月の皇子の花(三)
翌2月24日。
第二皇子・小聿を襲撃した罪に問われていた者たちの処分が執行された。
鏡合わせの大陸から来た魔術士たちは、聖国と国交のない国の者たちであった。彼らは、聖星森堂の長官らの手引きによって入国した密入国者であった。そのため、無期限に聖国に拘留されることとなった。この先、その国との国交が開かれれば彼らの処遇は決まるだろうが、その目処はついていないという。
また、首謀者・実行の中心であった者以外の関係した魔術省・聖星森堂院の官吏たちは、聖国の辺境にその身柄が送られ、そこで未だ小競り合いの続く少数民族との戦に永久に従軍することが決まった。
首謀者であった聖星森堂の長官、その女婿であった大蔵省の官吏、魔術省の長官とその家族は、死罪が申し渡された。
こうして、小聿皇子襲撃事件及び魔術省の特別予算横領事件は終結した。
その知らせ――――つまり、己の魔術の師であり信仰の導き手であった者の死を、小聿は東宮・東の院の広間で傅役の篤紫苑から受け取った。
彼は報告を受け、静かに分かった、報告ありがとうと言った。
そして、控えていた蕗隼、汝秀を含めた三人に、今回の事件解決に力を貸してくれたことに礼を言ったのだった。
その顔は、あの日三人に、全てを糺す、だから力を貸してほしいと言った時と同じようにとても静かだった。彼の紫色の瞳は湖面のように凪いでいた。
報告に来た紫苑が東の院を辞した後、小聿が東の院の庭で梅の花を愛でていると蕗隼がやってきた。
「皇子、一つお聞きしてもよろしいですか?」
「なんだろうか?」
くっと小首を傾げ、小聿は蕗隼を見た。その美しいお人形のような顔は、やはり静かだ。
「なぜ、央茜へ贈る花にキンセンカを指定したのです?」
キンセンカは多年草だが、少し平均気温の低い聖都ではこの時期咲かない。蕗隼はキンセンカの花を手に入れるのに苦労したのだ。最終的には、源家のツテを使って手に入れた。
小聿のことだから、この時期聖都でキンセンカの花が手に入りにくいのはわかっているはずだ。
それなのに、わざわざなぜその花を指定したのか。そこに何らか意図を感じてならなかった。
ああ、と問われた小聿は小さな声をあげた。それから、形の良い唇で言葉を継ぐ。
「キンセンカの花言葉は「慈愛」なのだよ。……央茜じいは慈愛を教えてくれた人だったから。私に慈愛を与えてくれた人だったから」
小さな唇が笑みの形を描く。
その唇を見ながら、過去形なのが、悲しいと蕗隼は思った。
ふと紫の瞳が一瞬揺れる。
「でも……キンセンカにはもう一つ意味があるのだ」
「え?」
「それはね……「別れの悲しみ」だよ。あのキンセンカは私からじいへのお別れの言葉だったのだ」
そう答えて、小聿は冬の空を振り仰ぐ。
見上げた空は、冬の澄んだ空だった。
その日の全ての予定が済み、聖星森堂に礼拝へ向かおとしていた小聿を呼び止める者があった。
「宮さま」
不意に呼ばれて小聿が振り返ると、汝秀が少し困ったような顔をして立っていた。
小聿はゆっくりと汝秀の元に歩み寄る。
小聿がそばにくると、汝秀は彼に手紙と小さな桐箱を差し出す。
「これは?」
「央茜さまからです」
その言葉に、小聿は息を呑む。
「2月の頭に、預かっておりました。宮さまへお誕生日のお祝いだ、と。ひょっとしたら、自分は仕事で当日お伺いできないかもしれないから、と。蕗隼ではなく、私に預けたのは、蕗隼なれば宮さまにお渡しすることなく、処分してしまうと央茜さまはお思いになったからなのではないか、と。誰ぞに相談すべきか、それとも処分してしまうべきか、悩んだのですが……。それでも、やはり私は、央茜さまは宮さまのことを確かに大切にお想いになっていたと思うのです。ですから……」
そうかと息を吐き出すように小聿は答えた。
差し出された桐箱と手紙に、震える小さな手が伸びる。
「ありがとう、汝秀。央茜じいの気持ちに寄り添ってくれて」
そう言って、小聿は大切そうに手紙と桐箱を抱える。
「いえ……」
汝秀は静かに首を振った。
「確かに、お渡しいたしましたよ」
「うん」
小聿は深く頷いたのだった。




