新人官吏は水晶庭園で炎を上げる
翌日は、どんより曇り空だった。
雨は降らないものの、太陽の光は届かない。
おかげで西方将軍の官房内もどうも暗い。
彩棐は、朝一で聖医療館へ出向き助祭の元へ医官を向かわせるよう手配した。再度、太医令と話をしたが今のところ助祭を含めた14名が患者であろう、ということがわかった。
その後彩棐は、西方西方将軍の官房にて黙々と自分の仕事をこなしていた。
そんな彼に、仕事がひと段落、否、集中力が切れた西方将軍・姜眞威が声をかける。
「主簿っちー」
「なんでしょうか」
手を止めることなくチラリと己の上官に視線をやり、彩棐は返事をする。たとえ話をしていても、彼は計算ミスもしないし書き損じもしない。
「ぶくぶく事件は解決しそう?」
「ぶくぶく事件……あ、いや、まだなんとも。情報が足りないのでわからないですね。今後のために解決したいのですが」
そこまで言って、ふと彩棐は疑問を口にする。
「そう言えば、百官宴の後、南方将軍や北方魔術将軍が何をなさっていたかご存じだったりしますか?」
「宴の後?あー、あの2人は濡れたまま、槍と弓の稽古をしたはずだよ。もうどうせ汗をかくから、着替えないでいいって言ってさー。誘われたんだけど、俺は酔いが回ってたから断ったんだ」
「濡れたまま…?」
「ほら、2人ともなんか背の高い植物の近くで飲んでたとかで、風が揺れた時に木についていた雨粒をシャワーみたいにかぶっちゃったんだ。それで、酔いも覚めたから、稽古でもしようってなったみたい」
確かにあの白い花をつけた背の高い樹の近くに、南方将軍がいた記憶もある。やはり、共通項として雨水が浮かび上がってくる。
ーーーその後、槍と弓の稽古…?
ーーー「直前は槍の稽古をしておいででした」
ふと、昨日の右相家の家人の言葉を思い出す。
「雨水…武術稽古…腕に湿疹…?」
思わず仕事の手を止めて、彩棐は胸に下げた聖印をいじり始めた。
「将軍」
「なんだい、主簿っち」
「南方将軍たちはどこで武術の鍛錬を?道場ですか?広場ですか?」
「濡れちゃったから、広場でやるっていってたよ。道場だと滑っちゃうからね」
「ということは、外で…だったのですね」
卓の端に置いてあったファイルを取り出す。
そこには、今回の被害者リスト。
南方将軍
北方魔術将軍
右相官房付き主簿(右相の長男)
教育省長官
教育省副長官
陣太法官
撰太法官
代太法官
宗太法次官
登太法次官
陣太法官筆頭主簿
繹太法官官房付き法官
聖星森堂司祭
聖星森堂助祭
上の3名が腕にまで湿疹が出た者。一番下の助祭は視力が落ちた。あとの10名は顔と手の甲の湿疹。
3名の共通項は、雨水で濡れたあと武芸の鍛錬をした…。一番下の助祭は濡れたまま歩いて帰宅をした…。
ーーー「親父が一緒に飲んでるのは誰だ?」
「あれは、教育省の長官どのと副長官どのだよ。その隣にいるのが、撰太法官どのだな」
「あの親父の後ろにいる白髪の爺さんは誰だ?」
「白髪の爺さん…お前、失礼極まりないな。あれは、太法官の一人、陣太法官どのだな。杏莆兄と同じ准一位の方だよ」
「ええ。陣どのには司法院で大変お世話になっていますよ。隣にいるのは私の官房所属の官吏の一人です」
ーーーん?苞の親父どのと教育省長官、副長官、撰太法官、陣太法官、杏莆兄付きの法官は一緒に飲んでいたな…。ということは、全員濡れたのか?
彩棐は瞳を閉じる。
あの時見た情景を思い出す。
水滴が近くにいた人々に降り注いでた。着物が濡れた、髪が濡れた、と騒いでいる者たちが見えた。風に揺れる白い花。
騒いでいる者たちの顔を思い出す。リストによると、彩棐が知っている司法院の7人と聖星森堂の司祭が含まれていた。助祭のことは知らないが、あの中にいてもおかしくない。だが、濡れてしまった者で宣山のように被害に遭っていない者もいる。濡れるだけが発疹の原因では無いのは明らかだ。
ーーー外と関係があるのか?そして、どうも引っかかる。あの白い花はなんだ?
どこか、違う時に見た気がする。
ーーーどこでだ?いつだ?
馬の蹄の音。
伯玞の横顔。
剪定された白い花をつけた植物が運び出されていく。
ーーー…あの花が剪定されたのはいつなのだろう?宴の前なのか、それとも後なのか。
彩棐は卒然と立ち上がった。
官房にいた全員が彼に注目する。
「主簿っち?どうした?」
彩棐はリストを挟んだファイルを抱えた。奥の給湯室に駆け込み、透明の袋を手に取る。
「将軍!今日は、私居残りします。ですので、しばし席をはずします」
「え?あ…ああ、うん、行ってらっしゃい」
「いってきます!」
そういうと、彩棐は官房を飛び出していく。
あとには残された西方将軍とその官房所属の人々。
「どうやら、小聿さまは答えに辿り着きそうですね」
ふふ、と宣山は笑う。
「さすが、我が官房の期待の新人君だね!」
眞威がそういうと、皆笑って頷いたのだった。
将軍院の厩で馬を借りに行くと、ちょうど伯玞が馬の世話をしていた。
「おー、彩棐。どうしたそんなに慌てて…」
「伯玞!馬を借りにきた!」
「どっか行くのか?」
「ああ。水晶庭園とその後、嶷陽殿に行く」
「水晶庭園と嶷陽殿?なんでまた?」
彩棐はひらりと馬に飛び乗る。
「わかるかもしれない。親父どのたちの湿疹の原因が」
紫の瞳がきらりと煌めいた。伯玞は小さく口笛を吹くと、彩棐に倣っても馬上の人となる。
そうして、二人は将軍院を出て本宮前の水晶庭園へと向かった。
「あの花が怪しい」
「花?」
馬を東屋に繋いで、件の花に向かって歩きながら彩棐はいう。
「どういうことだよ?」
「今回湿疹が出た人は皆、あのとき背の高い白い花の前に敷かれた茣蓙で酒を飲んでいた。風が吹いた時に、あの花の樹が揺れて、ついていた雨粒で下にいた人たちは濡れてしまっていた」
「確かに、親父は見事に濡れてたな」
「伯玞。親父どのは、濡れた後、体を拭かずに稽古をしたんだよな?」
「あ…ああ。どうせ汗かくし同じだって言って、そのまま将軍院の広場で稽古をしていた」
ふむ、と胸に下げた聖印を撫でながら、彩棐は思案する。
いつの間にか、二人は件の白い花をつけた背の高い草の前に来ていた。二人は花を見上げる。
「これはこれは、宮さま、それから…苞の若さま。いかがなされたので?」
うしろから声がかかり、振り返ると庭師の姿があった。あのとき、剪定したこの花を運び出していた庭師だ。
「聞きたいことがあるのだが…」
「なんなりと」
庭師は畏まって、拱手をする。
「この草木を剪定したものを運び出しているのを見たのだが、剪定したのはいつだろうか。百官宴の前だろうか、後だろうか」
彩棐の問いに、庭師はしばし考え、ややあって口を開く。
「剪定したのは百官宴の前日の夕方です。運び出しを翌日の宴の前にと思っていたのですが、雨がふってしまったので奥に置いておいたのです。そして、宴の翌日運び出しました」
「やはり…」
「やはり、ってどういうことだよ?剪定の時期がそんなに大事なのか」
首を傾げる伯玞に彩棐は頷く。
「もう一つ聞きたいのは、剪定する際は手袋をしているだろうか」
「もちろんでございます。草木で手を切る恐れがありますゆえ」
庭師の答えに、そうであろうな…と彩棐は頷く。そうして、視線を花に向ける。
「なぁ、そろそろ教えてくれよ」
伯玞の言葉には答えず、彩棐は庭師に手袋を貸して欲しいと頼む。彼は借りた手袋を持つと、意識を額のあたりに集中し、左手で印を切る。小声で何事か唱える。全ての印を結び終え、詞も紡ぎ終えると、自分の足元にたんっ!と手をつく。
「重力反転」
とたんに、魔法陣が彼の足元に現れ、ふわりと彼の体が浮いた。彩棐は花の位置まで浮かび上がると、袂から袋を取り出す。庭師から借りた手袋をつけ、慎重に花を摘んで袋に入れる。そうして、意識を霧散させ術を解くと軽やかに地面に着地した。
浮かび上がった彩棐を呆然と見ていた庭師に、ありがとうといって手袋をかえす。
「…花?」
彩棐が袋に採取した白い花を見て伯玞は首を傾げる。
彩棐は袋の口を縛るとそれを袂にしまう。そうして、庭師に礼を言うと身を翻す。
「その花がどうしたんだよ?」
追いかけてきながら尋ねる伯玞をチラリと見て彩棐は口を開いた。
「俺の予想が正しければ、この花は毒を持っている」
「どくぅ!?」
すっとんきょうな声を上げる伯玞に彩棐は頷く。
「陽の光と反応する、な」
降り仰いだ空はいつの間にか晴れていて、太陽が顔を見せていた。
嶷陽殿は、聖国で2番目に大きな図書館である。
ありとあらゆる本や資料の閲覧が可能であると言われている。聖国最大の図書館は、最高学府である秀英院付属の秀英書院といわれ、嶷陽殿と秀英書院の二箇所で手に入らない星森の大陸の資料は存在しない。嶷陽殿には、皇宮に務める官僚や貴族の師弟、審査をパスした国家レベルの学者といった利用者が来ている。
彩棐は幼い頃から無類の本好きで、この嶷陽殿には幼い頃たびたび訪れていた。
そうしたこともあり、彼には『嶷陽殿の宮』というあだ名もついていた。
「あれ?いっくんとはっくんだ。嶷陽殿に御用?」
嶷陽殿前の階段を登っていると、途中で声がかけられる。振り返ると、イヴを抱えた哉彦の姿があった。
「ああ、彦兄。彦兄も聞いているだろ?例の集団アレルギーのことを調べているんだ」
「あー、結構手ひどくみんなやられているやつね」
「彦兄は?」
「僕は、術式解読のためにちょっと見ておきたい魔術書があってきたんだけど…でも、そっちの方が面白そうだからついていっていい?」
ニコニコしながら尋ねる彼に、無論だというと彼が抱えたイヴの耳がぴょんと立った。
彩棐は慣れた足取りで、植物学の書架まで行く。書架の前でしばし本を探し、お目当ての本を探し当てる。そして、その美貌を悔しげに歪める。
「……くっ」
「なんだ?どうした?」
「………なんでもない」
「ん?なんか悔しそうじゃねーか?」
「うるせーよ」
キッと親友を睨みつけ、その後、集中力を高め、小声で何事か唱え、印を切る。
タンっと床に手をつきーーー
「重力反転」
ほわりと浮かび上がると、書架の上の方の本を手に取る。
「ふふ、いっくんは、昔から上の本をとる時はその術を使うよね」
「あー…なるほど、ね」
彩棐が悔しそうにしていた理由に気づいた伯玞がニヤリと笑う。彼は術を解いて、軽やかに降り立った親友を見下ろす。
「なんだよ?」
不機嫌そうな声。
「小聿ちゃん、今何センチあるのかな?」
「…………」
「言ってくれたら、伯玞お兄さんがご本を取ってあげるよ」
「結構だ。魔術で浮けば良い」
「このまま止まったら、ちょっとちっさいよなぁ…伸びるといいな?」
蹴りが飛ぶ。
「うるせーぞ。俺は成長期だ。まだまだ伸びる」
「今いくつなんだよ?」
「………152…」
「かわいいな。160ねーのか」
再び蹴りが飛ぶ。無論、伯玞はそれをさらりと交わすので当たることはない。
次に彼は医学書の書架へと足を運ぶ。嶷陽殿の中は、彼にとっては庭同然。どこになんの本があるのか把握しており、目的の本を探し当てるまでさしたる時間は掛からなかった。
「こっちの本は手に届く位置にあってよかったな?」
そう伯玞が揶揄うと、彩棐はふん、と鼻で笑い身を翻す。そして、窓辺の席に着くと、早速手にした本ーーー『有毒植物図鑑』を開く。ぱらぱらとめくり…
「これだ」
「あ、これ。あの花か!」
伯玞の言葉に彩棐は頷く。袂から例の花が入った袋を取り出し、図鑑と見比べる。
「ほんとだ、いっくんが持ってきたお花だね」
つぎに、『皮膚アレルギーハンドブック』をぱらぱらとめくる。紫の瞳が素晴らしい速さで動き…
そうして、ふっ、と形の良い唇に笑みを浮かべる。
「集団アレルギー事件の原因がわかったぞ」
「まじで?」
「ああ。前に似た話を聞いたことがあってな。調べたらビンゴだった」
「……さすが、動く記録装置」
「妙な呼び名つけるんじゃねーよ」
けっ、と言い捨て、本を閉じそれらを抱えて身を翻す。
「どこ行くの?」
問われて彩棐は足を止め、顔だけ伯玞と哉彦に向ける。そうして、ふわりとその美貌に笑みを浮かべる。
「種明かしと原因の徹底排除と行こうじゃないか」
そう言って、彼は軽やかな足取りで嶷陽殿を後にしたのだった。
水晶庭園の北西のあたりにのみ生えている白い花をつけた背の高い植物の前に、若草の冠に群青色の官服に身を包んだ少年が立っている。彼の周りには、彼の友人や今回の集団アレルギーの患者数名やその関係者が集まってきていた。
若草の冠の新人官吏の少年ーーー彩棐は、くるりと振り返り集まった人々を見た。
そして、静かな口調で説明を始めた。
「今回の集団アレルギーの原因は、この植物です。この植物の樹液を含んだ雨水に濡れた人が陽の光にあたり、植物性光線皮膚炎を起こしたのです」
「植物性…こう…なんだって?」
紫苑が聞きなれない言葉に眉を顰める。
「植物性光線皮膚炎。この花の樹液がついた状態で、太陽の光を浴びるとアレルギーを起こすんだ。可憐に見えて、この花の毒性は相当だ」
「えぇ…こんなかわいい花なのに…こえーな…それにしても、なんでわかったんだ?」
伯玞の問いに、彩棐はふっと笑う。
「前に似た話を聞いたことがある。それは、ライムだったのだが…。とあるビーチでビールにライムの果汁を入れて楽しもうとした人が、酔っ払って手元が狂って、自分の足にライム果汁をこぼしてしまった。そしてそれを拭かずに、ビーチで日光浴を楽しんでいたら、ライム果汁がかかってかつ日光にあたった部分のみ、発疹が出た、という症例があるんだ」
「え?ライム果汁で?」
彩棐は頷き、言葉を続ける。
「今回、この草木は百官宴の前日に剪定がされ、切り口が剥き出しの部分がかなりあった。そこに雨が降り、この植物についた雨水に樹液が溶け出した。そして、翌日、強風に煽られてこの植物が激しく揺れた際、雨粒が落ちて濡れた人たちがいた。そうして、樹液がついたまま日の光に当たった人が、雨水が掛かってかつ日が当たった箇所に発疹が出てしまったんだ」
彩棐は、手に持った白い花の入った袋を皆に見せる。
「この植物の樹液には、フラノクマリンという有機化合物が含有されていてな。それは、皮膚細胞に浸透し、細胞核の遺伝子にまで届いてしまう。そして、日光のような紫外線に晒されると、日光のエネルギーを吸収することにより、遺伝子内の2種の塩基、チミンとシトシンを刺激しーーーー」
「待った!」
聞きなれない言葉の羅列に目を白黒させていた伯玞が我に返って彩棐の言葉を止める。
止められた彩賁は怪訝な顔で伯玞を見る。
「まだ説明は終わってないぞ?」
「それはわかる。だが、さっぱりわからない!」
「はぁ?」
伯玞はため息をついて、自分以外の人を見る。
彩棐の説明についていっているのは、見たところ、杏莆と哉彦と太医令の尚按ぐらいだ。
伯玞はポカンを口を開けている西方将軍を指差した。
「見てみろ、将軍のこの顔を。お前の説明にこれっぽっちもついていっていないぞ。俺もさっぱりわからん。もっと、簡単に説明してくれ。そのよくわからん単語を使っての説明はいらん」
彩棐は眞威の顔を見て、心底残念そうな顔をした。
「面白い話なのに」
「お前にとって面白くとも、わからん俺らにはさっぱり面白くない」
むぅ…と彩棐は小さく唸る。
その後、小首を傾げどう説明したものかと思案する。
「ええっと。要は、この木に毒が含まれていて、その毒は太陽の光と反応して体に悪さをするのです。この木の毒を含んだ雨水に濡れたのち、太陽の光を浴びたことで、その部分に発疹が出たり、視力が落ちたりした、と言うのが此度の集団アレルギー騒ぎの真相です」
「雨水で、ぶくぶくになっちゃうわけ?」
怖いねぇと哉彦が言う。腕に抱えたウサギのぬいぐるみが、その耳をぴこぴこと動かした。
「本当に。濡れてしまっても無事だった人…例えば、宣山どのは濡れてすぐにシャワーを浴びに建物内に移動しました。そのため、日光を吸収して反応することがなく、無事だったのでしょう」
彩棐の指摘に、宣山は首肯した。
「小聿さまのおっしゃる通りです。すぐに着替えたくて、真っ直ぐ将軍院へ戻ったのです」
「一方、腕に出てしまった御三方は、武術の鍛錬を太陽の下、行った。鍛錬の際は、襷紐で袖を上げ、腕を日光にさらしたのでは?」
彩棐の問いに、伯朗が頷く。
「その通りだ。袖が邪魔だったからな」
「そしておそらく、視力が落ちてきてしまった助祭は、帰宅中に目をかいてしまったのでしょう。それで目に入って、視力が落ちたと考えられます。他の方で顔と手の甲にでたのは、濡れてからもしばらく水晶庭園に残ったからでしょう」
なるほど、と一同頷く。
「そうすると、この植物は百害あって一利なし、ですね」
杏莆は植物を見上げながらいう。
「おっしゃる通りです。幸い、庭師に確認したところ、今の所この植物が生えているのはここのみ。繁殖する前に、処分するのがいいでしょうね」
「どうやって処分するんです?庭師に抜くように指示するのですか」
太医令の問いに、ふふふ、と彩棐は悪戯っぽく笑う。
「そんなまどろこしいことをさせずとも、私が消し去ってくれよう」
そう言うと、彼はくだんの植物の前に立つ。
そうして、一度瞳を閉じて息を整える。
ふ、と静かに目を開けると、紫の瞳がきらりと煌めく。
彩棐は左手で印を結ぶ。形の良い唇が呼びかけの詞を紡ぎ出す。
たんっと彼が勢いよく地面に手をつく。
「地の躍動!」
その呼びかけに応じて、地面が隆起し件の植物が根本から抜き去られる。
「火炎の泉!」
続く呼びかけに、植物は一瞬にして灰になる。
「風嵐の泉!」
そうして、彼の呼びかけに反応した風の精霊の力が灰を上空に舞い上げる。
やがて、真っ白になった灰は聖都上空を吹き抜ける風に乗って消えていった。
彩棐は、ほぅと息を吐くと集まった一同に目を向ける。
「空いたこの場には、新たに安全な草花を植えると良いでしょう。これで一件落着です。さて、将軍、官房に戻りますよ。来週の軍事演習の準備を進めなければ」
「えー!せっかく主簿っちが鮮やかに解決したんだから、祝杯でもあげようよ!」
「そんな余裕はありません。第一、私はまだ酒が飲めぬのです」
その言葉に、伯玞がニヤリと笑う。
「オレンジジュースでもいいぞ?」
「お前もあの花のようになりたいか?」
「すんません…」
小さくなる伯玞を見て、一同が声をあげて笑う。
やがて、それぞれの持ち場に向かって歩き出す。
彩棐は、目を細めて空を振りあおぐ。
見上げた空は、青い青い抜けるような五月晴れであった。
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これにて、「第0章 走れ新人官吏くん!」が終了です。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
次からいよいよ本編、「第1章 月の皇子、徒桜とならん」がはじまります。
彩棐の幼少期……彼が何を抱えて将軍院の官吏となったのか、何に突き動かされているのかを順を追って語って参ります。
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