紫水晶の髪飾り(二)
「央茜じい」
しばらくして、小聿は炎を見つめたまま口を開いた。
「なんですかな?」
「私は今、魔術を学んでいるけれど……学びはじめた動機はこの星森の大陸で失われつつある学問であることが惜しいと思ったからなのだ。今は必要なくとも、いずれかの世で必要になるかもしれない。ならば、私たちは後世に継いでいくべきなのではないかと思ったのだよ」
小聿の言葉に央茜は頷く。
「ええ。私に教えを乞うた際に、そうおっしゃっておられましたな。学ぶことが何よりもお好きな宮さまらしいと思いました」
うん。だけどね……小聿はそこで口ごもる。ややあって恥じるような顔をしておずおずと口を開いた。
「今は、少し別の動機も加わっているのだ」
「ほう?」
央茜は首を傾げて、続きを促す。
「今も、学びたいと思うから、この学問を残したいからなのは変わらないよ。されど……あまりに私や私を思って側にいてくれる者たちが傷つくことが多いから。だから、その危険から自分や大切な人たちを守るためにも魔術を学んでいるのだ……」
そう言って眉を顰める。
「でも……申し子さまや五大精霊の力をそんな自分のためだけに使おうとするなぞ、自儘なのではないかと……」
そんなふうに思ってしまうこともあるんだ、と小さな宮は言う。
央茜はその言葉に首を振って、優しく皇子の背中を撫でた。
「そんなことはございませんよ。たった今、じいも火をつけたではありませぬか。それは、じいが可愛い宮さまに寒い思いをさせんがため。それに、自分や大切な人を守りたいからという理由は決して恥じるものではありません。護ための力は優しい力ですよ」
「そうか……」
ぽつん、と小聿は呟く。ややあって、小聿は己の魔術の師を見上げる。
「央茜じいにとって、魔術とはなんなのだ?」
ふむ、と問われた魔術の師は顎に手を添える。
「以前もお話ししたことがあると思いますが、魔術の行使は術士の呼びかけに対する星森の申し子さまや五大精霊の反応といえます」
「つまり、星森の申し子と五大精霊との対話の上で成り立つものと言って良いのだろうか?」
少し考えるように首を傾げ、小聿は言う。その言葉に、央茜は頷き首に下げた聖印に手を添えた。小聿は、彼の聖印に視線を落とした。央茜の聖印は五大精霊を表す5つの石が全て翡翠でできていて優しい光をいつもたたえている。その優しい光がじいのようだと小聿はいつも思うのだった。
「おしゃる通りでございます。このじいにとって、星森の申し子さまと五大精霊を最も身近に感じる手段でございます。だからこそ、その力は星森の申し子さまや五大精霊が望んでいない、悪きことには使ってはいけないと思います。例えば、何も悪くない人を傷つけたり、ね」
央茜の言葉に、そうだね、と小聿は相槌をうつ。
「だからこそ、聖国の始祖・舜堯帝と建国の剣・源彩恩は、聖国の民が他者を傷つけるための魔術を封じました。我らは、幸せやささやかな願いを叶えるためにしか使えぬのです。ですので、このじいもささやかな己の願望のために使うこともあります。今日のように、暖をとるのに火や土の精霊の力を使ったり、涼を取るのに風や水の精霊の力を使ったり。宮さまの御本を取るための反重力魔術、などもそうでございましょう?」
そう言って、央茜は少し悪戯っぽい笑顔を見せる。それに釣られて、じいも私と同じなのだねと小聿も笑った。
「それで良いと思うのです。ささやかな願望を叶えるのに、申し子さまや五大精霊に語りかけお力をお借りしても。ただ、常に申し子さまと五大精霊への感謝は忘れずに。私たちが生きるこの星は、申し子さまと五大精霊のお力とお慈悲により存在しているわけですからな」
小聿はこくりと頷いた。
「肝に銘じておこう。私はこれからも申し子さまと五大精霊への祈りを捧げることを怠らないよ」
小さな星森教の信仰者の決意に、彼の信仰の導き手でもあった老人は優しく微笑み頷いた。
「ええ。宮さまがそうしておられる限り、その御心に申し子さまと五大精霊さまはずっと宿っていてくださいますよ」
うんと小聿は嬉しそうに返事をする。
「さぁ、もう随分夜も更けました。東宮・東の院までお送りします。参りましょう」
そう言って、央茜は膝の上から皇子を下ろし、暖炉の火を消した。
二人は連れ立って聖星森堂を出て、手を繋いでゆっくり東宮へ向けて歩く。
そんな二人を晩秋の満月が静かに見守っていた。――――いろどりの追憶・第一巻・百六十七頁




