国の導き手とは(一)
小聿の母である湘子妃が倒れた原因は、清蘭が勧めた扇子の親骨に小さな毒針が無数に仕込まれていたからであった。
やってきた医官の適切な処置により一命は取り留めたものの、すぐには意識は戻らなかった。
湘子が意識を取り戻したのは、三日後だった。
母が意識を取り戻すまで、毎日毎日祈りを捧げ続けていた小聿は母の無事を知らされ心の底から安堵した。それと同時に、叔母が母や自分を害そうとした現実に親族さえも信じられぬ、それが皇族であるということの恐ろしさを改めて理解したのだった。
司法院にその身柄が移された清蘭は、殺意を持って毒を湘子妃に勧めた扇子に毒を仕込んだと自供した。
同時に、家の者と共に小聿皇子を亡き者にしようとした、と。
皇帝の異腹とはいえ、皇女であった清蘭が自ら選定し持参した扇子は、検められることなく湘子妃の前に出された。この油断が、湘子と小聿を危険な目に遭わせてしまった。この甘い判断に、舜棐帝は随分己を責めたという。
清蘭の母は、先帝の第三皇妃であった。
元は今上帝の実母である第二皇妃の侍女で身分はそれほど高くなかったが、先帝の目に留まり一男一女をもうけた。その後、舜棐帝が即位したと同時にとある地方太守の元に嫁いだ。嫁ぎ先での生活はかつての離宮でのものと比べ質素なものとなったらしい。とはいえ、生活に困窮していたわけではない。だが、皇族として蝶よ花よと育てられた彼女には地方での生活が耐えられなかった。
豪華絢爛な暮らしを求めた清蘭は、兄である今上帝に何度か助けを求めたという。しかし兄から返ってきたのは、それは甘えである、夫を支え、夫が治める地の発展を助けよという言葉であった。
そんな清蘭に甘言を吹聴した者がいた。
今上帝が現を抜かす芙蓉殿の湘子妃と寵愛を一心に受ける第二皇子・小聿を亡き者にせよ。さすれば、今上は深い悲しみに暮れ、その治世は左相の手に委ねられるだろう。左相の天下になれば、あなたの生活は豊かになる。なぜならあなたの夫は左相家の遠縁なのだからと。
甘言を吹聴した人物について清蘭は口を割らなかった。
左相家に疑いの目がいったが、証拠は一切なく、また左相家も遠縁の者のことは関知していないと主張したため、筒家への検分はなされなかった。取り調べにより、分かった事件の概要はこのようであった。
そんな馬鹿げた話があるのかと事件の概要を紫苑から聞いた小聿は思った。
皇女時代の雅な生活への思いを捨てきれなかった叔母も。
そんな叔母に甘言を吹聴した謎の人物も。
それを信じて動いた叔母も。
彼女を止めずに、共に動いた従者たちも。
なぜそんな愚かなことしたのだと、思わずにはいられなかった。
わけもわからず、取り押さえられて、引き連れらていったいとこの阿清のことが不憫でならなかった。
「叔母上は……阿清兄は……どうなるのだ?」
報告をしにきた紫苑に、小聿は尋ねた。小聿の問いに、紫苑はふとその紅い瞳を伏せた。彼のその仕草に小聿の心はざわめいた。
「此度の罪は、今上帝の寵姫である湘子さまと第二皇子である小聿さまの御命を狙ったもの。また、その動機もあまりに身勝手でございました」
紫苑の言っていることは、もっともであった。
今も母は、体調が悪く芙蓉殿の寝所に籠ったままだという。それを思うと、小聿とて叔母の暴挙は許せない。
「されど、清蘭は元皇女であり、異腹とはいえ今上帝の御妹君でございます。司法院もその沙汰をどうするか、ずいぶん苦慮したようでございます。それに対して、今上帝は此度は自ら沙汰を申し渡されました」
「父上が……?」
父が決めたのであれば、自分の妹とその夫、家臣たち、特に今回の事件に全く関係ないまだ幼い甥を悪いようにしないのではないかと小聿は思った。
「今上帝は、清蘭とその夫、仕える家臣全て、そして、清蘭の息子である阿清、全員の死罪を言い渡されました」
「え……?」
小聿は信じられない思いで目の前の傅役を見た。
「父上が?まことにさような厳しい処罰を……?阿清兄はまだ幼く、此度のことにはまるで関係ないではないか。なのに、どうして……」
「小聿さま。それだけ、清蘭やその家臣の暴挙は罪深いことなのです。今上帝の寵姫である湘子さま、第二皇子である小聿さまのお命を狙うということは、今上帝に仇なすことに他ならないのです」
「阿清兄は何もしていないっ!」
思わず小聿は立ち上がった。
脳裏に積み将棋を楽しげにやった従兄の姿が浮かんだ。
わけもわからず捕まって、困惑顔で引きずられて行った姿が続いて過り、小聿は眉を顰める。
「お気持ちはわかります。されど、阿清が生き残っても残るのは禍根のみでございます。両親や家臣が死罪となり、かの者がそのまま成長すれば恨みを持って今上帝や小聿さまの前に立つことになる。それに、今上帝が己の甥であるから、幼いから、という理由で阿清のことのみ許せば、それに対して必ず甘い、という非難が上がりましょう。お父上とて、辛い決断だったのです。それでも、その甘さを上に立つ者のとして見せるわけにはいかない」
「…………」
小聿は言葉を失った。
「小聿さま……」
「分かっておる。そなたの言、いちいちもっとも。父上のお立場を思えば、致し方ないのであろうな」
ため息混じりに小聿が答えると、紫苑は静かに頷いた。
紫苑の言っていることは、頭では理解できる。
帝政の世である以上、甘い判断は命取りになる。そうした甘さが世を乱れさせ、国の安寧を脅かすのかもしれない。
それでも、あの幼い罪なき従兄に告げられた重い重い処罰に、言いようのない負の感情が小聿の胸を支配したのだった。




