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いろどりの追憶〜星森の大陸の生きとし生けるものの安寧を強く願った人々〜  作者: 裕邑月紫
月の皇子、徒桜とならん

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月の皇子の花(一)

 俵央茜(ひょうおうせん)は、聖都に来る前はとある地方の星森教(ほしもりきょう)(みや)の司教であった。

 

 彼は、そこで多くの領民たちに慕われる存在だった。

 得意の魔術で、領民たちの生活を助け、星森教の教えを穏やかに説き、宮でいつも領民たちのために祈りを捧げる司教だったという。


 彼は、大変優秀な司教である一方、その地方を治める太守に諫言(かんげん)を呈す人物であったため疎まれていた。そして、太守に推挙という形でその地方から聖都の聖星森堂の司教へと追いやられてしまった。


 聖都の聖星森堂で司教を務めていた央茜は自分が去った後、太守が領民から税を巻き上げ私腹を肥やし、領民の生活が苦しくなる一方であることに大変心を痛めていた。


 そして、ある年その地域は(ひでり)が続き、不作となったため、ついに領民たちの生活は立ち行かなくなった。それを知った央茜は、太守に領民を救済するよう嘆願の文を何度も出したが、聞き入れられることはなかった。

 聖都・皇宮にいた央茜は、枢密院に太守が私腹を肥やし領民の生活が苦しいという惨状を訴えたが、太守が私腹を肥やしているという証拠もなく、領民救済の手は差し伸べられなかった。


 太守にも聖国中央官庁にも聞き入れてもらえなかった央茜は、聖星森堂院の金の一部を領民の救済に当てた。しかし、それはのちに聖星森堂院の長官(聖星森堂の大司教)に知られることとなり、彼は弱みを握られてしまったのだった。


 央茜は中央での司教という官職に、執着をしていたわけではなかった。

 彼は、弱みを握られても自分がここを去れば良いと当初は考えていたようだった。

 

 しかし、聖都一の魔術士である彼を手駒にしたい聖星森堂院の長官は、彼が聖都から離れられないように画策した。それは、自分の娘の婿である大蔵省の官僚を通して、央茜が救いたかった地方への国からの支援の一切を切るという脅しを持って手駒にすることだった。


 こうして、央茜はかつて自分が愛した領民たちを救わんがため、聖星森堂院の長官の手駒となった。


 

 今回、第二皇子である小聿を狙うことを考えたのは、聖星森堂長官の娘婿である。この娘婿こそが、左相の次男であり、昨年の暮れに魔術省に特別予算を組み、執行させた人物だった。


 当然、そうなると第二皇子を亡き者にしようとしたのは左相家ではないのかと捜査の手が(とう)家に伸びた。しかし、左相はすでに婿として星森堂長官の家に婿として入った次男の動きは関知していない、無関係であると供述した。


 実際、捜査の手を司法院は入れたが証拠は見つからず、筒家については今回は不問とされたのだった。捜査部門に左相からの圧力があったのではないかという声も上がったが、そうした声さえも次第に封じられ聞こえなくなっていった。まさに、左相の権力の強さが垣間見れる事件であった。

 

 結局、今回の小聿皇子襲撃事件の首謀者は、聖星森堂院(せいほしもりどういん)の長官であり、実行犯の中核となったのが魔術省の長官である俵央茜とその息子であることが明らかになった。


 

「十中八九、左相家の指示だと思うんですがねぇ」


 取り調べで明らかになった内容を小聿に報告に来た紫苑は言う。


「まぁ……左相ほどの御仁なれば、そう簡単に尻尾は掴ませないであろうよ」


 涼しい顔でノートに何やら書いていた小聿は、ノートから顔をあげることなくそういった。


「彼らの処分については決まったのだろうか」

「いや、まだですね。やっと捜査部門の取り調べが済んだところだと友人が言っていました。捜査部門からの資料をこれからその彼が検めるのだと一昨日言っていましたよ。処分についての検討に入るのではないですか」

「そうか……」

 

 頷いて、小聿は新たな紙を卓に広げ、筆を走らせる。


「聖星森堂院の長官と魔術省の長官が同時に逮捕されたわけですからねぇ……現場はかなり混乱しているようです」

()もありなん。昨日も礼拝に行ったが、どうも騒々しくてね。しばらくは、東の院で祈りを捧げるに留めよう」

「それがよろしいかと」


 紫苑は頷き、目の前の茶に手を伸ばす。

 書庫の窓から見える庭に植えられた梅が見事に咲いている。


「皇子は、魔術を央茜どのから習っていらっしゃいましたよね。これからどうするのです?魔術省が落ち着いたら、また担当者を検討しましょうか」

「それについては、必要ないよ」

「え?」


 書き物を終えた小聿が、それを持って紫苑の前にやってきた。


「そんなことより、今回の事件の担当法官は紫苑の友人なのだね」

「え?ええ……私より1つ年上なのですが、学徒の頃からの付き合いでして。とても優秀なやつで20代にしてすでに官房持ちです」

「それは素晴らしい。身近に良い目標がいるということだね。20代で官房を持てるよう紫苑も頑張るといい」


 その言葉に、紫苑は言うんじゃなかったと肩を落とす。それを見て、小聿はまったく……と呆れて見せた。

 

「では、その友人にこれを渡してもらえないだろうか。紫苑からの提案ということで」


 差し出された書面を受け取り、紫苑はざっと目を通す。


「皇子……これは……」

 

 書面から顔を上げた紫苑は、目の前の小さな皇子の綺麗な顔が人形のように表情がないことに言葉を失う。


「私の名前はどうか出さないでもらいたい。というより、私から、というのは問題があるだろう?童の提案など跳ね除けられるだけ。だから、紫苑の名前で渡してほしい」


 静かに、小聿は言う。

 紫苑は再び書面に視線を落とし、やがてため息を漏らした。


「いいんですね?」

「無論」

「…………」


 迷いのない静かな答えが返ってくる。

 

 紫苑は立ち上がって、先ほどまで小聿が使っていた文机の前に座す。

 そして、書面の最後に自分の官職名と名前、そして帯びていた印を押した。

 振り返ると、小聿は静かな表情で庭の梅を愛でながら茶を飲んでいた。

 紫苑は書面に封をすると立ち上がる。


「それでは、今日はこれで失礼します」

「うん。報告してくれてありがとう」

「いえ。それでは……」

 

 揖礼して紫苑は踵を返す。書庫を出ようとした瞬間、呼び止められて振り返る。


「そういえば、先ほど新しい魔術の師を魔術省が落ち着いたら検討することについて必要ないと言ったろう?」


 小聿は梅を愛でたまま、口を開いた。


「ええ。もう魔術はよろしいので?」

「そんなことはないよ。とても面白い学問であるし、衰退させたくないと思う。私自身、身近に申し子さまや精霊さまを感じられるゆえ、とても好きだ。ただ、新たな師を紫苑が探す必要はないのだ。なぜなら……」

 

 淡々とその理由を小聿は語る。

 理由を語る彼の横顔は、とても静かだった。


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