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いろどりの追憶〜星森の大陸の生きとし生けるものの安寧を強く願った人々〜  作者: 裕邑月紫
月の皇子、徒桜とならん

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祈りの先に(一)

 空に上弦の月が見える。

 

 小聿は、聖星森堂(せいほしもりどう)の礼拝堂に一人いた。

 ゆるりと礼拝堂のステンドクラスが作る美しい模様の上に立つ。

 紫の瞳が静かに星森の申し子の像を見つめる。


「宮さま」


 後ろから静かに自分を呼ぶ声を聞き、小聿はほっと息を吐いてゆるりを振り返る。

 丫角(あかく)に結った髪につけられた紫水晶の髪飾りがきらりと光った。

 礼拝堂の入り口に、心の拠り所である老人の姿。


「央茜じい」


 呼ばれた央茜(おうせん)は優しく微笑み、小聿の元へやってきた。


「宮さまもお祈りにまいられたのですかな」


 央茜の問いに、小聿は静かに頷いた。


「では、一緒にお祈りをしましょう」


 二人静かに星森の申し子の銅像の前に跪く。


「おや、宮さま。聖印はどうしたのです?」


 尋ねられて、小聿は恥ずかしそうな顔をした。


「……また忘れてきてしまったのだ。最近忘れ物が多くて良くない。そういう央茜じいも今日は持っていないね?」


 言われて、央茜はほほほと笑って見せた。


「見つかってしまいましたか。実は2月の頭に派手に転んで割ってしまったのですよ……ですから新しいのを用意せねばなりません」


 言われてみれば前回の誕生日の時も、彼は聖印を下げていなかった。今日は、代わりに小聿が先日贈った扇子が帯に挟んであるのが見えた。


「なんと、転んでしまったのか。大事なかったろうか」

「ええ……じいが怪我をせずに済んだ代わりに聖印が壊れてしまったのです。聖印に守っていただきました」

「そうか……星森の申し子さまのご加護かもしれないね」

「そうですね」

 

 ありがたいことですと央茜は穏やかに言う。


「では、今日は二人とも持っていないがしっかり手を組むことで許してもらうとしよう」

「ええ」


 そうして二人は両手を胸の前に組み、静かに祈りの言葉を紡ぎ出す。

 央茜の落ち着いた声と小聿の幼い凛とした声が合わさって心地よい音楽のような祈りが生まれる。

 小さな信仰者と年老いた信仰者を星森の申し子の像が静かに見守っている。

 

 ――――この祈りの先にあるものは何であろうか……

 

 心の拠り所である央茜の穏やかな声を聞きながら、小聿はぼんやりと思う。

 

 祈りを捧げ終わると、二人はいつものように礼拝堂のベンチに座り、静かにおしゃべりをする。こうして、祈りを捧げた後に央茜の膝の上に座って彼と語らう時間は小聿にとってかけがえのない時間だった。悲しい時も不安で押しつぶされそうな時も、嬉しい時も楽しい時も、この老人が静かに小聿の言葉に耳を傾け、彼の肩を優しく抱いて、優しい言葉を、愛を、慈しみを与えてくれた。この時間をここで過ごすと、心が静かになって、また明日も頑張って過ごそうと思えるのだった。

 

「さぁさぁ、今宵もそろそろお開きにしましょう。東の院までお送りしますよ」


 そう言って、央茜は小聿を膝の上から下ろした。


 そうして二人手を繋いで聖星森堂を出て、東宮へ向けて歩き出す。

 

 二月の夜は、身を刺すような寒さだ。

 繋いだ手は温かだけれど、繋いでいない方の手は冷たい。


「寒いですなぁ」

「本当に。早く春が来て欲しいものだ」

「そうですな。温かくなれば礼拝の帰りも歩きやすくなりましょう」

「うん。日も次第に伸びてきて、過ごしやすくなるね」


 ほんに、ほんに、と央茜は目を細めて頷く。

 そうして、二人が歩きなれた道を歩み、魔術省の裏門に面した道に差し掛かる。


 普段、礼拝の帰り道ここを通る時は裏門に立つわずかな衛兵たちの気配しか感じることはないが、今日はなぜかそこに多くの気配を感じる。

 小聿は小さくため息を漏らした。


 ――――やはりここなのだな。


 彼はここへ侵入した時に陽動に使った鳥たちが止まる大樹に目を走らせる。

 

 彼らはいるはずだ。

 

 裏門を通り過ぎる。

 後ろに気配を感じた。隣を歩く央茜が立ち止まる。


 ――――よかった。


 小聿はそう思った。


 ――――西の空に、上弦の月があるから。

     振り返って、後ろにいる人と相対せば、私の表情はきっとはっきり見られないはずだから……


 小聿も央茜に合わせて立ち止まり、ゆるりと振り返る。

 振り返った先には、全身黒ずくめの眼以外の顔を覆った男たちが複数いた。

 うち、3名があの時みた光る石が嵌め込まれた杖を持っていた。


「何者だ?その格好、見るからに不審であるな」


 凛とした小聿の声が静寂を破る。


「その御命、頂戴する」


 黒ずくめの男のうちの一人が言う。


「それは、私が聖国第二皇子・小聿であると分かった上での狼藉か」

「無論。聖国第二皇子・小聿。国を乱しの皇子め。子虞さまのこの先の未来のため、消えてもらおう!」


 さっと、小聿を庇うように央茜が前に出る。

 

 一瞬。

 一抹の期待が、願いが、小聿の心に広がる。彼は、央茜の袴を握りしめた。


 ――――央茜じい……


 小聿の魔術の師は、小聿を黒づくめの男たちから隠すようにして、右手で印を切り、呼びかけの詞を紡ぐ。

 その呼びかけの詞が風の精霊に向けられたものであることを聞き、切られる印の意味を見て、小聿は悟る。

 

 紫の瞳が悲しげに揺れた。


 「音封じ」


 央茜の静かな声が響く。

 その声に応じて、小聿の足元に魔法陣が一瞬浮かび上がり、小聿は光に包まれる。

 央茜が己の袴を握っていた小聿の手をするりと外し、黒ずくめの男たちの方へ歩いていく。


『央茜じい!!』


 手を、伸ばす。

 

 けれどその手は届かない。

 央茜によって封じられた声は、音をなさない。

 ただ、虚しく口だけが言葉を紡ぐ形を描いた。


 3名の杖を持った鏡合わせの大陸出身の魔術士たちが、攻撃呪文を唱えているのが聞こえる。


 小聿は息を吐いた。

 そうして、心の中で五大精霊の一人、風の精霊に呼びかける。手早く左手で印を切る。


 ――――風の精霊よ……私に力を貸して……

     彼らの音を封じておくれ……

   

 黒ずくめの男たちの元に辿り着いた央茜がこちらを振り返る。


 央茜の瞳が悲しげに揺れているのが見えた。

 

 小聿は意識を集中した。

 きらりと紫の瞳が、白銀に変わる。

 そうして……


 ――――音封じ!


 彼は無詠唱で、鏡合わせの魔術士に向かって術を発動した。

 魔術士たちの声が封じられ、呪文が止まる。


 小聿は、がっくりと膝をつく。


「やったぞ!無詠唱魔術だっ!」

「これで勝手に小聿はこときれる!」

子虞(しぐ)さまの天下だ!」

「左相どのの天下だ!!」


 鏡合わせの大陸の魔術士たちと共にいた男たちから歓声が上がった。


 次の瞬間。

 央茜を中心に大きな魔法陣が広がり、黒ずくめの男たちと央茜に対して術式が展開された。


 ――――《樹の縛り》


 土から植物の根や蔦が伸び、彼らの身柄は一瞬で拘束される。

 驚愕の声、悲鳴、怒号が上がる。


 ゆるりと。

 小聿は立ち上がり、顔を上げる。

 彼の瞳は、元の美しい紫色に戻っていた。

 

 根に蔦にその身を拘束された央茜と目が合う。

 央茜は、静かにこちらを見ていた。


 ――――ああ、頼む。

     どうか、私の表情が暗くて見えませんように……


 小聿は切に願う。


 ――――きっと。

     きっと今、私は情けない顔をしているから。

     そんな顔を央茜じいに見られたくはないから。


「小聿さま!」

「宮さま!ご無事でございますか!?」

「皇子!」

 

 あの大樹の影から、息を殺してこちらの様子を見ていた蕗隼(ろじゅん)汝秀(じょしゅう)紫苑(しえん)、そして、将軍院の兵たちが出てくる。

 真っ先に駆け寄ってきた蕗隼が、小聿を抱きしめる。

 そして、すぐに呼びかけの(ことば)を唱え、手で印をきる。


 「音戻し」


 ふぅと小聿は息を吐いた。

 そして、ありがとうと蕗隼に告げる。


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