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いろどりの追憶〜星森の大陸の生きとし生けるものの安寧を強く願った人々〜  作者: 裕邑月紫
はじまりの刻

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源小聿として生きる(二)

「さぁ、着きました。若を待っているかたがいらっしゃいます。参りましょう」

「私を、待っている人……?」

 

 誰だろう?と小聿は首を傾げる。

 湖畔の周りは見事な花畑が広がっていた。美しい春の花々を前に、小聿はため息を漏らす。

 花を愛でながら歩いていくと、一人の少女が花畑の真ん中に立って湖を見つめているのが見えた。

 驚いて隣を歩いていた蕗隼と汝秀を見ると、二人は笑って頷いた。


「私たちは向こう側におりますね」


 蕗隼が指差した方に目をやれば、見慣れた人がベンチに座って何かを飲んでいた。その人の近くには、家の者だろうか、数名の人が控えるように立っていた。


 小聿は頷き、一人少女の元へ足を運ぶ。

 彼の足音が聞こえたのか、少女は振り返った。そして目が合うと、その愛らしい顔に笑顔を浮かべた。


「お久しゅうございます、小聿さま」


 紅の瞳を優しげに細めて少女――水織(みおり)は軽く頭を下げた。


「お久しぶりです、水織どの」


 隣にならうと、水織はふふと笑った。


「なんだか、小聿さまがそうした格好と髪型をなさっているのが不思議です。いつもお会いするときはお着物をお召しになって、丫角(あかく)に結っておいでだったから」

「おかしいだろうか」

「いいえ、とてもいいと思います」

「水織どのも、いつもお会いするときは着物で髪を高く結っておいでだから、はじめどなただろうと思ったよ」


 髪の色と瞳の色ですぐわかったけれどね、あなたの髪と瞳はとても綺麗な紅だからというと水織はにっこり笑った。

 今日の水織は小聿と同じように、着物を着ていなかった。薄い黄色の春らしいワンピースに、白い帽子を被って、あの赤い髪は綺麗に編んでいた。

 二人は水織の足元に敷いてあったシートに並んで座る。


「しばらくお伺いできなくてごめんなさい。その間に大変な思いをなさったこと、一条にいかれたこと、父から聞きました」


 水織とこうして会うのは、実に半年ぶりであった。

 彼女は、母親である(みお)、妹の露華(つゆか)と共に東の院にきていたが、昨年の暮れからとある事情により来られなくなっていた。


「うん……澪は……母君は大事ないだろうか」


 ずっと気にしていたことを尋ねると、ええ、もうすっかり大事ありませんと水織は言った。


「近頃は、お腹のややこが大層蹴るのだ、とても痛いと嘆いています」


 その答えに小聿は微笑んだ。


「そうか。会えるのが楽しみだね」

「ええ。露華は子分ができると思っている節があるのです。母のお腹に向かって、出てきたら私の手伝いをなさいと言っています。父はそれを見て、出てきたくなくなるんではないかと冗談を言っているのですよ」

 

 いかにも露華が言いそうなことだと、小聿は笑った。

 小聿の乳母を務めていた澪は三人目の子を紫苑(しえん)との間に授かり、昨年の暮れから東の院には来られなくなっていたのだった。

 ふわりと薫風が吹き抜けて、花を揺らす。


「紫苑……父君から聞いていると言っていたけれど」

「はい」

朔侑(さくゆう)が……今年の一月に、央茜(おうせん)じいが二月に、身罷ったよ」

「はい」

 

 水織は静かに返事をした。見ると紅の瞳は寂しげに揺れていた。

 しばらく揺れる花を見ていたが、やがて水織はポツリといった。



「さみしゅうございますね」



 その言葉は、とても単純だった。

 そんなこと考えたこともなくて、小聿は目を瞬かせた。

 

 朔侑が亡くなったことも、央茜を自ら弾劾し死に追いやったことも、己の存在のせいだ、己が不甲斐ないせいだ、どうしたらよかったのだろう、亡くなった彼らにどう報いればいいのだろう、と考え続けていた。父と会えなくなったことも、父と母を離れ離れにしてしまったことも、自分が弱いからだ、申し訳ない、どうしたら償えるのだろうと考え続けていた。ただただ、答えを見つけられずに一人もがき苦しんでいた。


「私なんかが、皆がいなくなったことを寂しいと思って良いのだろうか」


 思わず問いを口にすると、水織は不思議そうな顔をした。


「どうして、そう思うのですか?」

「皆私のせいで……」


 水織は首を振った。

 

「私は、小聿さまのせいだとは思いません。でも、小聿さまはそう思ってしまうのですね」


 水織は口を閉ざし、しばらく考えていた。


「うまく言えませんが……たとえどんな理由であれ、大好きな人たちにもう会えないことを寂しいと思って当たり前ではないのですか。それは紛れもない小聿さまのお気持ちでしょう?」

「うん……」

「私も、寂しいです。朔侑や央茜さまともうお会いできないことが」

「うん……」

 

 水織は足元の小さな花を優しく指で突いた。


「寂しいと思うのは、朔侑や央茜さまが大好きだったから。だから、大好きだったことはちゃんと大事に覚えておきたいのです」


 ああ、そうか。

 この苦しい気持ちは、そんな単純な気持ちだったのか、と小聿は思った。

 思わず小さくため息をついた。


「大好きだった……うん……」

 

 小聿は花畑の奥にある湖に目を向ける。ゆるりと瞳を閉じると、瞼の裏に大切に思っていた人たちの姿が浮かんでは消える。


「私は、大好きだった。朔侑のことも央茜じいのことも。亡くなってしまった他の皆のことも。だから、もう会えなくて寂しい。父上にも、もうこれまでのようにお会いできなくて寂しい。父上を父上とお呼びできなくて寂しい」

「はい」

 

 水織は静かに頷いて、小聿の手にその手を重ねた。


「さみしゅうございますね」

「うん」

「でも、大好きな人たちとの素敵な思い出も私は忘れたくありません。朔侑と遊んだり美味しいお菓子を食べた思い出も、央茜さまにご本を読んでもらったりお話をした思い出も」


 小聿は頷いて、隣に座る水織を見た。紅の瞳がじっとこちらを見ていた。


「私も忘れたくない。朔侑との楽しかった日々も、央茜じいとの幸せな時間も」

「はい。では、二人で覚えておきましょう」

「うん」

「きっと、寂しいと思う時はこれからもあると思います。でも、いいと思うのです。私が寂しいと思ったときは、小聿さまにお話ししてもいいですか?」

「うん。私が寂しいと思ったときは、水織どのにお話ししてもいいだろうか」

「もちろんです。二人で寂しいね、と言いましょう。それから、楽しかったこともお話ししましょう」


 

 二人はその後、いなくなってしまった者たちとの思い出を話した。

 寂しい気持ちは溢れかえったけれど、それだけではなく、確かにあった幸せな時間を感じることができた。

 誰かと気持ちや思い出を共有することが、思いの外ホッとさせてくれたことに小聿は驚いた。

 そして、水織が一緒に寂しがって、幸せだった日々を懐かしんでくれてよかった、と思ったのだった。



 訪れた地は、(とく)家の領地だった。


 この湖とその周りの自然がお気に入りなんですよ、とベンチで蕗隼たちと待っていた元傅役の篤紫苑は笑った。

 それから数日、小聿は篤家の別荘で水織や紫苑と滞在し、聖都に戻ったのだった。



 聖都に戻ってから自分のために祖父母や家人たちが最大限気を配って建ててくれた水鏡殿で、できることをやるようになった。


 舞や古典楽器は、母について学ぶようになった。

 茶道、華道、香道は祖母について学ぶようになった。

 仕事が休みの日には、祖父が共に本を読んで、さまざまなことを教えてくれた。

 祖父はとても博識で、さまざまなことに通じていた。また実際の経験なども聞かせてくれることが多く、それは大いに学びとなった。

 

 三人から学びつつ、共に時間を過ごすことで今まで母子、祖父母孫としていられなかった時間を埋めていく。

 叔父と将棋を指したり、従兄弟や叔母と遊ぶ時間も持つようになった。

 

 少しずつ、少しずつ。

 周りが心配しない程度に、やることを増やしていく。

 家族との会話も、家人たちのとやりとりも。


 そうして過ごしているうちに、自分がどうすべきなのかが少しずつ明確になってきた。


 ――――恩を返そう。報いよう。


 自分を一条に受け入れると決意してくれた祖父に。

 その祖父の決意を受け入れ、共に自分を受け入れてくれた家族や家人たちに。

 共に一条に降ってくれた母に。

 常に自分のそばにいてくれる側仕えたちに。

 自分のせいで、命を落とした人々のために。

 自分のせいで、犯さなくても良い罪を犯してしまったあの人に。

 きっと、遠くで自分を信じてくれている人のために。


 そうして、彼らに報いることが今の自分にできることなのだと思った。


 そろそろ聖都に梅雨の季節がやってくる。

 明日からは雨が続くのだ、と家人たちが言う。


 ――――この梅雨がまずは勝負の時となる。


 梅雨が過ぎ初夏になれば、あの日車の中から見た門を叩く日が来る。

 果たして、門を叩いた自分の前に開かれるのかはわからないけれど。


 ――――今、できることをやろう。


 

 朝餉を終えて本殿の中広間を後にしようと、彩芝が立ち上がるのが見える。

 それを彼の側仕えたちが付き従うのも。


 小聿は静かに立ち上がり、彩芝の背に声をかけた。


「お祖父さま」


 驚いたような顔をして振り返る祖父に、小聿は揖礼をする。

 今まで「殿」と呼び続けていた小聿が、はじめて彩芝を「お祖父さま」と呼んだ瞬間だった。


「お願いしたき儀がございます」


 顔を上げてまっすぐ祖父の目を見て小聿は言う。



「秀英院大学の受験をしとうございます。九月の入学を目指して、手続き等のお力添えをいただけないでしょうか」


 ――――【新しき地にて根を張り、知らぬものに出会い、支え、支えられつつ生きるは、光り輝く可能性と希望に満ちたる旅路なり】


 (いにしえ)の歴史書に記されたその言葉は、まるで今の彼の背中を静かに押しているかのようだった。


 かつての自分を捨て、新たな門を叩いた小聿の瞳には、もう迷いはない。たとえその先にどのような嵐が待っていようとも、彼を愛した人々の想いを糧に、源小聿は自身の足で歩き出した。



 梅雨入り間近の水無月頭。

 聖国第二皇子・小聿改め、源小聿の生が始まろうとしていた。――――いろどりの追憶・第二巻・百四十一頁


いつも拙作への応援ありがとうございます。

こちらのお話の関連話の執筆も始めました⭐︎

よろしければ、お時間がある時にご覧ください。


「いろどりの追憶・外伝」

https://ncode.syosetu.com/n1115lb/

本ep(源小聿として生きる)の前後のお話が話公開中です⭐︎

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