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いろどりの追憶〜星森の大陸の生きとし生けるものの安寧を強く願った人々〜  作者: 裕邑月紫
月の皇子、徒桜とならん

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月の皇子の花(二)


 12月に毒に倒れた湘子を小聿が見舞うことができたのは2月の半ばを過ぎた頃だった。

 実に2ヶ月ぶりの対面であった。

 

 久しぶりに母子水いらずで会い、二人は仲良く琴を奏でる。

 小聿はこれからも母とこうして琴を共に奏でたいと心の底から思った。

 その思いを告げると、湘子は琴を奏でながら思いは同じだと息子に告げたのだった。

 

 また、1月に倒れた際に源家の祖父母が大変案じていたと言う話を小聿は聞かされていた。

 基本は宮中行事でしか会わぬ祖父母だが、1月の際は、東の院の門を堅く閉じ父母さえも遠ざけていた小聿のことを聞いて、さすがにただ事ではないと思ったようだった。


 そのため、心配をかけてしまって申し訳なかったこと、自分はもう大丈夫であることを告げようと、小聿は源彩芝(げんさいし)を東宮・東の院に呼んだのだった。

 小聿がこの世に生を受けてはじめて、二人はゆっくりと言葉を交わした。

 そして、これからはこうして言葉を交わす時間をとりたいと言う小聿に、源彩芝は静かに頷いたのだった。



 聖国司法院。

 繹太法官(えきたいほうかん)が官房。


 その官房の主、繹杏莆(えきあんふ)はやってきた友がなかなか口を開かず、出された茶を黙って飲んでいるのを不思議な面持ちで眺めていた。

 この友は、明るく大変話し好きな男で、いつもはやってきては勝手にペラペラと話をするのだが、今日はなぜかその口を開かない。

 

 しばらくして、やっと友は口を開いた。


「今回の俵央茜の処遇について、俺からお願いがある。本来は、司法院に任せるべきなのはわかっているが、聞いてもらえないか?」


 官房を訪れ重い口をようやく開いたかと思えば彼らしからぬ言に、杏莆は眉を顰める。


「ふむ。なんとも珍しいことを言い出しますね。ひとまずお伺いしましょうか」


 そう言って茶器を卓に戻し、杏莆は居住まいを正した。

 

 紫苑は黙って持っていた書類を渡してくる。

 流麗な文字で、今回の央茜たちの罪状および処分に関する提案が書かれていた。

 その文字は、大変流麗で文章も理路整然としている。最後に、紫苑の名前と官職名と印。

 しかし、妙に引っかかる。


「なるほど?確かに、今回の事件はあなたが傅役を務める第二皇子のお命に関わることでした。あなたの立場にしてみれば、口を出したくなるのもわかります」


 渡された書類を検め、杏莆は小さく頷く。


「わかってる。枢密院の人間である俺が、司法に介入するのはおかしい。だから、これは内々のものであるし、あくまでも一意見だ。皇子のお側にいる傅役の言葉として判決の判断資料にしてほしい。妥当ではないと思えば切って捨ててくれていい」

「ええ。この書面にもそう書いてありますね」


 再度、書類に目を落としながら、杏莆はいう。

 友の筆はこような流麗なものであったろうか、書く文章はここまで理路整然としたものであったろか。

 

「やっぱり、この処遇提案は妥当じゃないか?」


 その問いに、杏莆は静かに首を振った。


「いいえ。大変妥当な、されど厳しい処遇だと思います。これは……紫苑、あなたの考えですか?あなたは、司法についてはいつも私を頼り口は出さないではありませんか。取り調べを経て、どう裁くかは私に一任するのがあなたのやり方です。それがなぜ、今回に限って処遇について言及しに、ここへ来たのです?」

「…………」

「これはあなたが考えた処遇ではありませんね?その方は司法院の者ではないのですか」

「ああ」


 低い短い答えが返ってくる。紫苑は、するりと立ち上がり踵を返す。その背に、杏莆は問いを投げる。


「どなたなのか、伺っても?」


 扉を開ける。

 司法院の庭の見事な梅の花が紅の瞳に映る。

 それは、あの小さな高潔なる皇子を思わせる。彼は友を振り返ることなく、つぶやくように答える。


「……これから消えちまう聖国の未来の主だよ」

「消えてしまう……?未来の主……?」

 

 その言葉に、杏莆は顎に手を添え考え込む。

 どういうことです?と尋ねようと顔を上げた時には、杏莆の官房から紫苑の姿はなくなっていた。



 2月23日は第一皇子と第二皇子の誕生日である。

 聖国では、男児は五つの誕生祝いに親から羽扇が贈られる。


 これは、かつて戦乱の世の時代、軍を差配する際軍配羽扇を軍の司令官が握ったためである。

 そのため、国を組織を動かす指導者のように知力や決断力、行動力のある人になって欲しい、人生の節目で進むべき道を間違えることなく、より良い道へと進めるようにという想いをを込めて贈るのだ。

 

 聖星森堂での祈祷を終え、本宮・聖覧(せいらん)の間で正装した二人の皇子は百官の見守る中、父帝の前に立っていた。


 陽の皇子の子虞(しぐ)は鮮やかな虎を背に配した長袍を着ていた。

 月の皇子の小聿(しょういつ)は美しい龍を配した長袍を着ていた。


「ありがとうございます!父上。とても嬉しゅうございます。この子虞、頂いた羽扇を正しく振える者となれるよう日々勤めて参ります!」

「ふふふ、どういたしまして、子虞。喜んでくれて父も嬉しいよ。頑張るんだよ」


 羽扇を父から受け取った子虞はそれを手に早速祖父や母に見てもらおうと笑顔で歩み寄る。


「ありがとうございます、父上。小聿、これからもこの羽扇の導きを頼りに生を進んで行こうと存じます。道を違えんだけの力を養うため日々精進して参る所存です」

「うむ、期待をしているよ、小聿。頑張りなさい」


 皇帝は目を細めて頷いてみせる。

 羽扇を受け取った小聿は、優雅な所作で父帝に最上の礼をする。

 その後、さやと着物の袂を捌いて踵を返す。

 見守る百官にも、静かに長揖(ちょうゆう)をし、いるべき場所に戻っていった。


 その後の宴は大変華やかに行われた。

 ようやく公の場に姿を現すことができるようになった湘子妃の隣に座した小聿は、祝いを述べに来る百官一人一人に礼を言い微笑んで見せた。

 その様子を彼の両親は愛おしげに見つめていたのだった。


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