学舎の門を叩くには(二)
三月末に臣籍降下をし、源家にやってきた小聿の様子を大変心配していた源家の者たちだが、五月の末に秀英院大学受験を宣言し、受験勉強を始めた彼を見て余裕が出てきたようだった。五月の半ばあたりまでは、毎日毎日、幼い若君の様子を気にし、案じ、一同に笑顔もあまり見えなかったが、今は皆が笑顔でいる時間がずいぶん増えた。
その日、夕餉を終え、受験生の小聿は早々に本殿を辞して水鏡殿に戻って行った。それを見送りしばらくして、ふと、誰かがこんなことを言い出した。
「来月の認定試験、小聿若君さまは合格なさるか、否か?」
「お、賭けるかい?」
それを聞いた源家の若殿・芳崇が酒を飲みながらニヤリと笑う。
それに、何人かの家人がいいですよ!乗ります、と言う。
首座でそのやりとりを見ていた源家の主・彩芝は声を立てて笑い出した。
彩芝が笑うので、一同主を見る。
「義父上、何がおかしいので?」
芳崇が尋ねると、彩芝はなおも笑い続けている。ひとしきり笑った後、彼は口を開いた。
「やってみれば良いと思うが……おそらく、賭けにならぬのではないか?」
「えぇ?」
賭けをしようと言っていた面々は怪訝な顔をする。
やってみよと笑いながら彩芝が促すので、芳崇は頷く。
「小聿どのが、認定試験に合格すると思う者」
するりと挙がる多くの手。
「不合格となり、来年の冬、再受験になると思う者」
しーーーーーーーん。
「ほら見たことか。賭けにならぬではないか」
「あー……」
芳崇は頬をかいた。彼は家人たちの顔を見廻す。
「誰か、再受験に賭けなさい」
「若殿、それは無茶苦茶です。負け確定ではないですか」
芳崇の言葉に、不満の声が上がる。
「くだらぬことをしとらんで、見守ってやらぬか」
呆れた顔で彩芝が言うので、一同シュンとなりそれぞれの仕事に戻っていったのだった。
頭痛と闘いながらの受験勉強を乗り越え、七月頭に小聿は3日間に渡る認定試験を受けた。
認定試験は難易度の点から大学受験よりは易しく、足切りラインが各教科60点で総合で1100点を越えなければならない。
結果は試験の2日後に連絡が来ることになっていた。
試験最終日、無事認定試験を受け終わった小聿は、一条に戻るなりこう言った。
「他大陸言語の足切りラインさえ越えられば、受かると思う」
彼の言葉は宮から帰宅した彩芝と芳崇にすぐに報告された。
「足切りラインということは、他大陸言語が怪しいということなのでしょうか」
「ふむ」
芳崇の言葉に、彩芝は腕を組んだ。
このひと月、小聿の勉強具合がどの程度なのか実は彩芝は把握していない。
「そなたの方が、あれの勉強を見ていたのではないのか。他大陸言語はどうだったのだ?」
「苦手だとはおっしゃっていました。ただ、私が見ていたのは数学だけだったのです。それも過去問を数回見ただけで……」
「なるほど」
家族が待っている本殿の中広間に行くと、すでに小聿も水鏡殿から渡っており御膳の前でお行儀よく座って本を読んでいた。
「おかえりなさいませ」
家族たちに迎えられ、主と次期当主が席につくと夕餉が始まる。
「小聿」
「はい」
彩芝が声をかけると、小聿は静かに返事を返してきた。
「試験は如何であったか?」
問われて小聿は困ったような顔をする。
「2つの他大陸言語の足切りラインを越えていれば、認定試験は受かると思います……」
「ふむ、他大陸言語は苦手なのか」
「あまり得意ではありません……」
「小聿どのの弱点は他大陸言語か!」
からからと芳崇が笑う。
「長文を読んでいる途中で、思考が霧散してしまって……最終問題の作文もミスがすでに思いつくのです」
しょんぼりした様子の小聿を皆意外な思いで見つめる。
「まぁ、まだ結果は出ていないのだから希望を持ちましょう。それに、今回がダメでも冬に受け直せばいいのです。小聿どのはそもそもあまりに低年齢で挑戦するのですから、気にすることはありませんよ」
葵子の慰めに、はい、もうあとは果報寝て待てですねと言って小聿は弱々しく笑ったのだった。
2日後。
秀英院から認定試験の結果が届いたのはお昼を過ぎた頃だった。
「若、届きましたよ」
水鏡殿の勉強部屋で勉強中の小聿に、蕗隼が届いたばかりの結果の入った封書を渡す。
「ああ、ありがとう。さてはて……どうであろう」
蕗隼と汝秀が見守る中、封書を開け結果を見る。
小聿は、ほぅと息を吐いた。
「あぶな……かった……」
「受かったので?」
小聿は苦笑いをしながら頷いた。
「どうにか、ね。他大陸言語をあと3点落としていたら落ちていたよ…」
「ええ!?」
小聿は、二人に結果を見せた。
総合点数は1194点。彼が心配していた2つの言語は、1つが62点、もう一つが64点だった。
蕗隼と汝秀は意外な面持ちで小さな主を見た。
「若にも弱点があるのですね」
「それはもちろん」
「他大陸言語が苦手ですか」
「あまり得意ではない……かな。そして何より……」
「何より?」
小聿は少し悔しそうな顔をした。
「他大陸言語の試験は3日目の午前にあったのだよ……」
「それが何か問題なので?」
「ある……」
小聿はため息をついた。
「3日目の午前は雨が降ったではないか」
あー……と側近二人は合点が言ったような顔をする。
「もう、頭が痛くて痛くて……本当に辛かった……」
「若は雨で弱体化しますね」
「…………大学入試当日の3日間は、雨が降らないことを祈ろう」
「そうですね……」
何はともあれ。
源小聿は学舎の門を叩くための第一関門を突破したのだった。――――いろどりの追憶・第二巻・百六十四頁
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