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いろどりの追憶〜星森の大陸の生きとし生けるものの安寧を強く願った人々〜  作者: 裕邑月紫
月の皇子、徒桜とならん

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国乱しの皇子(二)

 皇子と二人の側仕えが出てくるのを待っていた馬車に三人は乗り込み、来た道を帰っていく。

 小聿は早速借りた本を読み始める。

 東宮の門をくぐり、馬車は緩やかに進んでいく。東の院に着くと、もうすっかり日が暮れていた。


 まもなく、歴史学の担当の講師がやってくるはずだ。講義を受ける部屋に入ると、今まで人がいなかったせいか少しひんやりした。

 小聿は今日の講義で質問しようと思っていた本を卓の上と脇息の上に1冊ずつ載せる。

 気を利かせた蕗隼が部屋に暖を入れ、机の前に座った小聿の肩に羽織をかける。

 借りてきた3冊の本のうち、読みかけの物をもらい講師が来るまで再び読書に耽る。

 窓辺に置かれた小さな机の上に汝秀が残りの2冊を置いてくれるのが見えた。

 

 予定通り歴史学の講師がやってきて、三日前の講義の続きの話がさっそく始まる。奥には蕗隼と汝秀が、歩廊には数名の侍従が控えていた。

 乾燥で喉が乾いてしまった小聿は、蕗隼に茶を用意するよう頼む。蕗隼は頷き、奥に設えてある棚まで寄って茶の用意を始める。それを見届けて、小聿は隣に座る歴史学の講師に視線を戻す。


「この部分の解釈なのだが……」

「ふむ。どこでしょう?」

 

 小聿が指さす部分を見ようと講師が身を寄せる。


「この書では、西部にある星林遺跡は同時期に二つの部族が築きそれが混在して残ったため二つの文化が混ざってあっていると解釈している」


 卓に広げた書物の一部分を見せたあと、小聿は脇息に置いてある本に手を伸ばす。


「けれど、先日読んだこちらの文献では同時期ではない、とあったのだ」


 えーと、どこに書いてあったのだったか…と呟きながらぱらぱらとページをめくる。

 件の箇所を見つけて、そうそう、この部分、と指で押さえ隣に座る講師に体を向けながら、問いを続ける。


 「この解釈の差異をど……」


 ……う捉えれば良いだろうか?と口にする前に、眼前にきらりを光る匕首を見て、小聿は息を飲む。

 反射的に体を捻り手で首を庇う。

 右腕に鋭い痛みが走った。


「っ!」

「宮さまっ!」


 異変に気づいた汝秀がすぐさま講師から匕首を奪い拘束する。

 拘束された講師は、憎悪に満ちた形相で小聿を睨みつけ、叫ぶ。


「おのれ、小聿!生意気な童め。おとなしく死ねば良いものを!」


 いつも淡々と丁寧に歴史について教えてくれていた講師が浮かべるその恐ろしい顔に小聿はたまらず震える。


「たれかある!宮さまに仇なす曲者ぞ!」


 後ろで講師の両手を取り、取り押さえながら廊下の方に向かって汝秀が声を張り上げる。それに反応して、すぐに侍従たちが入ってきて講師を取り囲む。

 茶器を放り出し駆け寄ってきた蕗隼が、小聿を守るように肩を抱き、匕首あいくちを構えると、襲撃者に叫ぶ。


「おのれっ!聖国第二皇子たる小聿さまに仇なす逆賊めっ!」

「そなた、何ゆえ……?」


 いつものその人からはまるで想像できない恐ろしい様子に呆然としながら、乾いた声で小聿は尋ねる。

 斬りつけられた右手の腕から血が流れて、ジンっと痺れた。


「なにゆえだと?」


 歴史学の講師はその顔に冷笑を浮かべる。


「国の次期主人たる皇太子は一人で結構!左相さまの血を継ぎ、第一妃である梓乃しのさまのお子である子虞しぐさまさえいらっしゃればいいのだ!お前のような者がいるせいで国が二分され、乱れるのだ。そうして、今上帝から賜った髪飾りを得意げにつけ、寵愛を誇示するとはまこと恥知らずにも程がある!国を乱す忌むべき皇子め!お前など、消えてしまえば良いのだっ!」


 おのれの存在を真っ向から否定し、国を乱す存在だという言葉に小聿は言葉を失う。


「なんと無礼なっ!者共、こやつをひったてい!」


 鋭く汝秀が言うと侍従たちが取り押さえた襲撃者を連れ出していく。


「国乱しの皇子め!私が捕えられようとも、お前を亡き者にしようとする者は後を絶たぬと心えよ!いずれ、いずれ、申し子さまの御心が届かぬ死者の迷宮でであい見えようぞっ!」

 

 引っ張られながら、歴史学者は叫ぶ。その後、狂ったように笑い出す。

 居室から出され、歩廊を連れて行かれる。

 不気味な笑い声はどんどん遠ざかりやがて、聞こえなくなる。


「皇子っ!お怪我を!」


 真っ青になった蕗隼が悲鳴に近い声をあげる。


「すぐに、太医令たいいれいさまを呼んでまいります」


 そう言って汝秀が出ていく。


「申し訳ございません……私がついていながら……再びこのような目に……」


 唇を噛み締め、蕗隼は言う。


「気にするな、蕗隼。そなたが悪いわけではない。悪いのは……」

 

 そこまで言って、小聿は口を閉ざす。


 ――――悪いのは、誰なのだろう…?襲ってきたあの者か?それとも、国を乱す忌むべき存在である私なのか…?


 胸に広がった疑念に、小聿は言葉を失う。

 だが、それについて考え込む前に、騒ぎを聞きつけた乳母のみおや他の侍従たちが部屋に入ってきて大騒ぎになったので小聿の思考は霧散してしまったのだった。


 

 何度も言葉を交わし、時を過ごした者に憎悪をもって「国乱しの皇子」と糾弾された衝撃は、その後も月の皇子の心に影を落とすこととなる。――――いろどりの追憶・第一巻・百五十三頁

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