月を味方に(一)
聖星祭は家族や親族、近しい間柄の者と静かに過ごすものだ。
それは聖国皇家も変わらない。
この日は、国としての儀式はない。
数日前に、皇帝と百官が星森の申し子と五大精霊に祈りを捧げる聖星の祈りの儀があるが、当日はそれぞれが身内と過ごすので皇宮内は静かになる。
小聿は父帝や兄、弟、妹、三人の兄弟たちの母親である第一皇妃である梓乃と聖星森堂に来ていた。
本来ならば、母・湘子も来る予定だったが数日前の毒のせいで、まだ体調が優れずその姿をあらわすことはなかった。
昨年までは、聖星祭当日の家族だけの祈りは父帝が祈りの言葉を紡いでいたが、今年は子虞と小聿がなさいと言われ、二人が祈りを言葉を捧げたのだった。
その後、歳終わりの儀、歳初めの儀や上流貴族とその家族が一堂に会する宴が滞りなく行われた。
どの儀式も宴も、やはり母はその姿を現すことはなかった。母の様子はどうなのかと人を介して尋ねたところ、身を起こせる時間は増えたものの未だ芙蓉殿の寝所から出ることはできないのだと教えられた。
若き今上帝の四人の子どもは、まだ幼い。
齢四つの長男の子虞と腹違いで同日に生まれた次男の小聿。
齢三つの三男の阿優と双子の妹の莉空。
齢四つ、三つなれば、まだ落ち着きもなく母にも甘えたい年頃である。
三男の阿優、長女の莉空は宴にも早々に飽きてもじもじし始め、やがて侍従や女官と共に起居する東宮や奥の宮へと下がっていった。
去年は隣に座って微笑んでいてくれた母がいないことに、小聿は心細さを覚えた。
それでも、宴ではそのような様子はおくびにも出さず端然としていた。
そして、予定していた通り舞を披露した。
舞を立派に披露した第二皇子に少しでも近づきたいと思う貴族たちは少なくない。また、第二皇子に皆の前でどうにか恥をかかせられぬか、とよからぬことを思う貴族も。
小聿の元へやってきて、立派に舞を披露したこと行儀良くこうして座していることを褒めにきた貴族たちには、小聿は大したことではない、舞は今後も精進せねばならないと謙遜してみせた。そして、恥をかかせんと小難しいことを言ってくる貴族には、見事な受け答えをしさらりといなしてみせたのだった。
実の祖父母である源彩芝と葵子がやってきた時も、小聿は甘えるようなそぶりを見せなかった。
彼が実の祖父母と交わした会話は実に短かった。
「新年、あけましておめでとうございます。源司法長官と太君どの。本年もよしなに。この一年も聖国の法が今上がため、民が為、正しくあるよう務るを願います」
「皇子のご期待に添えるよう、本年も粉骨砕身、正しき司法のあり方を体現していく所存でございます」
左相が孫たちを抱き上げ、楽しく語らうのと源家の祖父母とその孫にあたる第二皇子のやりとりはまるで正反対であった。
源彩芝と葵子と小聿がこのような距離の取り方をするのは、滅多に会わないから以外に、仲の良い様を見せればいらぬ詮索が入ることを恐れてのことだった。
そう。
源彩芝は可愛く自慢の孫息子である小聿皇子をいずれ皇太子にし、そして、皇帝にすることでその権力を欲しいままにしようと思っているのではないか。
そのようなよからぬ噂が立たぬように……
源家の当主とその妻と孫の第二皇子は暗黙の了解として、そのように接しているのだった。
ともあれ。
同日に生まれた二人の皇子を比べ、やはり中の院に入るべきは月の皇子・小聿皇子なのではないか、いや、予定通り陽の皇子・子虞皇子であるべきだと言う声がそこかしこで上がったのは言うまでもない。そして、そうした声は二人の皇子らの預かり知らぬところでぶつかっていた。
年末年始の一連の行事が終わり、少しずつ皇宮内もその様子を常のものへと戻していった。
その日も小聿は例に違わず、書庫で本を読んでいた。
朝からあった様々な講義や稽古は終わり、残りの時間は書庫で本を読み一人学問に励もうとやってきていた。
すでに一度読んでいる経済学の本を読む。
一度読んだ本でも、日を経て読み直すと見方が変わってきて面白い。
書庫は暖を入れてあるがそれでもシンシンと冷える。本のページをめくる指先が冷たくなってうまくめくれない。小聿ははぁ……と息を吹きかけた。
「もう……書庫は冷えますのに。それに、根を詰めすぎです。たまには気晴らしに私と遊びましょう」
「うーん……うん。そうだね……」
本に集中している小聿は、かかった声についついいい加減な言葉で返してしまう。
「トランプで遊びませんか。新しい絵柄の綺麗なトランプを蕗隼どのと汝秀どのから聖星祭にいただいたのです。小聿さまにもお見せしたくて……」
「ああ、そなたはトランプの絵柄が好きだものね……」
そう答えながらも、小聿は本から顔を上げることなく答える。
ああ、なるほど、こう言う解釈もあるのか……と呟き形の良い唇に笑みを浮かべる。
「小聿さまっ!」
「わっ!?」
すぐ耳元で声がして、小聿は飛び上がった。そして、自分のすぐそばまで来ていた童殿上の顔を見る。
「朔侑……驚かせないでおくれ……」
朔侑は少し頬を膨らませてこちらを見ていた。
彼は小聿の手をとって包むように握った。
「こんなに手を冷たくして……もう今日は講義もお稽古も終わりでしょう?暖かいお部屋で遊びませんか?」
「うー……、そうだなぁ。でも、この本の内容が気になって……」
チラリと読み直し中の本に目を走らせる。
「すでに、一度読み終えた本でしょう?」
「そう……だけど……」
もごもごと言っていると、不意に書庫の入り口から笑い声が聞こえた。
「まったく、困った皇子さまだ。朔侑も苦労をするな」
「紫苑……」
名を呼ばれた紫苑は、こんにちは、皇子、朔侑、と言って書庫に入ってきた。
彼は追加の火鉢を抱えていた。
よっこらせ、と火鉢を二人の前に置いて、ほら、温まりなさいと二人の子どもに言う。
小聿と朔侑は揃って小さな手を火鉢にかざして冷たくなった手を温める。それを目を細めてしばらく眺め、それからニヤリと紫苑は笑う。
「今日はとっておきがあるぞ?」
彼は一度書庫をでて、しばらくすると盆に茶とおやつを乗せて戻ってきた。
部屋に入れたばかりの火鉢に金網を乗せ、紫苑は盆に乗せて持ってきた菓子を乗せる。
「かぼちゃ餡の入った饅頭です。火鉢で温めてから食べると美味しいのですよ」
その言葉に、紫の瞳と茶色い瞳がキラキラと光った。
「もう、甘い香りがいたしますね、小聿さま」
「うん。とても美味しそうだ」
そうだろう?と紫苑は言い、彼は三人分の茶を入れる。
やがて、ちょうど良い具合に温まったかぼちゃ餡の饅頭を三人は仲良く食べ始めたのだった。




