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いろどりの追憶〜星森の大陸の生きとし生けるものの安寧を強く願った人々〜  作者: 裕邑月紫
はじまりの刻

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賭けの行方(二)

 秀英院からの知らせは、認定試験と同じようにお昼を過ぎた頃に届いた。

 相当、気になっていたのだろう。昼には一度結果を知りたいから、と彩芝(さいし)芳崇(ほうすう)も一条屋敷に戻ってきた。

 届いた封書を本殿の中広間で皆が注目する中、小聿が開封する。

 中身を見て、彼はふふふと笑った。


「賭けは私の勝ちです。お祖父さま、私は犬が飼いとうございます。東の院にいる時から犬が側にいたら楽しかろうと思っていたのです」


「なんじゃ、不合格だったのか」


 少し落胆したような顔で彩芝が言うと小聿はいいえと言って、結果を祖父に手渡した。


「私は、皆が言っていたどの学部にも行きません。行くのは総合学部です。あ、でも……学費が跳ね上がるのです。その点はお許しいただけるでしょうか。お許しいただけるなら、これから東の院でお世話になった講師の方たちに推薦状をいただき、私自身は課題提出と面接を経て、学部二年に編入します」

 

 さぁ、なんの犬種にしようかな……大きいのがいいなぁ……でも散歩が大変だろうか……と紫の瞳をキラキラさせながら彼はすでに犬のことを考え始めている。

 

 彩芝は受け取った結果に視線を落とす。

 

「総合学部じゃと?しかも、2年次に編入許可を得た?最優秀合格者?」

 

 呆然とした表情で彩芝は呟く。

 隣で彩芝の持っている書類を覗き込んでいた芳崇もあんぐり口を開けている。


「総合学部とはなんです?聞いたことがありませんよ?」


 葵子(きし)が首を傾げながら言うと、彩芝は魂の抜けたような顔のまま妻の顔見る。


「それはそうだろう。幻の学部じゃからな」

「幻の学部?」

「そうです……伝説の幻学部。秀英院が設定しつつも、それに入れる人間はいないだろうと言うことでそもそも公表していないんですよ……。一応、秀英院生の間では知られているんですが。たぶん、小聿どのが史上初じゃないかな……。この先も、出ない気がする。ええぇ……今秀英院内部、パニックになってるのではないですか?」

「なんぞの間違えではないのか?」


 未だ呆然としたまま、彩芝が言う。


「いやいや、義父上。秀英院にミスなんてあり得ないことは義父上はわかっておいででしょう?」

「そう、じゃな…」


 秀英院を卒業した二人は、まともな説明もせぬままついていけない状況に苦しんでいる。

 湘子は父と義弟から答えを引き出すことを諦め、息子本人に尋ねることにする。


「小聿、一体なんなのじゃ?」

「やはり、真っ白な犬かな。ああ、でも……小さいぬいぐるみのような犬も捨てがたい。それとも……」

「小聿!」


 少し強めに母に名を呼ばれ、小聿はハッとする。そして、恥じたようにすみません、と言う。


「つい、心が犬に……なんでしょう、母上」

「そなたが行きたいという総合学部とはなんなのだ?」


 母の問いに、ああと小聿は微笑んだ。


「簡単に言うと、すべての学部の専門科目を好きなように学んで良い学部です」

「すべての?」

「はい。通常、学部が決まると専門科目は進学した学部のものしか学べないのです。たとえば、お祖父さまがご卒業された法学部は司法関係の専門科目は選択できますが、他の学部……例えば叔父上が学ばれた社会学部の科目は選択できないのです。総合学部はそうした制約がなく、好きなものを好きなだけ選択できるのです」


 語る小聿の紫の瞳はキラキラしている。


「お祖父さまは、私に法学部へと仰せでしたが私自身は医科学や魔術も学びたく思いまして。それならば、総合学部に入れればすべて学べるだろうと思ったのです」


 これで思う存分学べますと彼は微笑んだ。


「その総合学部はどうしたら入れるのじゃ?」


 湘子が尋ねると、小聿はこともなげにこういった。


「1350点以上取れば、入れます」

『1350!?』


 一同の声が綺麗に唱和する。

 彩芝は手に持った書類を一同が見えるように、畳の上に置いた。


 結果の書類には以下のように書かれていた。



 合格通知


 氏名:源小聿

 総合点数:1374

 可能選択学部:総合学部(10学部単独選択も許可する)


 二年次に編入試験希望の場合は、8月5日までに手続きを取ること。

 特別課題は手続き時に沙汰する。

 面接日も同様に手続き時に沙汰する。

 なお、推薦人を5名用意すること。


 本試験にて上の者は最優秀合格者であるため、九月の入学式では新入生総代宣誓をお願いします。

 こちらについては、別途お知らせします。


「26点しか落としてないと言うことですか?」


 掠れた声で蕗隼が言うと、小聿はうん、と頷く。


「てるてる坊主のおかげだよ」

「いやいやいやいや、違うでしょう」


 そうだろうかと小聿は首を傾げる。


「雨が降ったら、苦手科目で足切りラインの6割に届かず不合格だったと思うけど」

「ちなみに、26点は一体何を落としたのかわかっておいでなのですか」

「わかっているよ。他大陸言語でそれぞれ10点ずつ落として、あと、他大陸史の王朝名を一つ間違えたのだ」


 本で何度も確認したのになぁ……向こうの王朝名はどうも覚えにくくて良くないとちょっと悔しそうに彼は言う。

 

「若。若は試験前日、賭けに参加するとき、皆の予測を裏切るとおっしゃっていましたよね?すでに1350以上取れると思っておいでだったのですか?」

 

 汝秀(じょしゅう)が尋ねると小聿はふふふと笑って頷いた。


「雨が降ったら落ちて、雨が降らなければ1350以上取れるだろうと前日の時点で思っていたよ」


 けろっとした顔で彼は言う。

 

 それを皆なんとも言えない目で見る。

 小聿は未だ呆然としたままの祖父を見て、小首を傾げる。


「あの、お祖父さま。それで、学費が総合学部は跳ね上がってしまうのですがお許しいただけますでしょうか。それから……犬は飼ってもいいですか」


 孫息子の問いに、彩芝はハッとする。


「総合学部の学費は心配せずとも良い。犬は……もう好きなだけ飼いなさい」

「いや、流石にそれは。一匹で十分です」


 少し面食らったように答える小聿を見て、源家の中広間に笑い声が上がる。


「では、この賭けは小聿どのの一人勝ちかぁ。いやぁ、参った」


 芳崇の言葉に、ハッとした顔をしたのは彩芝だ。

 その顔を見て、芳崇は首を傾げる。

 

「どうしたんです、義父上」

「いや、この賭け、小聿の一人勝ちではない」


 彩芝の言葉になんと!と一同驚きの声を上げる。

 小聿もそれは予想外だったらしく、紫の瞳を瞬かせた。


「ひょっとして、紫苑(しえん)どのが当てたのですか。さすが、元傅役。小聿若君のことをよくわかっていらっしゃる」


 感心したように蕗迅が言うと、彩芝は首を振った。


「いや、紫苑は魔術学部に賭けたのだ。魔術は小聿にとって大切なものだからと。実はもうお一人(・・・)、小聿が秀英院を受験することをご報告申し上げた(・・・・・・・・)ところ、賭け事になったと言う話をしたらぜひ参加したいと仰せになられて(・・・・・・・)……」


 祖父の言葉に小聿は顔を引き攣らせる。


「ま……まさか……」

「そのまさか、じゃ」

 

 小聿は己の体を抱きしめる。怖いもの聞きたさで、問いを重ねる。

 

「……あの、なんと仰せになられたのですか……」

「うむ……あの子のことだ。きっと皆が驚く学部に進学するであろうよと仰せ(・・)であった。どう言うことか尋ねてもそれ以上は教えてくださらなかったが、お前が総合学部に進学すると思し召しになった(・・・・・・・・)のだろう……」

「…………」


 二人のやりとりに皆眉を寄せるが、ややあって、あぁ!と湘子が声をあげころころと笑い出す。


「まったく。1350点以上取ることに賭けるとは!聖国一の親ばか(・・・)じゃの」

「母上っ!」


 悲鳴に近い声で小聿は母を呼ぶ。

 一同は湘子の言葉を脳内で再生し――――


『主上!?』

「うむ」


 一同の声に、彩芝は頷く。

 

「なぜ……かようなおふざけに参加しようと思し召しになったのか」

(とと)さまは、存外こうしたことが好きなのじゃ」

 

 若干顔を青くしてうめく小聿に湘子は楽しげに答える。二人を除く一条源家の一同が、自分たちの遊びに皇帝が参加したことに震え上がったのは言うまでもない。

 


 こうして秀英院の入試にまつわる賭け事は、水鏡殿の幼き主と彼の父の勝ちとなった。希望通り、近々水鏡殿の主の元に可愛い家族が増えることが決まり、彼の父には犬と共に撮影した魔術写真が贈られることになったのだった。――――いろどりの追憶・第二巻・百七十九頁


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