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いろどりの追憶〜星森の大陸の生きとし生けるものの安寧を強く願った人々〜  作者: 裕邑月紫
月の皇子、徒桜とならん

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月の光の届かぬ闇夜に(三)

 ――――宮さまの魔術の師として、申し上げます。自らの精神力を削るような無詠唱魔術は二度と使うてはなりません。いいですね?


 胸の内に央茜おうせんの言葉が響く。心の底から己を案じてくれている師のいつになく真剣な眼差しを思い出す。


 ――――それでも…ここで見つかってしまっては私も紫苑もただではすまぬ……。

     じい、すまぬ。こたびは許せ。

     1回分なれば、倒れぬ程度に力はついたと思うのだ。


 日々の瞑想での訓練に思いを馳せ、心の中で、魔術の師に謝る。

 隣で息を殺す紫苑の足に抱きつく。


 「皇子!?」

 「しっ!」


 短く制して意識を集中する。


 ――――風よ、吹き上がれ……私と紫苑を舞い上げよ……風の精霊よ、私に力を……


 心の中でイメージを膨らませ、気を練り、心の中で風の精霊に呼びかける。きらりと紫の瞳が、白銀に変わる。


 ――――風嵐の泉!


 二人の足元に魔法陣が一瞬浮かび上がり、ふわりと二人の体が浮き上がる。

 

「……っ!?」


 紫苑が驚いて声を上げそうになっているが、状況を理解して必死に耐えているのがわかる。


 二人は背にそびえていた木の幹まで舞い上がり、ふわり、と幹に着地する。

 ほぅ、と小聿は息を吐く。彼の瞳は紫に戻っていた。

 多少気怠さは感じるが、倒れるほどではなさそうだった。二人はそのまま男たちの会話に耳を澄ます。


「魔術省の者は聖国の民。舜堯(しゅんぎょう)らの戦魔禁断術により、小聿皇子を害する魔術は使えぬ。だが、鏡合わせの大陸の魔術士なればその制約は受けぬ。考えましたな」

「うむ、そこはさすが聖都一の魔術の天才と言われる御仁よ」


 その言葉に、小聿は眉を寄せる。


「やはり、攻撃対象は私、か……」

 

 小声でポツリと呟く。


「されど、あの病弱皇子も魔術においてはかなりのものと聞く。無詠唱魔術を行使するというではないか」


 その言葉に、肯定する言葉。


「さよう。あの小生意気な病弱皇子は、自分が無詠唱魔術を行使できることを内心得意になっているだろうよ。必要となれば、得意げに使うに違いない」

「それでは困るのでは?」


 少し焦ったような声に、軽やかな笑い声が応える。


「むしろ、好都合というもの。あの病弱皇子に無詠唱魔術を使わざるを得ない状況に追い込めば良いのだ。あの皇子は、今上帝から賜った紫水晶の髪飾りをそれはそれは得意げに常に身につけておろう?ああして、寵愛を誇示しておるのだ」


 話が見えないのか、どういうことだ、と尋ねる声が上がる。


「あの髪飾りの紫水晶には細工がしてあるのだ。第二皇子が無詠唱魔術を行使するとそれに反応して、髪飾りをつけている者の精神力を全て奪い放出させる術式が込められておる。だから、かの病弱皇子が無詠唱魔術を使えば、身につけている髪飾りの術が発動して、勝手に内から爆ぜて事切れる。無論、証拠も残るまい。はたからみれば、高等魔術を行使して、力尽きたように見える。が、実際は今上から賜った寵愛の印で命を落とすのだ。なんと愉快なことか」

 

「え……?」


 不覚にも小聿の口から声が漏れる。

 今、あの男はなんと言った?


 ――――無詠唱魔術を行使するとそれに反応して、髪飾りをつけている者の精神力を全て奪い放出させる術式が込められておる…

    病弱皇子が無詠唱魔術を使えば、身につけている髪飾りの術が発動して、勝手に内から爆ぜてこときれる…


 無詠唱魔術……それは、まさにたった今、身を隠すために行使した…

 脳裏に、今ごろ自分の身代わりになって東の院の寝室の寝台の上で寝ているであろう殿上童の顔が浮かんでは消える。


 ――――朔侑さくゆう!!!!


 悲鳴を上げそうになる。

 それを慌てて堪えようと、己の口を手で塞ぐ。

 急に彼が動いたことで、木の幹が鳴る。


「誰かいるぞ!」

「何者だ!?」


 下で会話していた男たちがこちらに気づいてふり仰ぐ。


「まずいっ!!!」


 紫苑が叫んで、小聿を抱き上げると木の幹から飛び降りる。


「怪しい奴め!捕まえよ!」

「子どももいるぞ!」


 紫苑は小聿を抱えたまま、一目散に走り出す。

 杖を手にした鏡合わせの大陸の者たちが、追いかけながら攻撃魔法を撃とうとしてくる。


「だめだっ!紫苑!降ろせ!」

「何をおっしゃってるのですか!?そんな事できるわけがないでしょう!?」


 紫苑は怒鳴りながら言う。


「このままでは、私もそなたも捕まる!あの鏡合わせの大陸の魔術士が厄介極まりないっ!」

「fire arrow!(火の矢)」


 言ってる側から二人の真横を魔法の火の矢が飛んでいく。


「ひぇっ!」

「私を抱えていては、そなたも剣が使えぬだろう!私が防御のための魔術で援護する!とにかくあの3名の鏡合わせの大陸の魔術士をそなたの剣で黙らせるのだ!」

「でええぇぇ!?」


 なんとも間の抜けた声を紫苑は上げる。闇雲に走っていた紫苑はついには、魔法省を囲む塀に追い詰められる。


「くぅぅ……、いいですか?くれぐれも無茶はなさらないでくださいね!?」


 そう言って紫苑は小聿を下ろし、背に彼を隠すようにして立つ。右手を剣の柄に添え、いつになく鋭い眼差しで3名の鏡合わせの大陸の魔術士を睨みつけた。

 追いついた魔術師が何やら呪文を唱えている。こちらの大陸の呼びかけの詞とおそらく役割は同じだが、使用語彙や構成が違う。なにより、発動の言葉は向こうの大陸の言葉だ。

 相手の唱える呪文から聞こえる知っている言葉から相手の手の内を読む。


 ――――火か!なれば……


 小聿はすぐさま手で印を切りながら呼びかけの詞を口にし、対抗の術式を組み立てる。


「fire arrow(火の矢)!!」

「水の護り!」


 飛んできた火の矢が、小聿が展開した水の壁によって消し去られ、もあっと水蒸気が立ちこめる。それを逃す紫苑ではない。

 彼はすぐさま愛剣を抜き水蒸気の向こうにいる魔術士に斬りかかる。突然、霧の向こうから現れた紫苑に驚き、魔術士の一人はあっさりのされる。


――――あと、二人…。


気を練る。印を手で切る。風の精霊に呼びかけることばを唱える。


ととさまっ!」


 紫苑を呼ぶ。


「まかせろっ!いつ!」


 力強い返事が返ってくる。

 

「風嵐の泉!!」


 小聿がタンっ!と地面に手を当てると、紫苑の足元に魔法陣が浮かび上がり一気に彼の体は舞い上がる。

 視界から突然紫苑が消えたことで、一瞬の動揺が相手の術士に走る。手に構えた杖の動きが止まる。


「父さまっ!杖ですっ!」


 叫ぶ。


「はぁっ!!」

 

 小聿が展開した風の柱から飛び出した紫苑が相手の術士めがけて落ちていく。そのまま、彼の愛剣は相手の術士の構えた木の杖を真っ二つに切る。そのまま、勢いに任せて術士を蹴り上げた。


 ――――カランっ!


 タリスマンが埋まった方の杖先が乾いた音を立てて、地面に落ちて跳ねる音がした。


――――あと1人っ。


「いたぞっ!男一人と小僧一人だっ!」


 こちらに向かってくる男たちが見える。思い思いの獲物を持っている。あの数をいかに相手が魔術を使わないとはいえ、紫苑と二人で相手取るにはリスクが高い。


――――これ以上騒ぎが大きくなって、私と紫苑の正体がバレたらことだ……


 焦りからか、背中を嫌な汗が流れた。


「聿!どうするっ!?」


 増えつつある敵を油断なく睨みながら、紫苑が声を投げてくる。

相手の術士の杖にはめ込まれたタリスマンが輝いているのが見える。


――――風か!?


 相手の呪文から手の内を読むものの、対抗術は間に合いそうにない。


「wind cutter!(風の刃)!」


 鋭い風の刃が小聿を襲いかかる。


「……っ!」

「聿っ!」


――――パリンッ!


 身を捻ってかろうじて避けるものの、首に下げていた水晶でできた聖印が風の刃に捉えられ、砕け散るのが見えた。

 粉々になった水晶が、篝火の光に照らされて煌めきながら舞い散った。

 

相手の魔術士が、再度術の展開を試みようとしているのが視界に入る。


「父さまっ!退がって!」


 小聿の指示に、慌てて紫苑が飛びすさり小聿の後ろに立つ。

 耳に、相手の呪文が届く。知らない語彙だらけに、眉を顰める。

 対抗術の展開を諦める。

 額に気を集中させ、イメージを膨らませる。両の手で複雑な印を手早く切る。


ーーー星森の申し子さまっ!私に力をお貸しくださいっ!


「時の眠りっ!」


 思い描いた範囲に、星森の申し子の力を行使した古代魔術を展開する。

 呪文を唱えていた魔術士もこちらに向かって走ってきていた魔術庁や聖星森堂院の官吏たちも動きが止まる。

 初めて使う種類の古代魔術に、体が悲鳴を上げるのを感じた。


「と、と…さまっ!」


 悲鳴に近い声に後ろに立っていた紫苑が剣を納め、すぐに小聿を抱き上げる。

 

「逃げるぞっ!」


 小聿は必死に紫苑の首に両腕を回し彼にしがみつく。

 小聿を抱えた紫苑は、そのまま全速力でその場を走り去ったのだった。


月の皇子は月のない闇夜に、不安な心を重ねて一路あの子が待つ東の院へ急いだ。――――いろどりの追憶・第一巻・二百四十九頁

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