代償と得るものと(一)
師走も半ばとなったある日。
その日は、小聿の起居する東宮・東の院に母の湘子妃と叔母の清蘭とその子どもの阿清がやってきていた。
清蘭は舜棐帝の異母妹であり、つまり、阿清は小聿にとっていとこにあたる。
普段、清蘭は降嫁先のとある州にいるが聖星祭前に聖星森堂に詣でるため、幼い息子と共に聖都・皇宮へときていた。その流れで、甥である小聿皇子とその母の湘子のご機嫌伺いに訪れていたのだ。
東宮・東の院の広間で、ささやか茶会が始まる。
子どもらは自由に過ごして良い、と言われその言葉に甘えて小聿は読みかけの本を開く。
今日は生物学の本だ。近頃の彼は、生き物の体の作りを知るのに夢中だ。特に、まだ実際には見たことがない犬が気になって仕方がない。
近くに寄ってきた4つ上の阿清が小聿の読んでいる本を覗き込む。
「相変わらず、皇子は難しげな本を読んでいらっしゃるね。そんなに面白いの?」
その言葉に、ふふふと小聿は笑う。
「大変おもしろうございますよ。生物の成り立ちやそのつくりを学ぶことは、己の体を学ぶことに繋がりますからね」
ふぅん、と阿清が言う。
「まこと、小聿皇子は才能の塊のようなお方ですね。うちの阿清がその本を読めるのにあと何年かかるやら。昨日、陛下に御目通りがかない言葉を交わしましたが、陛下も小聿さまのことが本当にご自慢のようで、大層嬉しそうにお話しになっておいででしたのよ」
二人の会話を聞いていた清蘭が言う。
「湘子さまも鼻が高うございましょう?」
彼女の言葉に湘子は小首を傾げる。
「好奇心旺盛なのは良いが、本ばかり読み頭でっかちで人の機微がわからぬようでのぅ。見ていてひやりとすることがある」
その言葉に、小聿は少しムッとしたような顔をする。
「母上にそれは言われたくありません」
言い返すと、母はころころと笑った。叔母もつられて笑う。
そこへ、小聿付きの殿上童である朔侑がやってくる。
「小聿さま、せっかく阿清さまもおいでなのです。何かして遊びましょう」
朔侑の提案に、小聿は微笑んだ。
「ああ、そうだね。そうしよう。何をして遊ぼうか」
開いていた本を閉じ、小聿は尋ねる。
「積み将棋などいかがでしょうか」
「積み将棋!僕、得意だよ!やろう、やろう!」
朔侑の提案に、阿清が嬉しそうに言う。小聿も、その提案に快く乗った。
広間の窓辺に、将棋盤を置いてそれを三人の子どもが取り囲む。そして順番に、小さな将棋の駒を積んでいく。積まれた駒が増えていくにつれて、緊張が高まっていく。真剣な面持ちで、人差し指と親指で駒と持った朔侑がそろりそろりと積まれた将棋の頂に近づけていく。それを紫の瞳と黒い瞳が見つめる。
「朔侑、手が震えているよ」
その指先を見て、阿清が指摘する。その指摘に、思わず小聿は吹き出した。
「ちょっ……話しかけないでください……。今……真剣、に……」
「あっ!美味しそうなお菓子!」
突然、視線を母親や湘子妃にやった阿清が立ち上がる。それに朔侑の意識が向く。
「えっ?わっ……!」
パラパラパラパラ……
「あぁぁあぁ!」
崩れ去る将棋の駒。上がる朔侑の情けない悲鳴。
「阿清さまっ!ひどいですっ!わざとですね!?」
目を三角にして朔侑が非難の声を上げる。そんな彼を阿清が、集中力が足りない朔侑が悪んだと言って声を上げて笑いながら逃げ出す。広間をドタドタを追いかけっこが始まる。それを小聿はくすくす笑いながら眺めた。
「これ、ドタドタと走ってはいけませんよ」
そんな二人を控えていた蕗隼が注意する。小聿は倒れてしまった将棋を寄せて、いくつか積むと、ほら、もう一度やろう、と二人を誘う。そんな子どもたちの様子を湘子妃と清蘭が穏やかな表情で見守る。追いかけっこをしていた二人は小聿に促され将棋盤の元に戻ってくると、三人は将棋積みを再開する。
「ご覧くさださい、妃殿下。こちらの扇子の意匠も見事でございましょう?」
清蘭が桐箱の中から見事な意匠の扇を広げて見せる。
彼女が降嫁した州は、扇子や桐細工と言った手工業が盛んな州であった。今日はそれらを湘子妃に献上したいと彼女自ら選りすぐった品を持参していたのだ。清蘭が広げた扇子を見て、湘子はその紫色の瞳を細める。
「ああ……本当に見事じゃな。手毬柄が愛らしい」
ええ、と微笑み広げた扇子をそのまま置く。そうして、湘子の手前に置かれた白い桐箱を指し示す。
「そちらの桐箱の扇子も可愛らしゅうございますよ。ご覧くださりませ」
湘子は頷き、清蘭が指し示した桐箱に手を伸ばす。




