対しその意識を向け始めたこの時代は、「叡智の探求と昇華」のはじまりと言えるでしょう。そうした時代に、高き志と深き知性をもって本学の建学に尽力した当時の知識人たち意思を受け継ぎ、遥かなる未来を見据えること――それこそが、この学舎に集う者たちに課された使命であると考えております。
今、聖国は、時代の大きな転換点に差し掛かっています。積み重ねられてきた叡智は、価値観と倫理を多様な形へと変容させ、我が国の在り方を改めて問い直すべき刻が訪れているのです。このような変革の時代を生きる我々に求められているのは、物事の本質を見極める洞察の眼です。数多の課題が渦巻く中にあって、真に目指すべき核心を見抜く叡智こそが、今、我々が追い求めるべきものなのです。この叡智への飽くなき探求の姿勢を、我が身をもって体現し続けていきたいと、心より願っております。
わたくしたちは、これからこの恵まれた環境で多くのことを学びます。山積する課題に真摯に向き合い、その本質に迫るため、多面的かつ精緻なる思考を重ねることが求められます。この学舎はそうした多角的な知の構築を可能とします。叡智の探求を信念とし、得られし知識を己のために留めることなく、他者のため、そして聖国の未来のために活かす志を抱き、より良き国づくりに資する者たらんことを願っております。そのためにも、多様なる思想を尊び、物事を多角的に俯瞰する視座を養い、知識に根ざした教養と高き専門性を備えし者となるべく、日々研鑽を重ねてまいります。
また、わたくしたちはこれからこの秀英院で同じ理念を共有する新たな同志と出会います。この学舎で出会い、共に歩む同志との縁を大切にし、対話を重ね、互いに高め合える関係を築いてまいりたいと存じます。そして、多様な視点によって相対化される自分自身を深く見つめ、社会に奉仕する者となるべく、日々の学びに真摯に向き合ってまいります。
最後になりましたが、晏総長をはじめ、諸先生方、そして本日までわたくしたちを支え応援してくださった方々に、秀英院で学ぶ機会を与えていただいたことに改めて感謝申し上げます。
本日ここにわたくしは本学新入生総代として、 学を志す者としての矜持を常に忘れず、先人の積み上げた学知に敬意を払い、真摯な学究に努めることを誓います。 本学の学徒として、百折不撓の精神で自らの研鑽を絶やさぬことを改めて誓い、宣誓の言葉の結びといたします。
新入生代表 総合学部 源小聿
原稿を手早くたたみ目の前の総長に渡すと、小聿は一礼をして、足元に向けていた集中を散らす。
軽やかに舞台に降り立つと、くるりと後ろを向き一礼する。そうして彼は落ち着いた様子で舞台から降りていったのだった。
入学式が終われば、各学部ごとの初回オリエンテーションが待っている。
小聿はたった一人の総合学部生なのでオリエンテーションも担当者の事務員がやってきて、彼のためだけに丁寧に行なった。また、はじめて稼働する総合学部の学部長は総長が自ら務めるとのことで、長い説明の後、総長室へ挨拶へ行った。
総長は大変穏やかな気質の人で、やってきた小さな新入生を己の部屋に喜んで招き入れた。
「いやぁ、まさか自分の孫より年下の学生がやってくるとは思わなかったよ。それが私の久しぶりの担当学生になるとは」
彼はソファに小聿を座らせ、自分自身は奥のデスクの前の椅子にゆったり座ってそういった。
「君が優秀だと言う話は予々聞いていたよ。皇宮にいる時にはお会いすることはないと思っていたが。こうしてお目にかかれて光栄だよ」
「わたくしも大変光栄に思っております。先生の著書は、皇宮に身を置いている時から何度も拝読しました」
そうか、そうか、と総長は嬉しそうに笑った。
「これから、好きなことを好きなだけ、大いに学びなさい。君が望む学びを秀英院は惜しみなく提供しよう」
「ありがとう存じます」
「小聿くん。秀英院は学びの宝庫だが、自ら学びに向かわねばただの知識をしまい込んだ倉庫でしかない。あれだけ立派な宣誓をしてくれた君のことだから、大丈夫だとは思うが、学びに対して受け身ではいけないよ。常に貪欲であって欲しい。君が学ぶことに貪欲であればあるほど、この秀英院は君にとって素晴らしい学舎となる」
「はい」
「明日からの君の学びが明るい未来につながるように、楽しみにしているからね」
小聿はその言葉に小さく頷き、明日からの日々に想いを馳せたのだった。
源小聿、五歳の秋。
それは、憧れた学舎の門を叩き、智の探求の日々がはじまる刻であった。――――いろどりの追憶・第二巻・百九十三頁
これにて、「はじまりの刻編」が終了です。
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