学舎の門を叩くには(一)
星森大陸を治める国・聖国の皇都・聖都。
その聖都には、国内の英才たちがあつまる最高学府・秀英院がある。
幼稚舎から大学院まである学府だが、入学も卒業も至難を極める。さらに進級においても厳しい試験が課され、途中で他校に移動することも珍しくはない。門戸は優秀でさえあれば年齢性別身分出身を問わず開かれているが、とにかくその門をくぐるのが難しい。飛び級制度も認められ、各認定試験に合格しさえすれば、学生本人にあった環境、学年で学ぶことがゆるされる。
その門を、一条源家に今年の三月末から家族として迎えられた幼子――源小聿はくぐるための準備をしていた。
「結局、何回試験を受けなければならないのですか?」
渋い顔をして、ちびちびと薬湯を飲んでいる小聿に汝秀が尋ねる。尋ねられた小聿は、えーと、そうだね……と首を傾げながら口を開く。
「まず、兎にも角にも大学受験資格認定試験に受からなければならないのだよ。これに受からなければ、そもそも秀英院大の受験ができないから。高校から……と言うのも検討したのだけど、高校でやることはもういいかな……と思って」
秀英院を受けようと考えてから、資料を取り寄せたり東の院にいた際世話になった講師や官僚に問い合わせたところ、高校での学びは小聿には不要なように思えた。問い合わせに応じてくれた人々もこぞって、大学受験資格認定試験を受けて、大学受験をした方が良いと助言をくれたので素直に従うことにした。
「この認定試験が来月頭。これが14教科」
その数を聞いて蕗隼は眉を寄せる。
「14教科……ちなみに何があるのです?」
「数学、物理、化学、生物、魔科学、星森大陸史、他大陸史、政経、地理、古典、現代文、古代魔語、他大陸語(2言語)だね」
「たくさんですね……あとひと月やりきれるのですか?」
小聿は肩をすくめた。
「どうだろう?過去問をざっと解いてみたけれど、全科目はもうやらないでいいかと思っているのだよ。時間が足りないから……」
なんせ、あとひと月だからね、と呟き、残りの薬湯を飲む。本当にこれで頭痛は改善されるのだろうか。
「では何を重点的に?」
「そうだね……苦手な他大陸史と他大陸語を重点的にみて、数学は得意だから点数を稼ぐためにやろうかな。あとはもう出たとこ勝負で……」
小聿の言葉に二人はため息をついた。
「まず、そもそもひと月でどうにかできるお話ではない気がするのですが……」
「まぁ、ダメだったら素直に来年受験し直すよ」
そもそも、受けようと考えたのが先月だしね……と彼は笑った。
「もし、認定試験に受かったらどうなるのですか」
「もし受かれば、また14科目の試験だね」
「ええ?」
「今度は大学受験となる。少し難易度が認定試験より上がるようだよ。これが来月末」
薬湯を飲み終え、器を蕗隼に返しながら小聿は首を傾げる。
「それをパスすると、試験成績によって選択できる学部がきまる」
「秀英院大は学部もかなりたくさんありますよね」
蕗隼の言葉に小聿は頷いた。
「そうだね。一応、10学部とされている。イレギュラーが一つあるのだがそれは置いておいて……お祖父さまが卒業なさった法学部、芳崇叔父上が卒業なさっている社会学部、政治経済学部、文学部、教育学部、理工学部、芸術学部、魔術学部、産業学部、医科学部だね」
「それで、入試は希望学部によって違うのですか?」
小聿は首を振った。
「他大学はそうなのだけど、秀英院はそうではないからそこが一つの関門ではある。どの学部を希望するにせよ、一律14科目の試験を受けて、総合点数を出す。全ての科目の足切りラインをパスした上で、総合点数によって選択の幅が変わってくるようだよ」
「……過酷ですね。足切りラインに、14科目ですか。殿も若殿も優秀なのですね」
小聿は深く頷いた。
「おそろしく、優秀であられるよ」
「芳崇さまはお話ししている感じだと、のんびりなさっていて、その……失礼ですが、秀英院卒というのが意外でした」
正直に汝秀が言うと、小聿は喉を鳴らした。
「いや、叔父上は本当にすごい方だと思う。昨日も、夕餉の後にいくつか過去問の解説をお願いしたのだけど、とても明快でわかりやすかったよ。身近に教えを乞える方がいて私は運がいい」
「足切りラインは何点なのですか?」
「各科目6割だね。つまり全て6割取れば、840点。840点取れば、芸術学部には入ることができる」
なるほどと二人は頷く。小聿はようやく苦手な薬湯を飲み終え、小さく息を吐く。彼は空になった椀を蕗隼に渡すと言葉を続けた。
「でも、芸術学部は個人的に舞や古典楽器は母上についているからあまり、ね……美術系もそれほど興味があるわけではないし」
「そうですね」
「そうすると、次が860の文学部、880の産業学部、900の魔術学部、930の教育学部、950の理学部、980の社会学部、1100の医科学部、1200が二学部あって政治経済学部と法学部、となる」
「1200取れば、どの学部でも選べると言うことですね?」
「そうだね」
小聿は両耳を引っ張ってくるくる回し出す。
「何やってるんですか、若」
「いや、さっき、尚仙がこの頭痛は気圧の変化によるものだと言ったから……耳に刺激を与えて内耳の血流を上げればマシになるかな、と」
「はぁ……」
「若はどこの学部に行きたいので?」
蕗隼に問われて、小聿は少し困ったような顔をする。志望学部については、おととい祖父と話をして意見が分かれたばかりなのだ。
「医科学部を希望しているのだけれども……お祖父さまはいい顔をなさらなかったのだよ」
「若はお医者さまになりたいので?将来的に太医令を目指されるおつもりですか。流石に源家の者が医官というのは……」
太医令とは、皇宮の聖医療館のトップで皇帝と皇子の健康を管理する国のトップ医官である。小聿もつい先日までは、現在の太医令に大変世話になっていた。小聿は小さく首を振った。
「いや、私はあくまで、いつかは地方の太守かどこかの省庁の末席にでも……と思っているから……」
「まだそんなことを言っているのですか」
呆れた顔で蕗隼が言うと、小聿は至極真面目な顔で頷く。
「もちろん。むしろ、現実的になったのではないかと思っている。皇族ではなくなったわけだし……」
「殿が首肯なさるでしょうか?」
「…………」
小聿は渋い顔をした。
「では、なぜ医科学部を?」
「……私の周りで傷付いた者があまりに多かったから……あのようなときすぐに動ける人でありたいと思ったのだよ。傷ついている人、病に苦しんでいる人の役に立てたら、いいなと思って。地方の太守になって、地方医療に関われたら幸せだよ」
地方の医療体制はまだまだだからね、と彼は言った。彼らしい理由だと、蕗隼と汝秀は思った。
「殿は、どこへ行ってほしいとおっしゃられていたのですか。やはり、法学部ですか」
小聿は頷いた。
「ご自身がそうだからね。お気持ちはわかるけれど、1200点はなかなか……。全て86点となると厳しい。私はどうも他大陸語が弱いらしく過去問でも7割取れるか取れないかなのだよ……」
「それでも6割は取れるのですね……」
「6割ならば……」
小聿はため息をついた。
「まぁ、1200は無理だろう。目指せ1100かな。それで医科学専攻にしようと思う。ダメだったらせめて900は確保して、魔術学部に。点数が取れなかったならばお祖父さまも諦めてくださると思う……たぶん」
まぁ、900どころか、来月頭の認定試験さえ受からなければ笑ってしまうのだけれどもと言って、小聿は先ほどの数式に目を落とす。
蕗隼と汝秀はそっと顔を見合わせ頷くと、静かに水鏡殿の勉強部屋を出ていった。
残された小聿は、再びペンを手にサラサラと問題を解き始める。
薬湯とマッサージのおかげで頭痛は少し緩和した気がした。
水鏡殿の前の庭に落ちる雨音は止むことなく、静かに音を奏で続けていた。




