月の光の届かぬ闇夜に(二)
「ふむぅ。やっぱり特に木人や訓練に使うものが例年より多いと言う感じではなさそうですね」
「そうだな……」
いくつかの倉庫の中を検め、二人は闇夜に紛れつつ魔術省の庭園を歩む。
「先ほどの書庫も特別高い本があったわけでもなく、新しそうな本がたくさんあったようでもなかったし…」
小聿は胸元の聖印をいじりながら、先ほど潜入した書庫のことを思い出す。何冊か気になる本があったが今日はもちろん持っていけないので、今度央茜じいにお願いしてみようと考える。
「とすると、別の何かに使われた、と考えるべきですね。ないしは、別のどこかに流れたか……」
「横領と言うことか……そうすると足がつかないようにしているだろうし、なかなか突き止めるのに骨が折れそうだ」
「うーん……魔術省の誰が使っているか、ですね」
「例のそなたが監査のために魔術省に入ろうとしたときに、断りを入れてきたのは結局誰だったのだ?その者ということはないのか」
「あー……それさっき一度官房に戻ったときに、確認してきたんですがね。俵長史(秘書長官)でした」
「俵……?」
思わず歩みを止め、小聿は紫苑を見上げる。
「央茜どののご子息です」
「央茜じいのご子息……」
残念ながら、小聿は央茜の息子とは面識がない。おそらく、年齢的に央茜の息子ならば40代だろうか。
「あ……」
不意に紫苑が声をあげる。
「どうした?」
「まさしく、あの方ですよ」
そう言って、紫苑がそっと指差した方向を見る。
見ると魔術省をぐるりと巡るためにある回廊に男たちの姿。そのうちの一人に、魔術省の官吏の格好をした歳の頃なら40半ばの男がいた。なんとなくそこに央茜を面影を見る。
二人は少し近づき木の影に隠れて集団を観察する。
「こんな時間に、あそこまで人が残っているのは珍しい」
確かに時間も真夜中の12時を過ぎている。大して忙しい時期でもないし、国政の肝に関わるわけではない魔術省にこの時間まで人が残っているというのは妙だ。目を凝らしてみると、その集団は色々な服を着た者たちの集まりだった。
「あの集団、魔術省の人間だけではありませんね」
「ふむ。いかにもきな臭い話だ。魔術省の人間ではない者が、かような時間になぜいるのか」
顎に細い指を添え、小聿は首を傾げる。さらりと後ろで高く結った黒髪が揺れる。
魔術省の官吏の官服と冠を身につけてない者たちを注視する。
その者たちの服は、小聿にとって大変見慣れたものだった。毎日のように訪れる場所にいる者たちが身につけている官服……。
「あれは……聖星森堂の者ではないか?」
「はぁ?なぜ魔術省に聖星森堂の人間がいるんです?」
意味がわからん、という顔をする紫苑の肩をペチリ、と小聿は軽く叩く。
「それはそこまで不思議ではない。魔術省は聖星森堂院の管轄部署ゆえ」
申し子と五大精霊の力を行使して使う魔術を管理する魔術省は、国教である星森教の祭祀一切を取り仕切る聖星森堂院の下位組織だ。
「あれ?魔術を管理するのでてっきり将軍院管轄かと思っていました」
紫苑のその言葉に、小聿は呆れ返った顔をする。
「紫苑……その言、枢密院の官吏の者としていかがなのか。今日、朔侑に説明する際にも書いたではないか……そして、そなたの調査にストップをかけた聖星森堂院のトップだったのだろう?その聖星森堂院の者がこんな時間にいるとは……これはいよいよ怪しい」
「ふむ、確かに。いやぁ……枢密院の外のことは、どうも。特に、聖星森堂院のことはわからないんですよ。星森教の信者ではありますが、それほど真面目な信仰者ではありませんので。だから、小聿さまが常に聖印をお持ちになり、祈りを熱心に捧げられているのを感心しているんですよ」
あっけらかんという紫苑に、まったく、星森教は我が国の国教ぞ?と小聿は呟き首に下げた聖印を大切そうに握りしめた。
「あの黒衣の者たちがどこの者たちなのかが分からぬな」
再度視線を集団に戻し、小聿はいう。3名、格好からではわからない謎の男たちがいる。
「あれこそ、完全にわかりませんね。冠も被っていませんし玉佩も帯びていない。官吏ではないのは明らかです」
「官吏、ではない……とすると一体どこの者たちだ?そもそも、官庁に居られるのは基本的に官吏だけなはずだが」
そう言って再び小聿は思考の海へと沈んでいく。
――――魔法省で、魔法省の官吏と聖星森堂院の人間、そして、所属のわからぬ人間が真夜中になんの話をしているのやら……
そんな彼に、あのぅ、と紫苑が声をかける。
「魔術省と俵魔術官と聖星森道院の官吏たちと会話をしている黒ずくめの者たちが、持っているのはなんです?」
言われて、小聿は再び魔術省の回廊で話をする者たちに目を向ける。
黒い着物を着た男たちは、背中に妙な棒を背負っていた。
「剣でも弓でも戟でもありませんし……棒っぽいですが、キラキラ光っていますね」
紫苑の指摘通り、彼らの背負っている棒には光る石が嵌め込まれている。
「……タリスマン?」
「なんです?それ」
ポツリと小聿が呟いた耳馴染みのない言葉に、紫苑は眉を顰める。しかし、小聿はそのまま一人、思案をし始める。
「ということは、あれは魔術発動を助ける杖、か……そうすると、あの者たちは……なるほど。しかし、なにゆえ……?」
「すみません、話についていけないのですが?」
隣の紫苑に声をかけられて、小聿はハッとし、ああ、すまないと謝る。
秋口に父帝から、鏡合わせの大陸では特殊な魔具を使って精霊の力を具現化することを教わった小聿は、その後、いくつかの文献を紐解き、向こうの大陸ではタリスマンという魔術の術式をこめた特殊な宝石を使い魔術を行使していることを知った。実物は未だ拝めていないが、読んだ文献から得た知識と照らし合わせ、おそらく彼らが持っているそれがタリスマンなのだろうと小聿は思った。
「魔術の発動を助ける宝石だよ。こちらの大陸では馴染みがないもだけど、鏡合わせの大陸ではよく使われる魔具なのだ。そして、あの宝石が埋め込まれている棒は杖、だな。私たち星森の大陸の者は手で印を切り、呼びかけの詞を唱えることで魔術を発動させるだろう?鏡合わせの大陸では呪文を唱え、あのような宝石を使って精霊の力を具現化する、文献で読んだことがある」
その説明を聞いて紫苑は、むっと唸った。
「つまり、あの者たちは鏡合わせの大陸の魔術士だとおっしゃるのですか?」
「視界に入る情報から推理できるのは、そうだな」
「ますます怪しい……例の金はあの者たちを招聘するのに使われたとか……?でも、何のために?」
紫苑の言葉に小聿はハッと息を飲み、己が傅役をふり仰ぐ。
小聿が自分を見上げたので、紫苑は首を傾げた。
「あれ?見当違いなこと言いましたか?」
「いや、あながち間違ってはいないやもしれぬ。あの者たちなれば、魔術を他者攻撃に使える……そして、いざとなれば、知らぬ存ぜぬを通せるというもの……」
小聿の言葉に、紫苑は息を飲む。
「その攻撃対象が、誰なのか、だが……」
そこまで言って小聿はことばを飲み込む。
回廊にいた男たちが、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。
「皇子!」
焦ったような紫苑の声。
「動くな!今動けば、確実に見つかるっ!」
小聿は小声で制する。男たちは近づいてくる。
今隠れている木はそれほど太くもなく、もう少し相手が近づけばすぐに見つかってしまいそうだ。どこか他に二人身を隠せる場所はないかと見回すが、今いる庭園はちょうど良い場所が見当たらない。
思わず後ずさると、大きな木に背がぶつかった。見上げると、上の方の枝も太くかなり丈夫そうであった。
――――無重力魔法は、紫苑の体重を知らぬゆえ……
どう上がろうか思案する。
男たちの声が聞こえてくる。
「これであとは、第二皇子が無防備に一人でおるところを狙えば良いというわけだな」
「さよう。これまでは武器を使っており、それが証拠として残ってしまうことを恐れていたが…魔術なれば証拠は残らぬ」
話す内容まではっきりしてくる。
――――見つかる…!
小聿は息を飲んだ。




