鎮魂の笛とキンセンカの花束(二)
如月に入り、聖都の寒さはより一層厳しくなった。
小聿は、すっかりいつものように片付けられた書庫の卓の前に端座していた。
卓の上には、紫水晶の髪飾りと央茜から送られた鏡合わせの大陸の魔術書、そして、小聿がつい先日選んだある品。
小聿はそれらをじっと見つめながら、黙考していた。
考えてみれば、物に魔術を込めると言うこと自体、この星森の大陸の魔術にはない考え方であった。
一方で、タリスマンという魔具を利用しながら魔術を使う鏡合わせの大陸では、そうした方法論は一般的なのかもしれない。
だからこそ、小聿がどれだけこちらの大陸の魔術書をあたっても答えに辿り着かなかったのだ。
央茜が聖星祭に贈ってくれた鏡合わせの大陸の魔術書には、魔具の精製方法、術式の込め方などが詳細に書かれていた。
おそらくあのタリスマンには、鏡合わせの大陸の者たちにより身につけている者の気を取り込み尽くして、風の魔術の形にして放出される術式が込められていたのだろう。
そのタリスマンが、あの時央茜によって本物の髪飾りとすり替えられた思われる。
あの恐ろしい術式は、一度限りのものだった。
証拠を残さぬためにも、そうしたのは頷ける。
彼らは言っていた。
はたからみれば、高等魔術を行使して、力尽きたように見える。
と。
だからこそ、彼らは紫水晶に込められた術式がすでに発動してしまったことに気づいてはいまい。
こうして、小聿が生きているのだから。
そして、彼の身代わりとなって命を失った朔侑の死は小聿たちによって隠されているのだから。
あの時潜入して小さな騒ぎなってしまったが、それに関して魔術省は沈黙を守っていると紫苑は言っていた。それだけ、抱えているものに怪しいものがあるからだろうと。
特別予算執行の監査については、数日前に精査のために中に入ることができ、対応した俵魔術官が追加で購入した物を見せてくれたという。
どれも、魔術のわからぬ紫苑にはそんなにそれは高いのか?と思うような書物や魔術省所属の魔術士たちの訓練のための道具だったらしい。しかし、専門ではない紫苑はなるほど、そうですか、としか言えなかったと話してくれた。
おそらく、監査官に紫苑を指定したのも彼が全く魔術に明るくなく、出世頭とはいえ、まだまだ若い官吏だからだろう。
いざとなれば、魔術省の高官の一人である央茜の息子が押し切ることができると思ったに違いない。
小聿は、央茜から贈られた魔術書を撫でた。
書かれた通りにやれば、小聿でも一度きりの発動の魔術を物にこめることができそうだ。
精度や規模は大したことはないだろうが、必要最低限のものは用意できる。
こちらは彼らが用意したような複雑な術式を必要としているわけではない。初学者が学ぶような五大精霊の一つの力を借りるものだ。
小聿は思う。
宮さまの魔術の師として、申し上げます。自らの精神力を削るような無詠唱魔術は二度と使うてはなりません。いいですね?
じいが無詠唱魔術の使用を禁じたのは。
小聿が答えに辿り着くための鏡合わせの大陸の魔術書を贈ってくれていたのは。
偽物の髪飾りの紫水晶に無数の傷を刻み、あなたには似合わぬと言外に伝えていたのは。
きっと、彼の中にある自分に対する捨てきれぬ情がそうさせたのだと。
どこかで、央茜じいは自分に生きて欲しいと思っていたのではないかと。
確信はない。
それでも、あの心の拠り所だった魔術の師に想っていてもらいたいと思うのは、わがままだろうか。
彼がこの件に関わったのは何かの間違えではないか、と甘い心がそう思わせてしまう。
――――国を導く者としてあるべき姿は時に冷たく、厳しいものです。己の私情を捨て、国のためにどうあるべきかを考え動かなければなりませんからな。
「……そうだね。じいは私にそう教えてくれたね」
ポツリと呟く。
目を閉じる。心を落ち着け、息を吐く。
ゆるりと瞼を上げると、もうその紫水晶の瞳に迷いの色はなかった。
そうして、彼は卓に置かれたある品に手を伸ばしたのだった。




