一条の人々(四)
夜には、また本殿で家族揃って夕餉をとる。
小聿はこれまで通りお行儀良く食事をし、黙って皆の話に耳を傾けていた。そして、食事を終えると水鏡殿の者たちを連れ退がっていった。
「父上、午後のあれの様子はいかがでしたか」
子どもたちが退がって、中広間にいるのが大人たちだけになると湘子が彩芝に尋ねる。それに彩芝は難しい顔をしてみせた。そして、午後での様子を話して聞かせる。
「焦ってはならぬのだと思う。いつか、あの子が前を見られるようになるのを待つしかあるまいて」
「なぜやってきたのかも、何をやりたくて、何をやりたくないのかも、わからぬ、ですか……。そんなことを言うまでに追い詰められておいでだったのですね」
おいたわしや、との声が家人たちから上がる。
そうじゃのぅ……と呟いて、彩芝は酒を口に含む。喉を通ると心地よい刺激が通り抜けた。
「けれど、同情も逆にあの子にとっては重荷になろう。心配していると伝えれば伝えれほど、気を遣う。下手に腫れ物に触るようにするでなく、ありのままの我らでいる方がいいような気がしてきた」
その言葉に、彩芝の隣に座っていた湘子が頷いた。
「酷な話だが、我らがどれだけ言葉を並べてもあれには子どもだましの慰めにしかならないのやもしれませぬ。あの子をそう感じる子にしてしまったのは、母親である妾の責任。己が不甲斐ない」
「湘子……」
葵子が湘子の肩を抱く。
「皇宮とはそういう場所です。たとえ母子でも、離れて過ごさねばなりませぬし、皇子に対する多大な期待や圧力はどうしてもかかってしまう……」
「それでも……」
湘子は唇を噛んだ。
「それでも、あの子にあんな思いをさせたり、あんな顔をさせたりすることは私の本意ではなかった。ただ、ただ、幸せであって欲しい。それだけだというに……」
「湘子の気持ちはようわかる。されど、起きてしまったことを悲しんだり悔やんでも前には進めまい。これからを見よう」
はいと湘子は頷く。
母親とはいえ、湘子もまだ二十六歳。
彼女自身も、母親としての理想と現実に苦しみこの5年間を過ごしてきたに違いなかった。孫だけではなく、娘の心にも寄り添わねばならないのだろう。
彩芝は思う。
結局のところ人の心を救うなど、烏滸がましいことなのかもしれないと。
己を救うことができるのは、己自身でしかないのだ。
愛情や言葉や温もりを与えることはできても、最後に気づきを得るのは本人なのだ。
本人の心の受け皿次第なのだ。
だから、祈る。
祈るしかないのだ。
自分ができることは、あの子に愛情や言葉や温もりを与えて、その後は、祈って、救われるかどうかを託し、手放すことなのだ。
手を放した後は、己自身を救うことにあの子が心を向けられるよう、祈り続けるしかない。
自分自身を救おうと、己自身を見た瞬間に、救いは、始まるのかもしれない。
願わくば、あの子が己を認め、己自身を見ることができるようになりますように。
一条源家の人々はそれぞれがそれぞれの立場で幼き若君を想うのだった。――――いろどりの追憶・第二巻・七十一頁




