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いろどりの追憶〜星森の大陸の生きとし生けるものの安寧を強く願った人々〜  作者: 裕邑月紫
月の皇子、徒桜とならん

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国の導き手とは(二)


 見上げた空には上弦の月が浮かんでいた。

 いつものように聖星森堂で礼拝をする。

 さざめいた心をここでこうして祈りを捧げれば少しは静かになるような気がした。

 祈りを捧げ終えても、小聿は跪いたまま聖印を握りしめていた。


「宮さま」


 優しい声に呼ばれて小聿は息を吐く。


「央茜じい」


 呼ばれた央茜は優しく微笑み、じいも星森の申し子さまと五大精霊さまにお祈りに参りましたと言った。

 央茜は何やら手に持った包みをベンチに置き、それから小聿の元へやってきた。

 そして小聿の隣に跪き、五大精霊を表す五つの翡翠の石と銀で模した樹で成る聖印を手に祈りを捧げ始める。

 優しい声で、紡がれる祈りの言葉は小聿を安心させる。これらの言葉は小聿が央茜に初めに教わったものだった。小聿も再び瞳を閉じ胸の前で手を合わせ、央茜の声に耳を傾けた。


 祈り終わると、いつものように央茜は礼拝堂のベンチに腰掛け小さな皇子を膝に乗せた。

 小聿は、父の叔母やいとこらへの処分を聞いて、父帝に畏怖の念を抱いたことを告げた。


 そうですなぁ……と小聿の言葉を聞いた央茜は小さな皇子の肩を優しく抱きながら口を開いた。


「国を導く者としてあるべき姿は時に冷たく、厳しいものです。己の私情を捨て、国のためにどうあるべきかを考え動かなければなりませんからな。国主とは孤高でございます。だからこそ、実の御子である宮さまはお父上さまの御心に寄り添って差し上げて欲しく思います」

「頭では分かっている。父上もさぞお辛いであろうと。けれど……私情を捨てると言うのはなかなかに厳しい」


「宮さまは、清く優しい心を持っていらっしゃる。その清く優しい心で、国のための最善とは何かを見定めなされ。さすれば、たとえ私情で心が揺れそうになっても、国を思えば、民を思えば、正しく立つことが出来るはずです。そうして、国を導いていけば良いのです。清く優しい心で国を導けば、この聖国の安寧は続き、民はあなたさまについていきましょう」


 その言葉に、小聿は困ったような顔をする。


「私は国を導く者になどなれないよ。そのような厳しい顔を持たねばならぬと聞いて、ますます無理だと思ってしまった」


 聡い皇子の言葉に、皇子が心を寄せるじいはほほほ、と笑った。


「じいは知っておりますよ。宮さまは大変聡く、その心は清く優しい。いずれ、宮さまはこの聖国を護り導く者となりましょう。大丈夫。今は、ただ目の前の時を大切に生きてゆけば良いのです。そうして、その先、宮さまは強く優しい導き手になると、じいは信じておりますよ」


 そう言って央茜は小さな皇子の頭を優しく撫でる。

 上弦の月の光に照らされて、小聿の髪に付けられた紫水晶の髪飾りがきらりと光った。


「私情が悪とは、言い切れぬともじいは思います」

「え……?」


 しばらくして、ポツリとつぶやいた央茜の言葉に小聿は小さな声をあげた。


「どんな人でも、私情を全て切り捨てて生きることなど不可能にございます」


 うん……と小聿が頷くと、央茜は少し切げな顔した。

 ですが……といつもより苦しげな声音で言葉を続ける。


「私情を捨てきれずそれに従うて動く際は……覚悟を負わねばなりませぬ」

「覚悟……」


 ええ、と央茜は頷く。


「それによって罪を負う覚悟、罪を抱えて生き続ける覚悟でございます」

「…………」


 厳しい言葉に小聿は言葉を継げずにいた。

 その紫色の瞳を頼り投げに揺れして俯く幼い皇子の背中を、厳しいことを申し上げすぎましたな……と央茜は優しく撫でた。

 そして、気を取り直すかのように少し明るい表情をその柔和な顔に浮かべる。

 

「さぁ、宮さま。悲しい気持ちが少しでも晴れるよう、じいから贈り物がございます。受け取っていただけますかな?」

「贈り物?」

 

 小聿が顔を上げて小首を傾げると、そうです、と言って央茜は先ほどベンチに置いた包みを小聿に渡した。


「好奇心旺盛な宮さまに、じいから早めのプレゼントです」


 星森の申し子が星を造ったとされる聖星祭は、五日後に控えていた。創星祭ではこのように近しい人に贈り物をする習慣がある。

 小聿は紫の瞳を煌めかせた。

 

「開けてみても良いだろうか?」


 尋ねると央茜は優しく微笑んで、もちろんですとも、と言った。

 包みを丁寧に開くと、中から一冊の魔術書が出てきた。


「わー!見たことがない魔術書だっ」


 興奮した様子で本を手に取る小聿を見て、央茜はほほほ、と笑った。


「気に入ってくれましたかな?」

「もちろん!大切に読むよ!」


 そう言って小聿はぎゅっと魔術書を抱きしめる。そんな皇子を見て、央茜は優しい笑みを深めたのだった。


 贈られた一冊の魔術書には、深い深い思いが込められていた。それを、知るのはもう少し先のことである。――――いろどりの追憶・第一巻・二百四頁


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