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いろどりの追憶〜星森の大陸の生きとし生けるものの安寧を強く願った人々〜  作者: 裕邑月紫
月の皇子、徒桜とならん

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月の光の届かぬ闇夜に(一)

 闇夜。

 その日、夜空には月は顔を見せない。

 灯りを落とした東宮・東の院の主人の寝所もまた、闇に包まれていた。

 

 その闇の中動く気配が3つ。

 一人は大人、二人は子ども。

 不安げな小さな声がする。


「ほ、本当にやるんですか……?大丈夫ですか?もしバレたりしたら」

「大丈夫だよ。悪いのは無理を言った私なのだから。そなたが叱られることはないよ」

「ああ、緊張します。小聿さまの代わりなんて……」


 きょろきょろと辺りを見回しながら、上質な絹の白い衣に身を包んだ朔侑(さくゆう)は言う。

 彼は肩まで伸びた黒い髪を下ろし、いつも小聿が寝るときにするように右側に寄せて緩く結んでいた。

 そんな彼に優しく小聿は笑いかける。


「そんなに硬くならなくとも。ただ、私の寝台で寝てればいいだけだよ。天蓋の紗の布を下ろしてしまうから、大丈夫。誰もそれをまくって見に来たりはしないよ」

「はい……」


 小聿は手に持った紫水晶の髪飾りを朔侑の髪につけた。


「とはいえ、何かあると大変だ。これは私のお守りだから。私の代わりをしてくれるそなたに預けておくよ。これを身につけ、眠っておくれ」


 朔侑はこくりと頷いた。


「はようお戻りくださいませね」


 心配そうな目でじっとこちらを見つめながら、朔侑はいう。

 それに小聿は微笑んで、すぐに戻るよと言った。

 朔侑は小聿がいつも眠る寝台に身を横たえる。

 それに優しく布団をかけ、彼はするりと寝台から降りると天蓋の外に出て紗のカーテンを閉めた。


「うーん……本当に潜入するんですか?」

「そなたがいかぬなら、私一人で行くまで。ここで留守番をしておるか?」


 黒い衣に黒い袴、いつも丫角(あかく)ではなく、絹のような黒髪を頭上で一つに結んだ小聿が首を傾げながら言った。

 紫苑はため息をついた。いつもは、枢密院の者であることを示す臙脂色の官服を着ている彼だが、今は小聿同様、黒い衣に黒い袴、あの目立つ赤い髪を隠すために黒い頭巾をかぶっていた。


「わかったよ……聿」

 

 諦めたように紫苑は言った。


「聿」と言うのは向こうで何かあった時、その身分がバレないようにこう呼ぼうとあらかじめ決めたものだった。

 小聿はにっこり笑った。


「はい。それでは行きましょう、(とと)さま」


 

 二人は東の院の主人の寝所の窓からするりと抜け出し、闇夜に紛れて東宮の裏門まで行く。そしてそこに繋いであった黒鹿毛の馬にひらりと飛び乗った。

 二人を乗せた黒鹿毛はしなやかな身のこなしで走り、あっという間に魔術省の裏門に辿り着く。


「さて、皇子。どうやって入りこむのです?」


 馬を少し離れたところに繋いで、息を殺して二人は裏門が窺えるところまでやってきた。

 裏門には少ないとはいえ、衛兵がいる。


「うん、ここは私が礼拝で聖星森堂に来るときにいつも通る道なのだ。裏門から少し離れた大樹に、夜はたくさん鳥が止まって羽を休めている。彼らの眠りを妨げるのは忍びないが、今日は助けてもらうとしよう」


 そう言って、小聿は左手で印を切りながら額のあたりに気を集中させる。小さな唇から呼びかけの詞が紡がれる。


「樹々のざわめき」


 彼の言葉に応じて、裏門から離れた大樹の根元に魔法陣が浮かび上がり、その大樹が大きく揺れた。すると、大樹に止まっていた鳥たちが驚いて一斉に鳴きながら飛び立つ。


「なんだ!?」

「敵襲か!?」


 驚いた衛兵たちが、慌てて大樹の方に走っていく。


「父さま、今のうちに!」


 小聿の言葉に頷き、二人はするりと魔術省に潜入したのだった。


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